第八話 帝都二分
宿り木の庭のリビングでチトセはキンゲルと向き合っていた。
博護会に関する定期会議のようなものだったが、戦争が終わった今はかなり緩いものになっている。各地の教会に避難した人々や精霊、骨董品などを元の住所に送り届ける活動もしているが、故郷が戦禍で荒廃してしまって教会のある村や町に移住を決めるケースも増えてきた。
そういった情報を取りまとめるくらいで、いまはもっぱら帝都の状況についての情報交換になっていた。
キンゲルの話によれば、現在の帝都で問題を起こしている移住者のほとんどは革命軍に伝手がある商人や傭兵らしい。
「どうやら、革命軍を金銭的に支援していた商人が初期の移住者だったようで、非常に行動的で活動的な方が多く――」
「野心的で粗野だよね」
「この機を逃すまいと自身が持てる力を全て使い切る粉骨砕身の勢いで働いていて――」
「コネを使って革命政府を骨の髄までしゃぶりつくそうってわけね」
「……チトセ、キンゲルが困ってるよ」
エティがツッコミを入れる。
せっかく言葉を選んでいたのに歯に衣着せぬ物言いで本質をついて行くチトセに、キンゲルは苦笑していた。
「チトセさんは昨今の移住者をどう思いますか?」
「初期の移住者はいまだに迷惑な人が多いね。ただ、直近の移住者はどこか質が違う気がしてる」
先日店にやってきた老婦人を思い出す。あれ以降、老婦人から紹介されたという新規の移住者たちは人当たりの良い人々が多い印象だった。
初期の何もかもを使い潰そうという意識の移住者とは違い、余裕があって物持ちがいい人が多い。宿り精霊を連れている人もちらほらと見受ける。
キンゲルがチトセの感想に同意する。
「トラレスホテルでも客層が変わったと従業員から報告を受けています。横柄な方が減り、余裕のある方が増えたと。観光客ではなく、知人を訪ねてきた客が多いようです」
帝都教会を束ねる枢機卿ムタージュも寄付が微増していると話していた。
余裕のある移住者が帝都教会への寄付を行ったらしい。
チトセも情報を出す。
「個人商店の会合でも言われてるね。物腰が柔らかい、上品な客が増えているって。移住者を前期と後期で呼び分けてるくらい」
「肌感覚とはいえ、広く意見が一致しているようですね」
キンゲルは難しい顔で考え込む。
革命政府や商業ギルドは前期移住者側だ。帝都そのものを改革するべく、既存の商店や住人への圧力をかけている。
帝都の住人はそんな革命政府や商業ギルドに強く反発している。ルールには従うが、前期移住者には物を売らないとはっきり表明している店も出てきている。
実質的に、帝都の経済が二つに分かれたようなもの。商人としては両陣営にとって損でしかないのだが、損を許容するほどの確執が生まれてしまった。
「後期移住者が橋渡しになるかな?」
チトセの呟きに、キンゲルは難しい顔のまま首を横に振る。
「おそらくですが、後期移住者は帝都住人側につくでしょうね。すでに前期移住者との揉め事が起きているそうですから」
「うわぁ……。あの人たち、大人しくできないのかな」
「同じ移住者同士だからと交流を図ったようですが、革命政府との繋がりを匂わせて引き込もうとしたのが裏目に出たようです」
後期移住者は帝都の商店で買い物を始めている。そこから商業免許の再取得の騒動を聞いて革命政府への不信感が芽生えているらしい。
「もうだめだね」
チトセはもう諦めムードになっていた。
革命政府と前期移住者による利権作りがあからさま過ぎて、後期移住者ですら味方にならないのなら、もう衝突しかない。
だが、衝突するとしても相手は実権を握った革命政府が後ろに控えている。帝都住人に勝ち目はない。
「……キンゲルさん、もしかして私のことを旗印にしようとしてない?」
以前店にやってきた前期移住者の女を思い出して、チトセはキンゲルを睨んだ。
博護会の発起人として知られ、求心力があるチトセなら革命政府に対抗する旗印にちょうどいい。
キンゲルは困り顔をした。
「するつもりは一切なかったんですが、革命政府が警戒しないはずがありませんよ」
革命政府からすれば、まだ基盤も整っていない現状では博護会の存在が脅威なのだろう。
すでにラルチたち個人商店主はチトセを担ぎ出そうとしている。
「それに、チトセさんは後期移住者に対応が丁寧だと評判になってますよ」
「普通の対応しかしてないよ」
「宿り木の庭の客として、普通の対応をしてもらえることが一種のステータスになるんです」
キンゲルの言葉を、チトセは不思議に思う。帝都住人に対する対応と全く同じことしかしていない。前期移住者に対しても精霊たちが嫌がらないければ商品を売っているくらいだ。
だが、キンゲルたちの見方は違う。
「チトセさんは精霊が視える。そのチトセさんに客として対応してもらえるということは、精霊に嫌われていない証明であり、物を大切にする人物だと見なされたことになる」
革命軍あがりの粗野な人間、道具を使い捨てる性格の人間では得られない評価を宿り木の庭が証明してくれると噂になっている。
つまり、チトセの対応が分断を加速している。
責任を負わされてたまるものかと、チトセは無意味と知りつつキンゲルに反論する。
「言っておくけど、物を大切にするからって人を大切にするとは限らないからね? 物を大切にするのは美徳の一つだけど、誰でも欠点を抱えててそれが許容されるかどうかが人間社会で大事なんだから」
チトセの反論にシャンジがうんうんと何度も頷く。
「チトセも基本的に口が悪いしな」
「シャンジ、私を刺すタイミングだったかな?」
「おっと、口が滑った」
なににせよ、この分断は放置しておくと巻き込まれてしまう。ろくな結果にならないだろう。
「何か、手を考えた方がいいかもね」
革命政府が博護会を警戒しなくなるような、もしくは手が出せなくなるような何かを。




