第七話 軋轢
「世話になっちまったな」
帝都下町から表町への通りを並んで歩きながら、ルマンはチトセに礼を言った。
先日、裏町の再開発が発表され、住人が一掃された。再開発に伴う立ち退き命令によるもので、逮捕者も多数出る騒ぎとなった。
そんな中、ルマンが率いたバジガンファミリーはすでに解体しており、構成員は帝国各地に散り散りとなって第二の人生を始めている。
マフィア組織がこうもあっさりと第二の人生を歩めたのは戦後の混乱とチトセが仕事先を斡旋した事が関係しているが、それ以上にルマンが一人一人を説得していったのが功を奏したのだろう。
「ルマンがしっかりマフィアのボスをやってたからだよ。求心力がなかったら今頃、ルマンが死んで裏町で大抗争勃発してだろうし」
「人間、食い扶持があればひとまず安心するもんだ。どうしようもない奴もいたが」
そのどうしようもない奴は傭兵になるそうで帝国から出ていったと聞いている。バジガンファミリーが蓄えていた武器類の処分にちょうどいいからと、ルマンはいくらかの金も渡して送り出したらしい。
裏町を実質的に支配していたバジガンファミリーが消えたため、裏町の再開発は順調に進むだろう。再開発そのものは、というべきかもしれないが。
「ここまででいい」
下町と表町の境でルマンはチトセの前を手で遮って、一人歩きだした。
「元気で暮らせよ」
「ルマンはこれからどうするの?」
「旅好きな孵化精霊でも捕まえて、船乗りにでもなるわ。あばよ」
肩越しに雑に手を振って、ルマンは大通りの人込みに消えていく。あっさりした別れだった。
チトセは大通りに背を向けて、店への帰路に着く。
エティが通りを見回して目を細めた。
「バジガンファミリーが消滅して、ああいう人を誰が取り締まるんだろうね?」
エティが指さす先、細い路地に汚い女が寝転がっている。
裏町を追い出された住人は浮浪者となり、そのまま帝都の各地に散ってしまった。
元々、身寄りのない人間が集まって出来たのが裏町だ。そこから追い出されれば、行く当てもなくさまようか、路地や広場に住み着くだけ。
後先を考えない急な再開発により、帝都の闇が表に噴き出した形だ。
バジガンファミリーがあった頃なら、下町や表町に浮浪者が寝転がっていれば裏町に回収されていた。本来は衛兵の仕事で、いまなら警察が対応するところだが、保護したところで住まわせる場所も予算もない。
結果、景観の悪化を見て見ぬふりをするしかなく、警察、革命政府への不信感が帝都の住人の間でくすぶっている。
「――ばかやろう!」
どこからか怒号が響き、路地で寝ていた女が五月蠅そうに起き上がった。
直後、何かが衝突する音と重量物が転がる音が聞こえてくる。
「この時間、ここは馬車通行禁止だって言ってんだろうが! お前、何回目だよ!?」
「帝都の人間が作った勝手なルールだろう! 法律でもなんでもねぇご当地ルールを押し付けんな!」
「結局こうやって事故を起こして効率が悪くなるからルールになってんだよ! 文句があるなら次の会合で議案をだせよ! それまでルールに従うのが筋だッ!」
「法律に従うのが筋なんだよ!」
住宅を挟んだ向こうの道で起きた事故の会話なのに丸聞こえなほど怒鳴り合って相手を威圧している。
チトセはため息をついた。
最近はこの手の揉め事が多い。厄介なことに、警察は革命政府と関係が深い地方出身者が多く在籍しているため、帝都住人と地方出身者の揉め事では同じ地方出身者を擁護する傾向が強い。
それが帝都住人の更なる不信感を呼んでいる。
最近はこんな騒ぎばっかり、とうんざりしながら店に戻ると、店の入り口でショーウインドウを覗き込んでいる老婦人がいた。
帝都住人ではない。地方出身者だろうか。
しかし、最近見かけるような粗野な人々とは違い、老婦人は品がいい。身なりもそうだが振る舞い方や目に優しさがある。ショーウインドウで遊んでいる宿り精霊たちもチトセと同じ感想なのか、普段通りに遊んでいた。
老婦人がチトセに気付いて顔を上げる。
「宿り木の庭の店主さんかしら?」
「代理店主のチトセです」
「あら? 代理の方なの? お綺麗だからてっきり」
間違えちゃった、と照れ隠しに笑う老婦人を見て、チトセは店の鍵を開けた。
「どうぞ、中でご覧ください」
「ありがとう。ご迷惑でなければ、少し相談に乗ってくれるかしら?」
「よろこんで」
最近では珍しい丁寧な物腰の客にほっとしつつ、チトセは老婦人を店に通した。
店のカウンター越しに向き合って座り、チトセは老婦人の相談を聞く。
「帝都の旧コノミト男爵邸の温室をご存じかしら? わたし、あの温室を一目見て『なんて素敵なんだろう』って気に入ってしまってね」
コノミト男爵家とわずかながら付き合いがあったという老婦人は男爵夫人と戦時中も手紙を交わし合う関係だったらしい。季節の花などを押し花にして送り合うようなのんびりしたやり取りをしていたそうだ。
しかし、革命が成功して新政府が樹立し貴族制が廃された。コノミト男爵も爵位や事業を取り上げられ、屋敷を手放すことになったという。
「あの温室も管理されずに荒れてしまうのかと思うと居ても立ってもいられず、男爵夫人に無理を言って買わせていただいたの」
「ずいぶんと、その……思い切りましたね」
男爵家とはいえ、温室付きの貴族の屋敷だ。衝動的に買うようなものではない。
老婦人も照れくさそうに笑って口元を隠す。
「それで、あの温室を使ったハーブ園とちょっとしたお茶会ができる程度のこじんまりした飲食店を始めたいの」
店の調度品を選びたいとコノミト男爵夫人に相談して、宿り木の庭を紹介されたらしい。
「あまり格式張った椅子やテーブルだと気後れしてしまうけれど、せっかく綺麗な温室ですもの。できる限り整えたいと思ってしまって」
「良いと思いますよ。お考えの雰囲気に見合うものを一緒にお探ししましょう」
久しぶりに気分のいい仕事ができそうだと、チトセも前向きに相談に乗る。明るい雰囲気に引き寄せられたように、数体の宿り精霊がふわふわと飛んできた。
精霊は視えないのか、老婦人は目の前を横切った精霊に気付かずチトセに礼を言う。
「助かるわ。けれど、あまり家具には詳しくなくって、お手を煩わせることになってしまうけれど」
「ご安心ください。お客様の代わりに詳しくなっておきましたので」
「あら心強いわ」
その時、老婦人のブローチから赤銅色の髪と犬の耳が生えた宿り精霊がひょっこりと顔を出した。
観察するように周囲を見回した後、老婦人を見上げる。
穏やかに、朗らかに笑う老婦人を見て、ブローチについている宿り精霊も微笑んだ。
「ペリラ、タノシソウ」
チトセは老婦人の希望を聞き出すため、質問する。
「お茶会ができる程度の飲食店とのことでしたが、子供も入りますか?」
「にぎやかな方が楽しいですもの。子供のお客様も断らないつもりよ」
「でしたら、お子様を膝にのせてもバランスを崩したりしない安定感のある椅子が良いですね」
「そうね。子供はテーブルに体重を掛けたりもしてしまうから、そういう点でも――」
老婦人と意見を交わしながら、チトセは久しぶりに気持ちよく仕事ができた。




