第六話 酒保商人
帝都大門近くにあった老舗の菓子店が商業免許の再取得を断念して店を畳むらしい。
「やっぱり、こうなったね」
老舗の菓子店ではあるが、もっぱら貴族向けに売っていた。帝都在住の貴族向け生菓子や所領へのお土産になるような焼き菓子と乾燥果物、さらには乾燥果物を使ったレシピ集の販売などをしていた。
一方で、帝都の住人に古くから親しまれてきた伝統菓子を安値で売っていた。
『ノブレスオブリージュって言うでしょう? ストロー役の私たちが利益を上げたら本末転倒ってことでね』
今代の若夫婦のみならず、代々続いていた老舗菓子店のジョークだ。客のえり好みなどせず、自慢の菓子が広く届くように商売をする。
帝都の住人も観光客も貴族を気にせず買い物できる。貴族が咎めれば、ノブレスオブリージュに反してしまうのだから。
庶民と貴族の交流の場となっていた……ショーケースにつく宿り精霊が泣きながら若夫婦に縋りつく。
「ヤー! ヤダヤダヤダ!」
いつもショーケースの上で聞こえもしないのに客に今日のおすすめお菓子を宣伝していた、丸っこい精霊だ。
百年以上孵化せず、先々代の頃からショーケースに宿っていたらしい。チトセが精霊の視える眼を持つと知ってうるさいくらいに今日のおすすめをしてくれたこともある。
「必ず、買い戻します……!」
若夫婦が揃ってチトセに頭を下げる。
どうしようもないのだと知って、宿り精霊が両手で顔を覆った。
「イヤ……ダ……」
チトセは宿り精霊を両手で拾い上げ、若夫婦に向き合う。
「お預りします」
「お願いします」
両手を握りしめて、若夫婦が涙をこらえた。
チトセの手の中で宿り精霊が泣きじゃくる。
「シアワセナノニー! ガンバルノニー! ヤダ……」
若夫婦には精霊が視えていない。だが、先々代からショーケースに精霊がついていると聞いている。
毎日使って摩耗し、壊れてしまう菓子作りの道具に宿り精霊はつけないが、代々客と向き合ってきたショーケースには宿り精霊がいる。
貴賤を問わずに菓子を広く届けるこの店の誇りでもあった。
※
エルタの予想通り、商業免許の再取得を断念して店を畳む事例が増えた。さらに、貸し倒れを恐れた両替商や金貸しは商業免許を再取得した店から貸しはがしを行い、資金繰りが悪化する店が増加した。
金貸しからすれば当然の反応だ。帝都商業ギルドも革命政府も敵に回ったのだから、後からいくらでもルールを変更できる。不利なルールで営業するしかない商店に資金を貸せるはずがない。
金貸しは共倒れできない。借りている他の客まで倒れてしまうのだから。
帝都全体の経済が音を立てて崩れていく。その跡地に入り込もうとする革命軍と関係が深い商人たちが問題だった。
宿り木の庭の店内で、チトセはショーケースの宿り精霊を慰めていたが、入店を知らせる鈴の音に気付いて顔を上げる。
「いらっしゃいませ」
店に入ってきたのは四十代後半の女性だった。引き締まった体、背骨がそのまま地面に繋がっているかのようなブレのない姿勢。片足が地面を離れる時間の短さ。視線の配り方。どれをとっても戦場上がりだと分かる。
軍について行って商売を行う酒保商人だ。それも、徴兵された村人から軍を指揮する職業軍人まで客にして渡り歩いてきた、荒事慣れした人間だろう。
チトセを見て、女性の方も警戒して目を細める。裏町育ちの観察眼と隠れた警戒心、なにより荒事に対応しようとする距離の取り方と体勢から、チトセが死体の転がる世界で生きていたことを嗅ぎ取ったのだろう。
ある意味では同族だが、仲間ではない。
「帝都に各地の酒と飯を提供する店を構えようと思っていてね。あんたなら遠慮することもないか。女も男も出す」
客の女性は隠すこともなく風俗店を出店すると言い切って、チトセの反応を見た。
「これから帝都にやってくるだろう有力商人が気分よく過ごせるような、そんな内装を考えている。ひとまず、テーブルから紹介してくれないか? あたしが両腕を広げた、こんくらいの幅が欲しい」
女性はどっしりと主張する胸を強調するような姿勢で両腕を広げた。帝都でなくても下品だと思われる姿勢だが、わざとやっているのだろう。
二十歳にもならない小娘のチトセを舐めてかかっている――ように見せている。
反応を窺っているのが丸わかりだったが、チトセはまるで気にせず話に乗った。
「内装は壁紙や立地も含めて考えるものですから、ご希望の商品を紹介できるとは思えません」
情報が足りないし、お前の店まで足を運ぶ気はないよ。
遠まわしに断るチトセに対し、女性はふっと鼻で笑う。
「そりゃあそうだね! 何なら考えるついでにウチの店で働くかい?」
「はぁ……」
あまりに分かりやすい挑発に、チトセはむしろ呆れてしまった。戦場上がりの下品な挑発がこの程度なのかと、裏町育ちのチトセは不思議に思う。
「そんなに商品に自信がないなら内装より先にこだわるべきでしょう」
「ははっ面白いこと言うね。まぁ、ここまでにしておこうか。怒らせると怖そうだ」
精霊が視えないまでも気配は感じ取ったか、女性は下品な挑発を止めた。
チトセを店から引き抜こうとする女性に怒り始めていた宿り精霊たちが少しだけ落ち着く。
女性はちらりと奥の居住スペースに視線を向けた後、チトセに向き直った。
「売るか売らないか、店次第なのはどこでも一緒だと分かっちゃいるがね。いまの帝都で客をえり好みできる立場だと思うなよ」
今度は脅迫か、と思いきや女性はチトセに心配するような目を向けていた。懐に入る込むための演技だとすれば、先の下品な挑発の前にするべきで、それが分からない商人には見えない。
脅迫ではなく警告だろう。
「帝都の商人は地方出身者を馬鹿にしている。そんな噂が流れててね。あたしみたいに商人を相手に商売したい人間にとっちゃ美味しくない噂なのさ」
帝都内で、帝都土着商人か地方出身商人かで派閥が分かれ、旗色を明確にするよう求められると、この女性の商売は単純計算で客層が半分になってしまう。
「あたしに売れとは言わない。ただ、ちょいと仲良くするよう知り合いに言っておいてくれないか?」
「互いに仲良くする気があるのなら、勝手に仲良くするでしょう」
関わっても得がない。そう判断してチトセは女性の頼みを断った。




