第四話 商業ギルド
「ようやくかぁ」
チトセは安堵の籠った声を上げながら天井を仰いだ。
エルフの里からアシエラの伝言を携えてきた孵化精霊が笑う。
いわく、エルフの里を護衛する代わりのエルフを無理やり呼び出すことに成功したため、切り上げて帰ってくるという。
帝国の崩壊と革命という一大事の中、留守を任せきってしまって本当に申し訳ないとも伝言を預かっているらしい。
「お土産は奮発するそうじゃ。希望を聞こうか」
伝言役の孵化精霊は「吹っ掛けてしまえ」と続けた。
チトセが代理店主として店を回して三年になる。それも、激動の時代の三年だ。大体の我儘は聞くつもりらしい。
とはいえ、エルフの里に呼ばれても断り続けてこの店に残ったのはチトセ自身の選択だ。吹っ掛けるのは違うだろう。
「どれくらいで帰ってくるの?」
「代わりの護衛が到着するまでの時間、それに馬車などを使うとしてもこのご時世じゃからなぁ。我々精霊と違って自由に飛べるわけでもない故、半年近くはかかるじゃろうな」
「半年ね」
チトセは心にメモして店の方を振り返る。
「みんなー、アシエラがお土産を買ってきてくれるって。なにがいい?」
「ボードゲーム!」
「ウタノ、ホン!」
宿り精霊たちが口々に要求する。チトセは慣れたもので、宿り精霊たちの意見をざっとまとめて新しいボードゲームと楽譜をお土産に頼んだ。
その時、宿り精霊の一体が話の流れを切って報告した。
「オキャクサーン!」
「はーい。いま行く」
ぽつぽつと客入りも戻ってきたな、と思いながらチトセは立ち上がる。
伝言役の孵化精霊もチトセの働きぶりを見てみたいとついてきた。
店舗スペースに出たチトセは暴動の後からの癖もあってざっと店内に視線を走らせる。宿り精霊が騒いでいない時点で不届き者が入ったわけではないと理解しているが、一応の警戒だ。
店内に人はいない。不思議に思って入り口を見ると、一組の男女が立っていた。
男性は真新しい制服に身を包んだ体格のいい無精ひげの男。人相は悪いが、その制服はついこの間発表された警察官のモノだ。
女性はふくよかな有力商人に見える。透き通る薄絹のスカーフが目を引くが、胸元に帝都商業ギルドの所属を示すバッジがついている。
男性の方は警察とのかかわりがないチトセには当然ながら見覚えがない。それに、商業ギルドにこんな女性がいただろうかとチトセは内心首を傾げた。
女性がチトセを見つけて口を開く。
「宿り木の庭の店主、アシエラというエルフはどちらに?」
女性の質問に、チトセは不信感を募らせる。商業ギルドがアシエラの里帰りを知らないはずがない。
詐欺、の二文字がよぎったのはチトセだけではなく、肩の上のエティ、店内にいたティ・キーが警戒態勢を取り、外の様子を見回っていたシャンジが男女の背後を取った。
三体の孵化精霊が無言で陣形を組む様子に、伝言役の孵化精霊が感心したように頷く。
チトセは男女の表情や体勢を観察しながら言葉を返す。
「今は里帰りしています。半年ほどで帰ってくると思いますが、緊急でしょうか?」
女性はチトセをじっと見返して淡々と続けた。
「あなたが代理店主のチトセさんですね? では、あなたへ代わりに告知しておきます」
告知、と聞いてチトセはさらに警戒の度合いを引き上げた。
しかし、女性は紙束を鞄から取り出し、チトセに差し出す。特に何の仕掛けもない紙の束だ。商業ギルドの印まで押されている。
「革命政府樹立に伴い、商業免許の再取得をお願いすることになりました。お手数ですが、こちらの書類を確認の上、商業ギルドまでお越しください」
この場で質問があれば受け付ける、と女性は紙束を読むように勧めてきた。
アシエラの不在を知って襲撃してくるわけでもなく、金銭を要求するわけでもない。それどころか、商業ギルドまで来いという。
詐欺ではないのか、と肩透かしを食らいながらも、チトセは書類にざっと目を通した。
狙いはなんとなく読める。貴族とのコネで商売していた商人を市場から排除するのが目的だろう。戦争の拡大に伴って力を付けた奴隷商人などもいると聞く。
警察官を連れているのも、悪質な商人が暴れないように牽制するためだと考えれば納得がいく。
裏事情を推測しながら書類を読み進めていたチトセは、商業免許の再取得にかかる費用をみて驚いた。
「こんな大金がかかるんですか?」
革命前の十倍以上の金額だ。長らく続いた不景気を乗り切ったばかりの個人商店がこんな大金を簡単に払えるはずがない。
「一括でお支払いいただくことになっています。審査はございますが、当ギルドで融資も可能ですので申し込む場合には窓口へお越し願いします」
感情を挟まず言い切って、男女は去っていく。
チトセは書類に再度目を通して抜け穴がないかを確認する。帝都の商業ギルドが作っただけあって抜け穴は見当たらない。
「……この額は私の一存で動かせないよ」
幸いにも店の蓄えはある。代理店主のチトセが動かせる金額ではないだけだ。
伝言役の孵化精霊を見て、チトセはアシエラへの連絡を頼む。
「来たばかりで悪いけど、アシエラさんに伝えてくれるかな?」
「よかろう。最速で伝えよう」
伝言役の孵化精霊はそう言って、店を飛び出していった。
チトセは書類を見つめ、思考を巡らせる。
あの商業ギルドのバッジをつけた女性にはやはり見覚えがない。帝都の外から来たのだろう。しかし、話し方を含めて事務的なやり取りに慣れているようだった。
衛兵組織が警察に改革されたのと同様、商業ギルドにもテコ入れが入った可能性がある。それが革命政府によるテコ入れなら、革命戦争中に貢献した商人の意向が入っているだろう。
「これ、帝都の既存の店を追い出しにかかってない?」
もしくは資金融資で首輪を付けようとしているのか。
「お金の問題だけで済めばいいけど……」




