第三話 旧友たち
裏町の偏屈爺ことネイジャンが亡くなって二か月ほどが経ち、引き取った家具のほとんどは売りきった。
修理があまりにも丁寧だったことで、修理箇所を指さして説明しても客が首を傾げたほどだ。
「被害が少なかった地方は気前がいいな」
帳簿を見直しているチトセの手元を覗き込んだシャンジが言う通り、こんなに早く適正価格で売りきれるとは思わなかった。
宿り精霊がついている品は戦争が終わった今も人気で買い手が付きやすいが、そうでない家具類も盛況だった。
「疎開先から帰る人たちの需要があるから、被害の有無はあまり関係ないよ」
「そういうもんか?」
帳簿を見直し終えて、チトセは一息つく。
不景気続きのこのご時世、まとまったお金が入ったのは本当にありがたい。宿り木の庭は赤字体質ながら貯蓄も多く十分に回せるが、近隣の店は違うのだ。
「明日にでも商業ギルドに行って入金しないとだね」
帝都の商業ギルドは帝都内にある商店への資金貸付も行っている。しかし、不景気続きで商業ギルドといえど貸付資金が不足しており、キンゲルなどの有力商人にお金を預けてほしいと頭を下げている。
宿り木の庭にも度々やってきていたが、革命軍が帝都に入城したあたりから音沙汰がない。目途がついたのならいいが。
裏口の方からリペ・アルシュがのんびり飛んできた。
「客人が待っておる」
「オーミーか、エルタだね」
今日はタイミングが偶然重なって、オーミーとエルタが来る日だ。
示し合わせたわけでもなくタイミングが重なるのも別に珍しい話ではない。多少は活発化しているものの旅客船や辻馬車の本数は戦前と比べて大きく減っているのだから。
裏口を開けると綺麗な女性が立っていた。男女を問わずなかなか見かけないほど背が高いが線が細く、おしとやかな印象を受ける。
「オーミー、久しぶり」
「チトセちゃんも久しぶり。今、眼鏡を見て判断したでしょ?」
「ばれた? 少し度が強くなったんじゃない?」
戦時中も手紙を交わしていたため、距離感は近いまま。
チトセはオーミーを家に招き入れようとして、肩のエティに声を掛けられた。
「あれエルタじゃない?」
エティが指さす先、通りの向こうから若い男性が歩いてくる。やや暗い茶髪と特徴的な金の瞳に気付いて、チトセは手を振った。
「エルター」
チトセが手を振って呼びかけると、エルタが笑いながら手を振り返す。チトセの隣でオーミーも控えめに手を振っていた。エルタとは初対面なのでどこかよそよそしい。
「蚤の市で初めて会ったときは私にぐいぐい来たのに。あの勢いはどうしたの?」
「それは女の子同士だったから……」
あまり同年代とのかかわりがないチトセはそんなものかと納得し、駆け寄ってくるエルタを見る。
エルタも背が伸びていた。オーミーとほぼ同じぐらいだろうか。一般的には背が高い上、疎開先の西方、山岳地帯で過ごしていた影響か足腰が鍛えられているらしく走る姿が様になっている。元々整った顔をしていたが、血筋ゆえかどこか気品を漂わせていた。両替商でも金貸しでも、信用が第一な職業に最適といっていい顔立ちだ。
「チトセ、久しぶり。えっと、そっちの子は?」
「私の友達のオーミー。古書店の看板娘」
「オーミーさんか。初めまして。エルタです」
家の前で自己紹介を済ませ、中に入る。
二人が入ってくるのを待ち構えていた宿り精霊たちが飛びつく。チトセの肩が定位置のエティやティ・キーを羨ましがっていた宿り精霊はオーミーとエルタの肩を巡ってじゃんけんをしている。
家の中が精霊だらけなのを知っているオーミーたちでも、視えない宿り精霊に群がられる感触に驚いていた。
チトセは両手を打ち鳴らして宿り精霊たちの注意を引く。
「こら、みんな。危ないから席に座ってからにしなさい」
「ハーイ」
「オコラレター」
素直にリビングテーブルに集合した宿り精霊たちがオーミーたちが来るのを待っている。
チトセは苦笑しつつ、オーミーとエルタに宿り精霊たちのことを説明してから椅子をすすめた。
今度は身構えていたので、オーミーもエルタも驚かないで済む。ただ、玩具にされるのも可哀想なので、チトセはシャンジに目配せしてカードゲームを持ってきてもらった。
「宿り精霊も交えて遊びながら話そう」
「精霊と遊ぶなんて、新鮮」
オーミーが笑い、エルタも頷く。
チトセはカードを配りながらオーミーに質問した。
「オーミーに懐いてる宿り精霊とは遊ばないの?」
「視えないとどうしてもね。たまに頭に乗ってくる感覚があるくらい」
「今度は私がオーミーのところに遊び行くよ。通訳してあげたらあの子も喜ぶだろうし」
ライティングビューローの宿り精霊を思い出しながら約束する。
エルタがなにかの気配を感じて手札を伏せたのが見えて、チトセは視線を向ける。宿り精霊の一体がこっそりとエルタの肩から手札を覗き込もうとしていた。
「こーらー、そこ、ずるしない!」
「えっ、俺?」
「違う、肩の上の宿り精霊」
チトセが指さすと、宿り精霊たちが笑いながらエルタの肩から離れた。
「バレタ!」
「ニゲルゾー」
「ティ・キー、捕まえてお説教」
「やれやれ。はしゃぎすぎだな」
ここしばらく、店の客もまばらだったのもあって宿り精霊たちは興奮気味だ。いたずらが加速しないようにちょっと懲らしめておく必要がある。
叱り過ぎない程度に、と目配せするとティ・キーは「心得ている」と短く答えて飛んで行った。
エルタが手札を眺めながら笑う。
「相変わらず、見えなくても賑やかな家だな」
「毎日大変だけどね。あっ、紅茶を淹れてなかった」
いつもならティ・キーが急かすから忘れないが、久しぶりに友人と会うチトセにティ・キーが遠慮したらしい。
カードゲームを一試合終えて紅茶を淹れに立ち上がったチトセに、オーミーが世間話を振る。
「サウベリア王国が独立したでしょう? それで区画整理とかで立ち退きを迫られた店が多くてね。利権も絡むから交渉の余地がほとんどなくて、泣く泣く店を閉めたって話が多いんだよ」
オーミーの祖母が営む古書店は影響がないものの、町の個人商店の会合の顔触れが減って寂しいという。
「帝都も危ないかもね」
裏町の再開発の話を思い出して、チトセは心に書き留めた。




