第二話 偏屈爺の挑戦状
裏町の偏屈爺ことネイジャンは元々家具職人だった。
チトセの育ての親、デポッサはただ人付き合いを避けていた寡黙な老人だっただけで、バジガンを始めとした少数の人付き合い自体はあった。
だが、ネイジャンは違う。
元は帝都からやや離れた山間の町に住む家具職人だったが、弟子に工房を乗っ取られて放り出されたことをきっかけに人嫌いをこじらせて裏町に流れてきた人物だ。
一般人だろうがマフィアだろうが衛兵だろうが金槌を振りかぶり、絶対に敷地に入らせない。道理も義理も関係なく、会話以前に挨拶すら交わせる人間がほとんどいない。
それでも裏町で殺されなかったのは、必要なら角材でも振り回せる類まれな筋力と地獄耳の持ち主だったことと、木工職人としての腕はデポッサよりも上だったから。
主な収入源は娼館などの家具修理と裏町の家の壁の補修など。他にも捨てられた家具などを無断で持ち帰って修繕して売るというデポッサと同じようなこともしていた。
同じ職人としてデポッサのことを認識していたネイジャンは時折、材料を融通し合う関係でもありチトセも顔見知りだ。挨拶以上に会話が成立する数少ない人間でもある。
そんなチトセならと、ネイジャンの娘は家の鍵を貸してくれた。
「父さんは私も敷地に入れなかったからね」
そう言うネイジャンの娘は普段は故郷に住んでいる。二、三年に一度様子を見に来る程度だったが、あいさつ程度にしか言葉を交わせなかったらしい。
ネイジャンの家は裏町のやや下町寄りにある。潰れた隣家の廃材をバリケードのように積み上げて敷地を確保しており、表町と遜色のない造りの作業小屋と粗末な自宅がある。
作業小屋の奥に倉庫があるのは知っているので、チトセは遠慮なく作業小屋の鍵を開けようとして鍵穴が合わないことに気が付いた。
「あのくそ爺」
チトセはむっとしつつ、鍵穴を調べる。
ネイジャンは娘のことも信用していなかった。渡した鍵もでたらめだ。
鍵開けを試みるが、流石は偏屈爺ことネイジャン。簡単な造りではない。
「根性だけじゃなくやることもひん曲がってんだから」
「お嬢は裏町に来ると口が悪くなるな」
ティ・キーに咎められつつも、チトセは小一時間かけて鍵を開ける。わざわざこの鍵を開けるためだけの小道具まで作る羽目になり、どっと疲れた。
しかし、作業部屋に入ってみればあの面倒な鍵の理由も分かった。
「いつ見ても立派な仕事場」
チトセも入ることは許されなかったネイジャンの仕事場は綺麗に整理整頓が行き届き、高品質な工具類や希少な素材、部品が保管されていた。チトセが知る限り、この仕事場に入れたのはデポッサくらいだ。
老いて握力が無くなっても握りやすいように調整が施されたノミを見て、チトセはふと溜息をつく。ネイジャンは生涯通じて、偏屈な職人だった証拠だ。
「お嬢、ここの家主のご老人は精霊が視えたのか?」
「視えないはずだよ」
チトセはティ・キーに答えて、作業小屋を見回す。
様々な宿り精霊が滅多にいない訪問者に目を丸くしてチトセの出方を窺っている。
ティ・キーと会話したことで、宿り精霊たちも自分がチトセに視えていると分かったらしく、一斉に動き出した。
「ミエテル!」
「キコエテル!」
「ネイジャンハー?」
無邪気に集まってくる宿り精霊たちに、チトセは一瞬言葉に詰まった。
しかし、隠していても仕方がない。
「亡くなったよ」
「……ソウカー」
「フラフラダッター」
予兆はあったらしく、宿り精霊たちは残念そうにしながらもすぐにネイジャンの死を受け入れた。
宿り精霊の一体がチトセの前まで飛んでくる。
「ミエルヒト、ダケ、アンナイスルノ」
「視える人だけ?」
問い返すと、宿り精霊が何度も頷く。
詳しく話を聞くと、ネイジャンは生前に精霊が視える人間以外を近寄らせるなと言い含めて地下室の扉を封じたらしい。
「ネイジャンって精霊が視えてたの?」
そんな様子はなかったが、ルマンも当初は視えるのを隠していたことを思い出す。
しかし、宿り精霊は否定した。
「ミエナイヨー」
ネイジャンは自分が丁寧に修理して大事に扱ってきた物に精霊がついていないはずがないと変な確信を持っていたらしい。そして、死後にその大事なモノを精霊が視える者に託すため、視えていない精霊たちに命じていたそうだ。
「ホントニ、ミエルヒト、イルンダネ」
意思疎通が図れていないので宿り精霊たちも話半分に聞いていたようだが。
案内された地下室は倉庫の床に扉が偽装されていた。デポッサといい、裏町の老人は床に隠すのが好きらしい。
「……正直、ここまでの品があるとは思わなかったよ」
骨と真珠貝が象嵌されたディッセラ帝国黎明期の衣装箪笥を始め、アンティーク家具が所狭しと並んでいる。カビが発生しないように湿気取りが置かれており、地下室の壁面も漆喰で覆われて対策が施されている。
裏町住みのネイジャンが持っているということは、かなり激しく破損、汚損された状態で捨てられていた家具類のはずだ。
「材質まで合わせてある。接合部すらほとんどわからない」
ここにある以上は必ず破損しているはずだという前提で観察しているのにどこからどこまでが修理箇所なのかもわからない。
「コンシンノデキ!」
「ネイジャン、スゴイ!」
「ジマンシテター」
人嫌いのネイジャンは視えてもいないのに精霊たちがここにいると確信し、自慢していたらしい。
だが、自慢したくなるのも分かる。
「ちょっと気合を入れて、売り先を考えようかな」
チトセは地下室の高級家具を見回して、笑う。
なんとなく、ネイジャンから挑戦状を突き付けられた気がしたのだ。
精霊が視える人間なら、この家具たちの価値が分かるだろう。適切に売って見せろ。そんな風に。




