第一話 ルマン、ヤクザ止めるってよ
一気に老け込んだ気がする。そう思いながら、チトセはルマンを見た。
マフィア組織のトップを張っているだけあって油断ならない鋭さを含む雰囲気はそのままだが、年の割に若々しかった顔にはクマが浮かび、肌も荒れている。
「悪いな。美味いんだろうが、味が分からん。香りはいい」
ルマンは疲れが滲む声でチトセが淹れた紅茶を評価し、ティーカップを置いた。
チトセは無言でルマンの言葉の続きを待った。なにが起きたのかは知らないが、ルマンがチトセに弱った姿を見せる時点で、ルマン自身がすべての手を打ち尽くしているはずだ。同情も励ましも求めているはずがない。
必要なのはただ一つ。解決策だ。
ルマンはチトセの対応に小さく笑った。これから頼るチトセが裏町育ちの気質そのままなことに安堵するようにも、表で生きているチトセを頼らざるを得ない自分を嘲笑するようにも見える。
「うちの者の働き口が欲しい。船着き場の人足でも、建設作業の下っ端でも、力仕事なら何とかなるはずだ。伝手はないか?」
「マフィアから足を洗うの?」
帝都暴動の際にいち早く秩序を取り戻したのは裏町だった。無秩序な暴動を秩序ある暴力が抑え込む皮肉な形ではあったが、主導したバジガンファミリーが名を挙げたのも事実だ。
戦争が終わり、これから景気が上向くと予想されるこの時期に裏町の店から売上金を吸収しているバジガンファミリーが苦境に陥るとは考えにくい。
何か理由があると考えるチトセに、ルマンは素直に事情を話し始めた。
「革命軍が勝っちまった。それで手始めに、帝都裏町を潰し帝国時代の負の遺産を消して、手っ取り早い成果にしちまおうって話が出てるらしい」
そういう事か、とチトセも納得する。
帝都暴動時、治安維持をつかさどる衛兵たちはもっぱら貴族の屋敷周辺を守っていた。暴動以前から貴族の息がかかった衛兵による巡回ルートの偏りなどが囁かれていたほどだ。一部の衛兵と貴族は繋がっている。
革命軍が勝利し、貴族制度も解体される流れとなり、利権の一つだった衛兵組織にも革命軍の手が入った。
結果的に、衛兵組織の上層部が入れ替えられ、新体制となった衛兵組織としても成果を上げたい。
旧組織から手を焼いていた裏町から後ろ暗い組織を一掃できれば、確かな成果になる。
しかも、帝都で開発が進められていない裏町全体を再開発できれば、革命政府の成果にもなる。一石二鳥だ。
「話の流れは分かるけど、本気で上が動くの?」
帝国時代から裏町が放置されていたのにはれっきとした理由がある。
単純に住人の質が悪く、税収が上がるとは思えない。再開発に投資する資金が丸々無駄になるくらいなら帝国軍の強化や支配地域への投資に回す方が利益が大きい。
それに、帝都は良くも悪くも人が集まる。戦争時にも辺境領や支配地域から裏組織が多数入ってきて帝都土着のマフィアと抗争を繰り広げていた。帝国から見れば、裏の社会に鼻が利く番犬を放し飼いにしているようなもので、放置しておくことに一定の利があった。
ルマンは肩をすくめる。
「革命軍が清廉潔白でお綺麗な紳士の集団だとは誰も思ってないだろうが、着飾らなきゃいけない場面なんだろ。人も組織も第一印象が大事だって言うからな」
舐められないように暴力性をむき出しにしてきたマフィアの長が言うのかとも思うが、方向性が真逆なだけでやっていることは一緒だ。
チトセと話して調子が出てきたのか、ルマンは前髪をかきあげて皮肉に笑う。
「上の方から降格された衛兵の知り合いとこの間、酒を飲んでな。その時に出てきた話だ。治安回復、再開発の流れは既定路線だとよ」
「大っぴらに衛兵とマフィアがお酒を飲んでたら、組織改革もするでしょ」
「まぁ聞けって」
ルマンはチトセの物言いに反論せずに肩をすくめ、続ける。
「衛兵組織は解体して警察とかいう組織に変わるそうだ。そんで、清廉潔白な警察の皆さんは再開発した裏町にでっけぇ建物を立てて、第一の手柄の旧裏町にふんぞり返るんだとよ」
「ふーん。裏町の家の地価も上がるかな」
「……チトセ、お前もしかしてデポッサ老と住んでたあの家の権利書を持ってるのか?」
「持ってるよ」
「ちっ、上手いことやりやがって」
羨むよりも呆れた様子でルマンは舌打ちする。
チトセは逸れた話をもとに戻す。
「仕事口の紹介だったよね。口利き屋は?」
「もう頼った。だが、やってきたことがやってきたことだからな。笑えることに前科はついてねぇが、知ってる奴は知ってる」
それでも古い知り合いを頼って組員の働き口を探しているところだという。
「後戻りできない奴はともかく、表で生活できる奴はまっとうな仕事に戻してやるのが俺の責任だ」
「本当に変に律儀だよね。まぁいいけど」
チトセはしばらく考えた後、候補をいくつか挙げていく。
戦争の終結に伴い、各地で復興作業が始まっている。荒れた道、廃れた村、破壊された建物などなど、力仕事ができる人材の需要は高い。
そして、チトセは博護会を通して作ってきた人脈がある。帝都から離れて仕事をすることになるが、むしろ顔が割れている帝都よりも社会復帰はしやすいはずだ。
しかも、博護会関連で紹介する場合、孵化精霊の監視下に置かれる。犯罪行為に手を染めようとすればほぼ確実に制裁される環境だ。バジガンファミリーの人間がチトセと精霊の関係を知らないはずもないので、迂闊なことはできないだろう。
「紹介はするけど、雇ってもらえるかは別問題。素性も隠さずに相手方に伝えるからね?」
「それでいい。世話になる以上、けじめは必要だ」
ルマンはそう言って頭を下げた。こういう筋の通し方を知っているから、バジガンファミリーの長にまでなったのだろう。
頭を挙げたルマンは「対価だ」と前置きして、裏町の方角を振り返った。
「裏町の偏屈爺が死んで、娘が遺品の整理に困っているらしい。俺から口利きしておくか?」
「もしかして、ネイジャン爺?」
「おう。ベッドの上で大往生だ」




