プロローグ
早朝、チトセは着替えを済ませて荷物をまとめていた。
「――郵便でーす」
裏口から聞こえてきた顔見知りの配達員の声に、チトセはすぐに応じて扉を開く。郵便ポストに入れるつもりだったのか、配達員は驚いた顔でチトセを見て固まった。
「あ、おはようございます。早起きっすね、チトセさん」
「仕事の予定がいくつか入ってるからね」
「新体制早々に? 働きすぎて体壊さないようにしてくださいよー?」
「そんなやわな体してないよ」
それに、よほどの事情がなければ働きすぎる前にエティやティ・キーからストップがかかる。
配達員から手紙を受け取り、差出人を見てチトセは柔らかく笑った。
チトセの笑顔を見て、配達員が口笛を吹く。
「マジで体調には気を付けてくださいね。配達先に宿り木の庭があるとみんなが行きたいってただこねるくらいなんですから」
「嘘だね。のんびり屋の君が配達に来たくらいなんだから」
「早朝なんで、チトセさんが寝てるとみんな思ってたんですよ。俺も降って湧いた幸運に驚いてるくらいっす」
「はいはい、そろそろ次の配達先に行かないと怒られるよ」
「やっべ。そんじゃ、またー」
パタパタと駆けていく配達員を見送って、チトセは裏口の扉を閉め、手紙を開く。
手紙は二通。オーミーとエルタからだ。
サウベリア王国独立軍が結成された初日に領都が陥落して以降、オーミーからの手紙は極端に少なくなっていた。チトセが送った手紙もオーミーに届かない事態が頻発し文通というよりも近況報告だけで返事を求めない手紙ばかりになっていた。
しかし、独立軍との和平が正式発表され、サウベリア王国が正式に独立。治安回復に努めた影響もあって、なんとか交流の手紙が成り立つようになってきた。
オーミーからの手紙には近いうちに宿り木の庭を訪ねたいことやお土産に何が欲しいかといった質問が書かれている。帝国内と違ってサウベリア王国は独立戦争の勝利に浮かれると共に、共に帝国からの独立を果たしたディグジニア協商連合やミナッツォ王国などとの交流を奨励し、早くもイベントが企画されているという。
景気が良いことだと思いながら、チトセは用意していた荷物をちらりと見る。
革命政府の樹立に伴い、帝国は民主主義へと体制を変えつつあった。
皇帝家や貴族の権限の剝奪、所領の帰属を国家へと移し、事業についても分割して民間への売却が発表されている。
様々な権限を国の財産にして革命政府による改革の原資にしようというのだろう。
貴族たちは所領からの税収入を始めとした様々な収益が剥奪されて困窮し、アンティークなどを売り払う流れができている。国に没収されるよりは現金に換えた方がマシという判断もあるのだろうが、売られるアンティーク類がとんでもない品ばかりだ。
戦争初期から半ばの頃、帝都を脱出して所領に帰る貴族が続出したがその時に市場に出たアンティーク類は『売っても惜しくない換金用の品』ばかりだった。しかし、いま出ているのは『貴族としての格を保つために所有している品』や『家の由来に関わる品』などなど。中には家宝として保管していただろう品まで市場に流出している。
博物館の館長が革命軍幹部に泣きながら訴えて市場から買い取った歴史的な品まである。
おかげでチトセも早起きして貴族の家に査定に出向くことになっている。
「気が重いなぁ」
由緒ある貴族家に代々大事にされてきた品ばかり。当然、精霊がついている品も少なくない。
もう一つ気分を上げてから出かけようと、チトセはエルタからの手紙を見る。
戦時中には一通も届かなかったエルタからの手紙だ。師匠のハッテともども、どこにいるのかも分からなかったので、チトセからも手紙を出せなかった。
「ボティグマ……ヤギの毛織物の産地で有名な西の山岳地帯、だっけ」
エルタがハッテと共にいるその場所、ボティグマはボルトラント王国という小さな山岳国家があった地域だ。ディッセラ帝国の歴史には珍しく、王家が途絶えかけたボルトラント王国がディッセラ帝国に王妹を嫁がせ、継承権を吸収させる形で平和に併合した。遊牧民が多く為政者にあまり興味がない国柄だったのもあって反発はほとんどなかったとか。
ボルトラント王国の山岳兵があまりにも強いので、税金を他より軽くする代わりに兵役を課している地域でもある。
エルタとハッテは戦時中のほとんどを旧ボルトラント王国領で過ごし、現地の毛織物職人などと仲良くなって、近々帝都に返り咲こうとしているらしい。
なかなかしたたかに生きていたようだ。
現在の帝都の詳しい情報が欲しいとも書いてある。
「仕事が済んだら返信を書いてあげなきゃね」
少しずつ、戦前の暮らしが戻ってくる予感に安堵しながら、チトセは店を出発する。
しかし、時代は確実に変わっている。前の時代と何もかもが同じになど、なるはずがない。
時代の変化を知らせるように、その日の夜、バジガンファミリーの頭ルマンがチトセを訪ねてきた。




