エピローグ
ディッセラ帝国、革命軍に降伏。
大々的な見出しが躍る号外があちこちでばら撒かれていた。
チトセはカウンターに資料や手紙を広げてとにかく手を動かしていく。
外の騒ぎに首を傾げた宿り精霊がティ・キーを振り返った。
「オマツリ? シズカダヨ」
「じきに騒がしくなるであろう」
外でばら撒かれている号外は革命軍が今日に合わせて再刷りしたものだ。
今日はディッセラ帝国の降伏により革命軍が帝都に入城パレードを行う日である。
今日を持ってディッセラ帝国は表向き帝政、貴族制が崩壊し、革命軍主導の政府が立ち上げられる。実際には、各地の独立軍との交渉や戦後処理があり、そこに帝国貴族も参加するので本格的な民間政府として動き出すのはまだ先だ。
宿り精霊が疑問に思うのも無理がないほど、店の前の通りは人通りが少ない。
皇帝家のお膝元、帝都で長く暮らした住民ほど革命軍のパレードを見に行くのは気が咎めてしまう。革命軍もこれを見越してパレード見物に並ぶ民間人を事前に準備していると噂で聞こえている。
ようするに仕込みだ。
ただ、帝都の住人が革命軍を歓迎していないわけでもない。チトセも含め、みな同じことを思っているだろう。
「ようやく終わったな」
シャンジがチトセの気持ちを代わりに言う。
帝都の住人は口には出さないだけで同じことを思っている。この戦争に終止符が打たれ、不景気にも対策が打たれるはずだと。戦争を乗り切ったと。
ペン軸をインク壺に浸けて、チトセは次の手紙に取り掛かる。
チトセの肩の上でエティが暢気に窓の外を眺めながら口を開く。
「終わったと言えば終わったけど、関係者はまだまだ大変だね」
「その関係者の一人がお嬢だがな」
「ごめん、みんなちょっと静かにして」
チトセは文面を考えながら時候の挨拶を書き始める。
キンゲルが支配人を務める高級宿トラレスホテルで行われた和平交渉。各地の独立軍の幹部や主導者が一斉にやってくるその交渉は無事に成功した。
細かい部分ではまだ協議が重ねられるらしいが、ひとまず大陸は平和になるだろう。
しかし、まだ公表はされていない。
そんな交渉の場に出る賓客の部屋を整えるのに一役買った宿り木の庭だったが、当然ながら在庫だけでまかなえたわけではない。使える伝手を総動員し、博護会の流通網を使えるように日程を調整し、遠方からも家具を取り寄せてどうにか揃えた。
そんなわけで伝手に礼の手紙を書いているチトセだが、まだ公表されていない和平交渉について触れるわけにはいかない。かといって、かなり無理を言って頼んだのにこちらの事情を一切明かさないというのも不義理だ。
「あぁ、文面どうしよう……。デリックさん、こういう義理人情をすごく大事にするから協力してくれたのに……」
全部ぶっちゃけることができれば楽なのにと、できもしないことを呟いてチトセは悩む。
戦争は終わっても余波はまだまだ続いている。ディッセラ帝国滅亡という一つの歴史の節目といえど、いまを生きるチトセにとっては地続きの日常でしかない。
それでも、とチトセは店内を見る。
宿り精霊が窓辺に集まり始めている。外から響くパレードの音に興味を引かれているらしい。
窓の外を男の子が走っていく。パレードを見に行くのだろう。男の子の後ろを少し不安そうな顔をしながらも父親らしき男性が「転ぶなよー」と声をかけて続く。
遠く、パレードが行われる大通りの方角から仕込み客たちの歓声が聞こえてくる。
「マツリダ! マツリ!」
「コッチ、クル?」
「オドリ、ミタイ!」
宿り精霊たちが興奮し、窓にほっぺがつくほど近付いて外の様子を窺っている。
ティ・キーがシャンジとエティを振り返って手招いた。自分だけでは興奮した宿り精霊たちを抑えられないと判断したらしい。
「しゃあねぇなぁ」
シャンジがふわふわと飛びながらティ・キーに合流する。
エティも肩をすくめ、窓の方へ飛んで行った。
「入城パレードだからこっちには来ないと思う」
「ソウナノー?」
「チトセー! ツレテケー!」
「ダイシャ? コロコロ、チッサイ、ニグルマノヤツ!」
「ノッケテー!」
ついている道具や家具から遠くに離れられない宿り精霊たちは台車に乗せていけと口々に要求し始める。
しかし、エティが宿り精霊たちの前に仁王立ちして視線を遮った。
「やめろ。チトセは仕事中だ」
「マダ、オワラナイ?」
チトセは思いついた文面をつらつらと書き始めながら、宿り精霊たちの質問に答える。
「お世話になった取引先に返信した後、博護会に来ているお礼の手紙にも返事をするから、まだ当分は無理かな」
戦争で滞っていた手紙は博護会の流通網を通して復活しつつある。優先順位が低くなりがちな私信も届くようになっており、博護会に救われた家族、アンティークや古美術品についている宿り精霊や孵化精霊からの感謝の手紙が届くようになっている。
彼らが避難先の教会から元の家に帰れるのはまだ当分先になるので、チトセは安心させるためにもこういった私信には返信するようにしていた。
宿り精霊たちも重要性が分かっているのだろう。つまらなそうな顔をしながらも文句は出てこなかった。
「チトセよ。せめて、窓を開けてやってもよいか?」
ティ・キーが折衷案を出してくる。手紙の文面を考えるのに忙しいチトセが外の音で集中を乱されないか心配だったのだろう。
すでに宿り精霊たちが五月蠅いのもあって、いまさら騒音は気にしない。
「いいよ。開けちゃって。みんなは外に出ちゃダメだよ」
「ハーイ!」
窓を開けたことで、店に入ってくるパレードの歓声が大きくなる。
革命軍をほめたたえ、今後の治世に期待する声がかすかに聞こえてきた。
「激動の時代だね……」
こういった変化から生じた新作の家具などが後の世にアンティークと呼ばれるのだろう。
問題は山積みだが日常が戻りつつある気配。
春が近くまで来ていることを知らせるように花の香りが店に訪れた。




