第二十二話 兆し
博護会が立ち上げられて半年。
冬を迎えた帝都は不景気そのものだった。パンなどの食料品の価格高騰、劇場の休業に始まり公衆浴場も週に一回の営業となった。
暴動の痕跡が残る道は割れた窓がそのままの家や店が見受けられ、道を歩く人もまばら。自警団が路上で焚火をしながら周囲を警戒している。
こんな環境でアンティークショップに客が入るはずもなかったが、チトセは忙しく日々を過ごしていた。
各地の孵化精霊が持ってくる情報を取りまとめ、関係者に手紙を発送。流香家具のような特殊な取り扱いが必要な品が避難所に届けられれば、保管方法などを記載した手引書を同封する。
ほとんど無償で行う博護会のこの活動は急速に噂が拡散し、アシエラがいるエルフの里にまで届くほどだった。
エルフの里も全面協力を表明し、孵化精霊が数十体、各地に派遣された。
規模を拡大していく博護会に帝国も革命軍も独立軍も警戒していたが、手出ししなければ物流と経済を維持してくれることもあり静観を決めている。暴走した地方貴族が一度、避難民の物資を接収しようとして、怒った宿り精霊の報復により屋敷が全焼した事件が決め手となった。
チトセは手紙を書き終えて、椅子の背もたれに体重を預ける。
「疲れた……」
「ダイジョーブ?」
店の宿り精霊がチトセを心配そうに見上げる。今日は早めに終わったので、宿り精霊たちと遊ぶ時間もあるだろう。
チトセは宿り精霊を見回して笑いかける。
「カードゲームしようよ」
「ヤルー!」
帝国各地から情報が集まってくる関係もあって地方で発展した遊び方を孵化精霊から教わった宿り精霊たちにカードゲームが流行している。
戦後に遊び方をまとめた本を出すのも面白い。
宿り精霊たちとのカードゲームを楽しんでいた夕方、裏口の呼び鈴が鳴らされた。
窓辺にいたリペ・アルシュがチトセを振り返る。
「キンゲルといったか? あの支配人の男がそわそわしながら待っておるよ」
「キンゲルさんが?」
この半年、博護会の関係で何度もやり取りしているが直接訪ねてくるのは珍しい。いつもは代理人が来る。
裏口の扉を開けるとキンゲルがほっとしたようにチトセを見て、頭を下げた。
「遅くに申し訳ない。緊急の商談をしたい」
「商談ですか」
相談ではなく、商談。博護会関係ではないのだろう。
今は宿り木の庭も休業状態なので裏口から訪ねてくるのは分かるが、焦りようが気にかかる。
「どうぞ中へ」
「すみません。この後の予定がありまして、戸口でお話を」
本当に急いでいるらしく、キンゲルはポケットから紙を取り出してチトセに渡そうと一歩近づいた。
「――監視されてます」
キンゲルの短い警告。
不意打ちのようなものだったが、チトセは表情を変えなかった。シャンジとリペ・アルシュが裏口から飛び出し、周辺を警戒している見張りの孵化精霊に声をかける。エティがチトセの頭上に飛びあがり、ティ・キーがキンゲルの背後を守るように動いた。
チトセの眼にだけ映る厳戒態勢の中、キンゲルは用件を告げる。
「他言無用に願います。その紙にある通りの様式で宿泊部屋を整えるため緊急で家具を探しています。この戦乱で普段の伝手を使おうにも家具などの輸送が満足にできず、しかし、これらの家具を集めていることをできるだけ知られたくありません」
「このリストにある物を全て買うつもりですか?」
キンゲルに渡されたリストにあるのはディグジニア協商連合、ミナッツォ王国、サウベリア王国など旧国の高級アンティークだ。一つや二つならともかく、この数を揃えるのはいくら高級宿トラレスホテルといえど破産する。
しかし、キンゲルはしっかりと頷いた。
「資金の心配はいりません」
「……これって、帝国の行く末が決まる話だったりしますか?」
リストにある国は独立軍が快進撃を続けている。
この半年で帝国は全戦線で敗北と撤退を繰り返し、帝国の分裂は既定路線となっている。地方の征伐派貴族が独立軍に降伏したとの情報も、チトセは孵化精霊から聞いている。
帝国が各地の独立軍との和平交渉にあたるとすれば、これらの家具を揃えて独立軍を出迎えて相手国を尊重する意思表示をするというのも考えられる話だ。
博護会の幹部であるキンゲルは独立軍にも名が知られ、中立的な立場であることから和平交渉の場としてトラレスホテルが選ばれるのも納得がいく。
チトセの読みに対して、守秘義務を課せられているらしいキンゲルは何も言わなかった。しかし、チトセが孵化精霊を介して探ればすぐに分かることだ。
「チトセさん、お願いします。手を貸してください」
「期限は?」
「春までに」
平時でも厳しい期間だ。物流が滞り治安も相当に悪化している今、これほどの高級家具を集めるのはまず不可能。
博護会の流通網を持ち、孵化精霊を介した情報網があり、目利きもできる中立的な立場のチトセでもなければ。
チトセと関係が近いこともキンゲルがこの話を任された理由なのだろう。
「分かりました。やれるだけやってみます」
というよりも、やるしかない。
もう一度頭を下げたキンゲルはすぐに身をひるがえす。
「ありがとうございます。私は次の取引先に向かいますので」
「お気をつけて」
家具ならばチトセがどうにかできるかもしれないが、高級宿が客に提供するのは食事なども含む。各国の料理を作ってもてなすとすれば、食材や料理人の手配も必要になる。
キンゲルを見送って、チトセは裏口を閉める。シャンジが窓から室内に戻ってきた。
「監視は三人。帝国軍人っぽいのと、帝国人のおそらくは内政派のスパイ、それから独立軍っぽい少し薄汚い奴」
「店も見張られてる?」
「今はまだ見張られてないぜ。時間の問題だと思うけどさ。ただ、あまり心配しなくていい。あいつらは互いのことも認識しているようだったし、おそらくキンゲルを監視しつつ暗殺されないように守ってるんだ」
「あぁ、和平に反対する人もいるか」
できるだけ早く戦争が終わってほしいと思うチトセだが、世の中には様々な理由で戦争の継続を望む人間がいる。利益、復讐、思い出の地を取り戻したいなどなどだ。
「なら今回の仕事には妨害も入るかもしれないね」
気合を入れていこう。
そう意気込んで、チトセはリストを再確認した。




