第二十話 組織の頭脳
面識があるとはいえ一庶民でしかないチトセが訪問しても門前払いされるだろうと、教会枢機卿ムタージュを介してハウンドープ侯爵家前当主、サクーミを訪ねた。
もう日も暮れる時間だったがサクーミはチトセとムタージュを快く敷地に招き入れてくれた。
帝国式の庭園に大型犬が四頭放し飼いにされている。しかし、孵化精霊をぞろぞろと連れているチトセが恐ろしいらしく尻尾を丸めてくんくん鳴いていた。
少し気の毒になって、チトセは「怖くないよー」と手を振ったが逃げられてしまった。
わざわざ玄関口まで出迎えに訪れたサクーミが情けない番犬たちを見て苦笑する。
「無理もないとは思うがね」
サクーミの持つギミックステッキの柄頭に座る宿り精霊がチトセに手を振っている。相変わらず持ち主にべったりなようだ。
家の主であるサクーミに案内されて応接室へ通される。
この建物はハウンドープ侯爵家の別荘とのことで、サクーミが家主になっているらしい。
「しがない老人の隠居部屋だよ。訪ねてくる人の少なさを嘆くほどの広さでね。チトセさんが来てくれて嬉しいよ」
ムタージュには特に触れず、サクーミはチトセに話しかける。
応接室のソファに座ったサクーミは早速本題を切り出した。
「それで、本日はどういった用向きかな?」
面会はムタージュの名前だったが、この場にチトセがいることで用事があるのがどちらか理解したらしい。
隠居しているとはいえ、サクーミは帝国貴族、内政派の重鎮であり亡くなった皇帝を友人と呼ぶほどの立場にいる。
チトセは言葉を選びながら用件を伝えた。
「現在各地で起きている独立戦争の余波で苦しんでいる持ち主を救ってほしいと孵化精霊たちに相談されました。そこで、各地の教会を避難所とし、精霊を護衛につけた避難民と文化物の保護を行う団体を立ち上げようと考えています。サクーミさんに戦況の予想を行ってほしいと頼みに来ました」
短くまとめた用件を聞いて、サクーミは意外そうな顔をした。
まじまじとチトセを見つめたサクーミは不意ににっこりと笑った。
「いいだろう。ハウンドープ侯爵家としてではなく、私個人として引き受ける。だが、戦後に私の名前は出してもらいたい。どのような情報を得て、どのような判断を下したか、私の方でも書類を作るが教会でも作ってもらいたい。商人も何人か巻き込むのだろう? そちらの商人にも別途書類を作成してもらおうか」
チトセの隣に座るムタージュが緊張する。
サクーミがあまりにもあっさりと了承したため、何か罠があるのではと疑っているのだろう。
だが、チトセはサクーミにもムタージュにも視えていない精霊からの情報がある。
ギミックステッキの宿り精霊が躍り出しそうなほど嬉しそうにぱちぱちとチトセに拍手している。
「スバラシイワ!」
宿り精霊は満面の笑みでチトセに拍手を送り続ける。
「ホメテ、アゲル! テイコク、キエテモ、サクーミのヤサシサ、ノコルノネ!」
宿り精霊の言葉は、サクーミがあっさりと協力を表明した理由を物語っている。
答え合わせのようにサクーミ自身が説明する。
「まだ表に出ていないが、帝国内に革命軍が興った」
現皇帝家や貴族制度に反旗を翻して結成された革命軍は、独立軍に手を焼いている帝国軍の背後を突く形で旗揚げした。
事ここに至っては誰の眼にも明らかだ。
――帝国は滅びる。
「問題は滅び方だよ」
サクーミは帝国貴族とは思えないほど簡単に帝国の滅亡を確定事項として話を進める。
「国が滅んでも人は生きている。社会は存続している。だが、指導者が変われば大きな混乱が生まれ、混乱の渦中で死ぬ者が非常に多い。……私はね、皇帝陛下と共に幾度も戦に出て勝ってきた。侵略してきた。だからこそ、背負わねばならない。戦でも、その後の統治でも、殺してしまった人々の無念と残された人々の未来を、背負わなくてはならない」
支配地域で独立軍が組織されようと、帝国内で革命軍が組織されようと、政治に関わる者としてすべてに責任を負い、よりよい未来を模索し続ける。
いまを生きる人々に反旗を翻されたとしても、引退してできることが少なったいまでも、背負った命の重みはそのままサクーミに伸し掛かっている。
「避難者の保護、大いに結構だ。協力を惜しむつもりはない。だが、組織の性格上、中立性を保つ必要があるはずだ。引退したとはいえ帝国貴族の私が関わっては中立性を疑われる。ならば、私をあらゆる角度で監視しなさい。それを誰の眼にも検証できる文章として残しなさい。中立性を疑う者を黙らせる証拠を用意しておくべきだろう」
自らの立場が客観的にどう見えるかも考えたうえで、サクーミは自らを監視しろとはっきり言い切った。
清廉潔白を証明するような提案だ。実際に証明手段ではあるのだろう。
だが、シャンジとティ・キーは顔を見合わせ、サクーミの隠れた本音を話し合う。
「革命軍が勝って貴族制が排除されたらハウンドープ侯爵家の存続も危ういんだよな?」
「戦後を見据えた点数稼ぎであろうな。人種によらず避難民の保護に動き、文化物の保全にも一役買っていたとなれば民衆の態度も軟化する」
サクーミには打算がある。
だとしても、その打算は誰かを貶めるものではなく、助けるためのものだ。
誰も不幸にならない打算は否定されるようなものではない。
チトセはサクーミに頷き返す。
「では、その条件で協力をお願いします」




