第十九話 組織の中核
チトセの提案は精霊が視えるチトセとそれにお墨付きを与える権力が必要になるものの、理に適ったものだった。
一般人には視えない宿り精霊という護衛が常駐する避難所として教会を機能させ、孵化精霊を護衛にして避難民を誘導する。
これだけでは何の利益も生まず、教会に安全に避難民を集めるだけで終わってしまう。
だが、チトセと孵化精霊たちが夜通し話し合って考え出した教会側のメリットをムタージュはすぐに見抜いた。
「なるほど。現地の教会は不可視の戦力と安全な移動ルート、各地の情勢に関する生の声を得られる」
混乱の渦中にある帝国内において、これらのメリットは大きな意味を持っている。
教会が独自の旗印を掲げるだけで、帝国軍も独立軍も、果ては盗賊団でさえ理解させられる。
『不可視の精霊たちが守る民間人の集団であり――手を出せば全教会と不可視の精霊たちを敵に回す』
これが周知されれば、安全に荷を運びたい商人たちが飛びつく。教会に対して物資を融通してでも、荷を安全に運べるメリットはあまりに大きい。
だが、デメリットもある。
ムタージュは背後の空気の流れと気配を探りながらデメリットを挙げる。
「帝国軍や独立軍、商人もそうですが、戦略物資の運搬にこの仕組みを利用しようとするでしょうね」
利用された瞬間、相手方にとって教会全てが敵になる。
この仕組みはあくまでも中立であることが大前提となって成立するものだ。
そして、この仕組みを利用しようと企む者を排除するには、教会という大規模な組織が必要になる。
チトセではどうやっても組織を作れない。だから既存の大規模組織、教会を利用したい。
教会にとって、この話は自らの組織の運営能力や規律を試されるものの、メリットが非常に大きい。混乱する帝国内で商人相手に優位に立てる上、大規模に難民救済や精霊が宿るような文化的資産を保護したという実績を作って戦後を迎えられる。
ティアーベルも関心を示していた。大規模な難民救済と精霊の保護を兼ねたチトセの提案はティアーベルの気質にも合う話だ。
ムタージュが腕組みをして唸る。ティアーベルは不審そうにムタージュを見た。
教会にメリットがある話だが、実務を担当しているムタージュにはティアーベルとは別の視点がある。それをティアーベルも理解しているからこそ、問答無用の飛び蹴りはしなかった。
意外とうまく付き合っているようだとチトセは少し安心する。
ムタージュは長考し、小さなため息をつく。
「結論から言いますと、少々厳しいですね」
「なんでよ⁉」
ティアーベルが不満そうに突っ込むがムタージュには当然聞こえない。
チトセがティアーベルの言葉を伝えるまでも無く、ムタージュは説明する。
「組織的メリットも大義名分もある実利的な善行であることは間違いありません。しかし、組織に属する人間が自己利益を追求することも往々にしてあるのです」
「私欲に走るバカが教会にもいるから問題が起きるってはっきり言いなさいよ、ぼんくら枢機卿!」
ティアーベルが怒鳴った通りの懸念をムタージュは遠まわしに言い切った。
帝国の教会のトップが、教会内部の統制に疑問を抱いていると言ったのだ。腹を割って話していることはチトセにもわかる。ティアーベルが蹴り飛ばさなかったのがいい証拠だろう。
ムタージュは「不甲斐ないことですが」と呟いて、続ける。
「私欲に走る人間がいるというだけではありません。偽装された軍の荷を見抜ける人材を確保できません」
教会はそれなりに大きな組織で各地に建物があり、拠点の提供と人手を同時にチトセに提供できる。
しかし、提供される人手は帝国軍からも独立軍からも距離を置いており、軍事にも政治にも疎い。ムタージュのようなトップ層ならばともかく、現地で難民保護や文化的資産の保全にあたる実働部隊にはそこまでの知識も情報もない。
帝国軍か独立軍か、あるいはどちらからも利用されかねない。
教会と孵化精霊だけでは今回の計画は実行できない。
「――隙が大きすぎます」
ムタージュはそう結論付けたが、同時に改善案も出す。
「有力な商人、それも独立戦争に中立的な立場であることが保証されるような有力な商人を巻き込む必要があります。その商人に人手を融通してもらいましょう」
参加するのならば商人にとっても利益がある話だ。先の不可視の精霊たちによる護衛はもちろん、他の商人にも恩を売ることができる。代わりに教会に近しい立場に身を置くことになるが、解決策がある。
「私が発起人ということでいいですよね?」
アンティークショップ宿り木の庭。エルフのアシエラが店主を務めるその店の代理店主が『宿り精霊を守るついでに難民の保護に動いた』と広めれば教会主導の組織ではなくなる。
建前は大事だ。
チトセの言葉にムタージュは楽しそうに笑う。
「チトセさんは視野が広いですね。説明の手間が省けて助かりますよ」
「もう一つありますよね?」
ムタージュがチトセの口から言わせたいことがもう一つ。
チトセは意図を汲んで続ける。
「俯瞰的な戦況に関する情報を流してくれる帝国軍か独立軍の協力者。可能なら両方が欲しい」
避難民が得られるのは基本的に事後の情報だ。村が軍に占拠された、町の物資が接収された、戦場になるからといって追い出された。そういった情報になる。
チトセが考える組織に欲しい情報はどこが戦場になるのか、といった事前情報だ。組織が事前に動かなければ、満足な難民救済ができないのだから。
孵化精霊を帝国軍や独立軍に忍び込ませて情報を抜き取ることもできるが、自由に動ける孵化精霊自体がそもそも少ない。帝国のあちこちの占領地で勃発している独立戦争の全戦線に孵化精霊を送るのは無理な話だ。
だから、軍の情報が欲しい。最低でも、軍がどう動くかを推測できる人材が必要になる。
ムタージュが両手を挙げて降参のポーズをした。
「そこが一番の問題点です。方々に顔が利く有力商人であればキンゲルさんを始め、何人か候補が上がりますが、貴族の方はね……。ディッセラ帝国貴族のお歴々は『信仰は軟弱だ』と捉えている節がある」
周辺国を侵略し続けてきたディッセラ帝国。武の国である帝国の貴族は教会と距離を取っている――というのが表向きの見方。
実際は、他国にも教会が存在している以上、教会を通して侵略の動きが相手国へ伝わらないように貴族たちは相互監視を強いられていた。教会に情報を売っていないか、と互いに疑心暗鬼に捕らわれていたのだ。
しかし、現在のディッセラ帝国は内政派と征伐派の貴族が喧嘩を続け、一枚岩とは言い難い。
ムタージュは続ける。
「帝国軍の動きを推測できる戦略眼の持ち主がのんびり散歩しているわけもない。要となる人材ですが確保が難しい以上、チトセさんの計画を実行に移すのは不可能でしょう」
組織の中立性を損なわないようにという条件も付くため、帝国の退役軍人を招くことも難しい。
チトセの前で白ウサギの孵化精霊が立ち上がった。
「各地のエルフに協力を仰ぐのはいかがでしょう?」
アシエラのように人の社会で生活するエルフたち。長寿なエルフたちの中には軍事に明るい者もいるだろう。
だが、現在はエルフの里で大祭と子育てが行われており、協力できるとは思えない。多少の助言をもらえるかどうかといったところだ。
その時、シャンジが何かを思いついたような顔をして、しかし言うべきか悩むように唸った。
エティがシャンジに声をかける。
「思いついたらとりあえず言ってみなよ」
「……現役を引退した侯爵と知り合ってたろ? 孵化精霊を監視につけて中立性を確保、与える情報も絞って意見を聞くってのはどうだ?」
「存外、悪くない手やも知れぬ」
シャンジの考えにティ・キーが一考の価値ありと判断した。
「内政派の重鎮、元ハウンドープ侯爵サクーミだろう? エルタが皇帝家の落胤と知りながらいまだに沈黙を続けている御仁だ。口の堅さは信用できる」
ティ・キーがチトセの横顔を見た。決断は任せるという意味だろう。
チトセはしばし考えた後、ムタージュに向き直る。
「ハウンドープ侯爵家の前当主、サクーミさんはどうでしょうか?」




