第十八話 提案
朝を迎えて、チトセはすぐさま帝都教会を訪ねた。
朝食のパンを買い出てきたらしい通行人がチトセを見て何かの直感が囁いたのか大きく道を開ける。
「ありがとうございます」
小さく頭を下げてすれ違い様、チトセ一人では決してあり得ない空気の大きな動きに気付いた通行人が振り返る。
精霊が視えない彼にはわからない。
チトセの周囲にはエティ、シャンジ、ティ・キーのいつものメンバーに加えて十二体もの孵化精霊が飛んでいる。この光景が視える者、例えば裏町のバジガンファミリーの若頭ルマンが居れば泡を食って逃げ出すだろう。
「衛兵詰め所程度なら無傷で制圧可能な戦力だな」
シャンジが冗談めかして言う。
そんな過剰戦力を引き連れたチトセを見た教会の警備は冷や汗を垂らしながら手を突き出す。
「ちょっと待ってくれ。用件を聞きたい、です……」
精霊が視えているわけではない。だが、チトセが以前、枢機卿ムタージュの依頼を受けてやってきたことを覚えているらしい。
なにより、本能が訴えかけているのだ。理不尽なまでの力の持ち主だと。
チトセはちょっと懐かしい気持ちになった。
「アシエラさんと初めて会った時の私ってこんな感じだったんだね」
ルマンたちに追いかけまわされた先で出会ったアシエラも絶対的な力と重圧を伴っていた。
ルマンたちとは違って警備は善良な一般人なので、チトセも精霊たちも威圧するつもりはない。
「孵化精霊を多数連れているので威圧感があるかもしれませんが、危害を加えるつもりはありません。枢機卿ムタージュさんに取り次いでもらえますか?」
「た、ただちに!」
「あっ、名前……行っちゃった」
まぁいいか、とチトセはその場で待つ。帝都で精霊が視える人間がそもそも珍しい上、多数の孵化精霊を連れている十代の女などチトセ以外にあり得ない。ムタージュも話を聞けばわかるだろう。
案の定、警備と共にムタージュが現れた。
「やはりチトセさんでしたか。どうしました?」
「お騒がせしてすみません。協力をお願いに来ました」
チトセも宿り木の庭も、白ウサギたち孵化精霊が望む経済支援などできない。
ならば、できそうな人間を片っ端から巻き込んでしまえ。
チトセの肩でティ・キーが笑う。
「アシエラにも最後まで頼らずエティを孵化させたあのチトセが、これを言うとは」
逆の肩でエティが首を傾げる。
「そうか? チトセは誰かのためなら人を頼るよ? 僕が身内だから誰も頼らなかっただけで」
「というかさ、自分の優しさが招いた責任を全部自分で背負い込もうとするだけじゃね? 俺が子守歌を教えたせいで微妙な空気になって帝都に帰った時も、一人で抱え込んでたろ?」
「ふむ、自らの行動が招いた結果の責任を分散させる思考に至らぬか。その点、教育が必要だな」
「エティは今回のチトセの行動をどう見るんだ?」
「チトセがそろそろ怒るから教えなーい」
「――チトセさん、顔が赤いですが、熱でも?」
ムタージュが心配そうに見てくる。
チトセは愛想笑いを浮かべて返した。
「帰ったらやることができただけです」
人のことを一々分析するなと、絶対に教え込んでやる。
※
前回の枢機卿執務室とは違い、養護院にある院長部屋に通された。
「一応、教会の総責任者の部屋ということになってはいたんですが、実態としては代理の人間を置いていた部屋です」
子供たちの遊ぶ声が聞こえ、執務をするのは難しい部屋だ。総責任者ことムタージュはどこか居心地が悪そうに執務机に向かう。
チトセは院長部屋を見回した。
執務机の後ろ、窓の近くに置かれたクッションに寝そべっていた孵化精霊、ティアーベルがチトセに手を振る。
「チトセ、ずいぶん大所帯ね? 教会の焼き討ちにでも来た? 協力してあげようか?」
「焼き討ちなんてするわけないでしょ」
チトセの返答にぎょっとした顔でムタージュはクッションに目を向ける。精霊が視えなくとも、交わされた会話を類推することはできるのだ。
ムタージュの反応にティアーベルがお腹を抱えて笑う。
「最っ高の反応ね! 救うべき人間に舐めた対応をしたらどうなるか、しっかり想像なさい」
暴君じゃん、というシャンジの言葉は聞かなかったことにして、チトセはムタージュに本題を切り出した。
「実は、宿っていた品の所有者への支援を求めて、ディグジニア協商連合の方から孵化精霊が訪ねてきています。教会が知る限りの現地の情報や今後の対応策を聞きに来ました」
一応、解決策らしきものは孵化精霊たちと一晩中話し合って導き出している。
だが、教会が握っている情報次第で可能かどうかが分かれてくる。
チトセの質問にすぐに思考を切り替えたムタージュは押し黙る。
「チトセさん、情報というのは聞かれたからといって答えられるほど軽々に扱えるものでは――」
「――五点減点、マイナス三十四点!」
ムタージュが最後まで言い切る前にティアーベルがクッションから飛び立ち急加速、最高速度でムタージュの後頭部へ飛び蹴りを見舞った。
日常的にチトセの肩にエティが乗っていられるほどに精霊は軽いが、速度が乗れば衝撃も増加する。
ティアーベルの飛び蹴りを受けたムタージュの頭ががくんと揺れた。
「うっく……」
精霊が視えないムタージュからすれば不意打ち以外の何物でもないはずだ。それでも動揺一つ見せないのは、この手のやり取りに慣れているからだろう。
マイナス三十四点というティアーベルの言葉も合わせれば、減点されるたびに不意打ちを受けていたと思われる。
ティアーベルが腕組みしてムタージュの頭上に滞空する。
「ちょうどよかったわ。チトセ、通訳してよ。このぼんくら枢機卿ときたら、他者を救うことは善行だと説教しながらタダで助けず利益を引き出そうとするのよ? 何のためにお布施を集めてるのって話よね? 運営資金の確保にお布施をもらってるくせして、教会運営の要の人助けをする前に金をせびるってなによ? 最大減点が五点と決めてるからこの程度で済ませてるけど、いい加減にこのぼんくら枢機卿の頭に火をつけて夜の帝都を駆け回らせてやりたいわ! だいたい、帝国全土を飛び回って足元の養護院にも目を向けなかったからこの部屋は――」
「ティアーベル、ちょっと静かにして。枢機卿の声が聞こえない」
よほど不満が溜まっていたのか、つらつらとムタージュの悪口を言っているティアーベルを止める。
衝撃はともかく痛みはないらしく、ムタージュは蹴られた後頭部を撫でながら言う。
「チトセさんからもティアーベルに教えてください。この混乱がいつまで続くか分からない以上、手の中にいる子供たちの面倒を見るだけで精一杯で、そのためにもお金が必要だと」
ムタージュの言い分も分かる。
自分が相談に来たはずなのに、なぜ相談に乗っているんだろうと思いながらチトセは口を開く。
「それなら、私の相談を聞いてください。ムタージュさんもティアーベルも、不満を解消できるかもしれないので」
ティアーベルとムタージュがきょとんとした顔でチトセを見る。こんな形で双方の不満が解消されるとは思わなかったのだろう。
ティアーベルはチトセからエティ、シャンジ、ティ・キーとみて何かを確信して聞く態勢に入った。
チトセは夜通し孵化精霊たちと相談して導き出した提案をする。
「孵化精霊、宿り精霊を護衛にした避難所を教会に作りませんか?」




