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物に宿る精霊が見えるのでアンティークショップで働きます  作者: 氷純
第三章 革命期編

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第十六話 大事なぬいぐるみ

 暴動が収束して十日ほどが経った頃、さらなる凶報が帝都に届いた。


『サウベリア王国領独立軍、領都を占拠』


 旧サウベリア王国領で独立軍が起こっていたことも初耳だというのに、それが最大拠点である領都を占拠したとの情報にチトセさえ耳を疑った。

 元々、サウベリア王国領は反帝国の気質が強い土地柄だ。蚤の市に参加した時にチトセ自身も体感している。

 だから、独立軍が組織されるのは驚くような話ではない。


 チトセが驚いたのはサウベリア王国領に住む友人オーミーからの手紙にこの話がなかった事だ。


「検閲でもされてるんじゃね?」

「違うと思う」


 シャンジの予想を否定する根拠はある。オーミーからの手紙には必ず封蝋がされており、一民間人にすぎないチトセとオーミーの手紙のやり取りを帝国軍が検閲してわざわざ封蝋まで偽装して押し直すような手間をかけるとは思えないからだ。


 おそらく、独立軍は現地民であるオーミーさえ知りえないほど水面下で準備を整え、一気に蜂起して領都を押さえたのだ。

 組織的で計画的な動き。領都を押さえる手際といい、帝国に対してだけでなく、サウベリア王国民に強烈な印象を与えたはずだ。

 サウベリア王国独立軍は確実に大きくなる。現在の帝国の状況ではもう対抗できないだろう。

 対抗できないとしても、抗おうとはするのだろうけど……。


「また増税かな」


 帝都暴動もあって、帝国はある程度以上の規模の町では出入りを固く制限した。これ以上の人口流出を防ぎつつ、転出による税収入の低下を抑える目的だ。

 独立軍が各地で組織されてから、帝国は何度も増税と戦時徴用を行った。暴動と帝都の出入り制限により大河横の港への立ち入りも申請が必要になっている。


「ねぇみんな、いまの帝都で税金取れると思う?」


 チトセが答えの分かりきった質問をすると、答えてくれたのはエティだけだった。


「人がいないのに誰から取るの?」

「誰からだろうねぇ」


 皇帝崩御に伴う暴動時の人口流出もあって帝都の人口は大きく減少した。港も含めて出入りを制限しているので外から入ってくる人間も皆無だ。

 皇帝崩御の前はまだ、帝国各地からの観光客もいたのだが、暴動の話が帝国中に拡散しただろう今、わざわざ帝都を目指す人間は少ない。


 店の方から宿り精霊たちが心配そうにチトセを見ている。暴動発生から今日まで、店は開店休業状態なのもあり、みんな店の存続を心配しているようだ。

 チトセは宿り精霊たちを手招いた。


「心配しなくても蓄えがあるし、店が潰れる心配はないよ。アシエラさんがどれだけ貯め込んでると思ってんの」


 せっかく暇になってるんだからみんなと遊びたいな。そう呼び掛けると宿り精霊たちは我先に遊びを提案し、ボードゲーム大会を開くことに決まった。

 大会の運営役にエティとティ・キーが抜擢され、話し合う二体の精霊を眺めつつチトセは思考を巡らせる。


 宿り木の庭の運営は問題ない。アシエラの蓄えもあるが、チトセ自身も相応に稼いできた。

 しかし、度重なる増税や景気悪化は宿り木の庭だけの問題ではない。取引のある工房、特に家具を扱う工房は苦境を強いられる。いつ終わるかもわからない独立戦争と増税の嵐の中、新しい家具の購入などのまとまった金額の出費を控えるのは人の性だ。


 冷徹に、取引先を支援するかどうかを検討する局面に入った。これはチトセの裁量では無理な話なので、アシエラの判断を仰ぐことになるだろう。

 そう考えた矢先、裏口近くの窓で日向ぼっこをしていたリペ・アルシュが窓を開けた。


「アシエラからの伝言役が参ったぞ」


 ちょうどよかったと思いながらチトセは窓から入ってきた孵化精霊を出迎える。

 黒テンの姿をした孵化精霊はチトセの前にちょこんと座ると早速アシエラからの言葉を伝えた。


「チトセちゃんへ。さんざんエルフの里への避難を提案しておいて心苦しいんだけど、今は来ちゃダメ。人攫いと盗賊が町を作ってるのかってくらいに付近の町にも跋扈してるから、帝都にいた方がまだマシだと思う。暴動の話もサウベリア王国独立軍の話も聞いたけど、帝都の方がまだマシ――とのこと」

「裏町は人攫いより人殺しだし、エルフの里付近の方が危険だね」

「……チトセ嬢、人攫いよりも人殺しの方が危険ではないかな?」


 リペ・アルシュが不思議そうに質問する。

 この辺りは感覚の違いだろうかと、チトセはエティと顔を見合わせた。


「人殺しは基本個人でやるけど、人攫いは売り先も含めて組織がないと無理だから、人攫いがいる地域の方が治安が悪いよね?」

「……ほぉ、被害者の目線ではなく地域の治安を見るか。興味深い視点……」


 攫われても命があるならマシと考える被害者の視点と、その犯罪を成立させるのに必要な悪人の数という指標で治安を図る視点。裏町育ちのチトセは相対する犯罪者とその背後関係を意識して対応を決めてきたために後者の視点を持っているが、一般的な視点とはいえない。


 もっとも、人攫いだろうが人殺しだろうが、存在している時点でそこの治安は悪い。

 しかも往々にして、人そのものへ危害を加える犯罪が増加する前に人の所有物へ被害を与える犯罪が増加する。

 直近の例でいえば略奪だ。


「キャク、ダー!」

「コドモ、コドモ! コドモキャク!」

「ナイテル? クスグル?」

「やめなさい」


 くすぐりブームを抜け切れていない宿り精霊を捕まえて、チトセは店舗スペースを覗き込んだ。

 精霊が視えない人間からは無人に見える店の中、不安そうな顔をした七歳ほどの男の子がきょろきょろと店を見回している。


 男の子はチトセと目が合うと不安そうな顔のまま手に持ったぬいぐるみを差し出した。

 綿がへたった馬のぬいぐるみだ。いまだに人気がある英雄譚『騎士ディーザの八試練』に登場する名馬シャクォを模したもので、特徴的な小麦色の顔をしている。


「この子をここにひなんさせてください」


 大事なぬいぐるみなのだろう。本来は厳めしい顔で繕われるシャクォのぬいぐるみは中身の綿がへたった影響で顔の布が余り、宝物を見つめる父のような柔らかい表情になっている。


「教会をせいれいに守ってもらうってききました! ここに置いておけば大丈夫ですよね?」


 店にいる宿り精霊たちが一斉にチトセを見た。

 チトセは天井を見上げて一度瞼を閉じる。

 おそらく、チトセが帝都教会を守ってもらうよう孵化精霊ティアーベルに交渉したことをこの子は聞いたのだろう。あの場にいた人間は限られるが情報元を探しても意味がない。


 衝動的に大事なぬいぐるみを預けに来る子供がいるくらいなのだから、情報は広く拡散している。

 同じ考えに至ったのだろう、エティが肩をすくめる。


「忙しくなるね?」

「今日だけは、みんなと遊びたかったんだけどね……」


 宿り精霊たちと遊ぶのをひとまず後回しにして、チトセはしゃがんで男の子と視線を合わせる。


「その子は大事なのかな?」


 名馬シャクォのぬいぐるみをちらりと見て、チトセは問う。

 男の子はしっかりと頷いた。その瞳に宿る強い意志は確かに託された、それを見届けたように布が余ったぬいぐるみの顔が力を失ったように見えた。


 分かりきった答えだ。きっと、この男の子にとってのぬいぐるみは、英雄譚と自分を結び付けるある種の絆であり、その絆を手繰り続けた綱であり、ひいては英雄譚に自分を重ね合わせる手綱なのだから。


 感傷を胸に抱いて、チトセはうるさい利き手を制した。小さくとも、自らが手繰ってきた綱を手放そうとする男の子の頭を撫でて宥めるのは年長者の我儘でしかない。


「大事なら、手放すな」


 男の子の眼をまっすぐに見て、強く断言する。ある種のエゴ、自己満足でしかないとチトセは胸元に秘めている短剣の重みで理解している。

 それでも言い切る。


「――他人に預ける意味を理解して」


 家族、友人、世間、国家……枠組みなど関係なく、大事なものをナニカに委ねる意味を、理解してほしい。

 誰かに託すとは、自らだけでは守れなくなるという意味なのだから。

 店の宿り精霊たちがチトセから男の子に視線を移し、安心したように遊びだした。

 男の子はチトセを見返して、()()にぬいぐるみを抱きしめる。


「ボクには守れないから……」


 涙が浮かべながらも言い切った男の子を見て、チトセは頷き返した。


「分かった。引き取るよ」


 一般人に精霊が視えないことを初めて良かったと思いながら、チトセは男の子からぬいぐるみを買い取った。

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― 新着の感想 ―
誤字??かなと思ったので念のため、 あの場にいた人間は限られるのが情報元を探しても意味がない。 → あの場にいた人間は限られるが情報元を探しても意味がない。 --------------------…
子供を泣かせる為政者に言いたいことは幾らでもあるが、それを理性的に言葉にすることのなんと難しいことか。
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