第十五話 ティアーベル
執務室から場を移し、倉庫がある宿舎に足を運ぶ。
流石に教会が所蔵している古美術品やアンティークだけあって宿り精霊がついている品がいくつかあった。
複数の色ガラスを組み合わせたガラス細工についている宿り精霊に話しかけてみる。
「養護院の子供たちを守ってもらえないかな?」
「ヤ!」
ぷいっと横を向いて、宿り精霊は一言で断った。
他の宿り精霊たちについても同様で、全員が養護院はおろか教会を守ることさえ拒否する。
こうなるだろうとは思っていた。
チトセは倉庫の中を見回す。
美術品もあるため傷まないように採光は最小限。暗く、乾燥した倉庫の中で布を掛けられた品々が並んでいる。物が多いのに殺風景で掃除が行き届いているものの好奇心が旺盛な宿り精霊たちには不満が募る環境だろう。
大事に扱われているが、大事に使われていない。
傍らを飛ぶシャンジに目を向ける。シャンジも倉庫にしまい込まれた流香家具についていた精霊だ。
視線の意味を察したか、シャンジは肩をすくめる。
「雑に扱われるよりはマシだと思うぜ? 養護院なんて遊びたい盛りの子供の巣窟に置かれたら、壊されかねないからな」
「だよね。それに遊び相手がここの宿り精霊同士だから結束も強いみたいだし、離すのも可哀想かな」
チトセは枢機卿ムタージュを振り返る。
「宿り精霊たちに断られました」
結果を告げると、ムタージュは落胆した様子もなく諦めのため息をついた。ある程度は予想していたらしい。
「もとより虫のいい頼みです。大事に扱ってきましたが、それはあくまで物の価値を守るためでしかない。養護院の子供たちと触れ合う機会もない以上、断られて当然です」
宿り精霊がついていることはチトセの発言からも分かったはずだが、倉庫から養護院に移してなし崩しに守ってもらおうとは考えていないらしい。
「帝都が戦場になるのを懸念しているんですよね? 養護院の子供たちを避難させるのは?」
ムタージュは首を横に振る。
「当然考えたのですが、帝国の教会はどこも苦しい経済状況です。子供たちを新たに受け入れるのは難しい。残念なことに、これから親を失う子も増えるでしょうからなおさらです」
各地の独立戦争がどのような結果になるとしても、死者は必ず発生する。中には子供を持つ親もいるだろう。
各地の養護院は戦争孤児の受け皿として余裕を確保しておかねばならないと、ムタージュは考えているらしい。
チトセはシャンジに声をかけた。
「養護院の様子を見て来て」
「俺は別に子供好きってわけじゃねぇぞ? それに、四六時中の護衛も無理だ」
「護衛を頼んでいるわけじゃないよ。養護院は予算の関係で修繕しながら物を使うでしょ」
帝都の教会であっても利益が出ない養護院にそれほど予算は振り分けない。ならば、修繕しながら使い続けられた道具や家具に宿り精霊がつく可能性はある。
シャンジも「なるほど」と呟いて、採光窓から飛んで行ってくれた。
チトセはムタージュを見る。
「教会内を見て回り、精霊を探してみます」
やんちゃ盛りの子供たちがいる養護院の方は正直あまり当てにしていない。だが、利用者も含めて落ち着いた誠実な行動が求められる教会であれば可能性はある。
ムタージュがなにかを言いかけて飲み込んだ。それを見たエティがくすくす笑う。
「チトセが教会に来たことがないのバレたね」
「別に隠してないよ」
宿舎を出て、教会に裏口から入る。
裏口は教会関係者の休憩室や資料室などがある。見て回るが古い物はあっても精霊は見当たらない。
礼拝堂へと向かう。避難民らしき人の姿がちらほらとあるが、広さに対して人は少ない。礼拝堂に詰めかけるのは気が咎めたのかもしれない。もしくは、気が休まらないのか。
「どうでしょうか?」
ムタージュに問われる前に、チトセの眼は説教壇に座る孵化精霊を捉えていた。
複雑な刺繍を施された青い布の羽が二組背中に生えている孵化精霊だ。身にまとう羊の毛で編んだようなモコモコの白い服は足の下まで丈がある。
つまらなそうに礼拝堂を眺めているその孵化精霊にチトセは歩み寄った。視線が自分に固定されていることに気付いた孵化精霊が面白がるように目を細める。
「ティアーベルよ。あなた、チトセって子?」
「宿り木の庭で働いているチトセです」
長い年月を生きている孵化精霊が指すチトセが自分とは限らないため、補足も付けて名乗る。
ティアーベルはこてんと首を傾げた。
「噂のチトセね。ビィーベンから聞いてるわ」
ビィーベンは帝都公園にいる最古参の孵化精霊だ。岩肌のヤモリ型孵化精霊でベンチを根城にしている。
あの偏屈で寡黙な孵化精霊と噂話ができるらしい。
チトセは肩に座っているティ・キーを横目に見る。
「ティアーベルのこと、知ってる?」
「面識はない。が、アシエラが話していた。教会に住み着いた孵化精霊がいると」
「それあたしね」
ティアーベルが肯定する。
チトセはティアーベルの反応に違和感を抱きながら質問する。
「この教会が好きなの?」
住み着いたというからには気に入っているのだろうと考えての質問だったが、ティアーベルは全てを嘲るように笑った。
「ははっ、冗談言わないで! 大っ嫌いよ、こんなとこ」
吐き捨てるように言い切って、ティアーベルは礼拝堂にいる人々をじろりと睨んだ。
「こんなところに来る人間はだいたい恵まれてるのよ。何かが足りないと言いながら希望を持って生きている。真に希望が必要な人間が教会を訪れてもなにも救われない。だから教会なんて嫌いよ。代わりに私が救いに行くため、ここにいるの」
後ろにいるムタージュが聞いたらどんな反応をするだろう。チトセは伝える気にもならないが、ティアーベルの意見にはおおむね同意だった。
言葉にせずとも同族なのが伝わったのか、ティアーベルがチトセの顔を意外そうに見た後でニヤリと笑う。
「それで、あなたみたいな子がどうしてこんな場所に来たの? 理由があるんでしょ?」
「帝都が戦場になりそうだから養護院の子供たちを守ってくれるように頼める精霊を探してほしい。そう後ろの枢機卿に頼まれたんだよ」
「何の意外性もないわね」
鼻で笑って、ティアーベルがムタージュを指さす。
「条件があるわ。そこのぼんくら枢機卿も養護院に残りなさい」
自分だけ安全圏に避難するなんて許さない。ティアーベルの条件は当たり前のものだ。
チトセは肩越しに振り返ってムタージュに条件を伝える。枢機卿を相手に体ごと向き直る手間を惜しむチトセにティアーベルが愉快そうに笑って手を叩く。
「というわけですから、ムタージュさんも帝都に残ってください」
「承知しました。もとより、責任者としてこの情勢下で教会を離れるわけにはいきません」
「――交渉成立ね」
ティアーベルはそう言って、挨拶することもなく養護院へ飛んで行った。




