第十三話 帝都教会
「教会ですか? 別に避難するつもりはないですよ」
そこらの避難所よりもこの店の方がよっぽど安全だ。自分で安全を確保できるのなら、避難所が必要な人のためにも遠慮するものだろう。
というのが表向きの理由で、チトセは教会そのものをまるで信用していなかった。
苦しいときに救うのが役割のはずの教会だが、裏町は救われたことがないのだから。
表町で教会への不信を語っても利はないので、口にはしない。
だが、キンゲルは別に避難を促したいわけではなかった。
「避難を勧めるのでしたら当ホテルに招きますよ。そうではなく、教会が精霊の視える方を探していまして、チトセさんを紹介したい」
精霊が視える人間は少ない。チトセも自分とルマン、そしてサウベリア王家の短剣を狙ってきたサウベリア人の計三人しか知らない。
教会ほどの巨大組織でも簡単には見つけられないほどに貴重なのだろう。チトセやルマンのように教会を信用せず関わろうとしない人間も多いのでなおさら見つからない。
キンゲルは続ける。
「帝都の教会のかなり上の立場の方です。精霊が視え、さらには信用のおける人物となると私にはチトセさん以外思いつかない」
「……店のこともあるので」
「私の方で職人を手配しましょう。一枚ガラスでいいですよね?」
ショーウインドウを見ながらやんわりと断ろうとすると、キンゲルはあっさりと退路を塞いだ。
流石は高級宿の支配人。この混乱の帝都でも飛び入りで仕事を頼める伝手があるらしい。
チトセの近くを浮遊しているリペ・アルシュが上品に笑う。
「良い話ではないか。ただ話を聞くのみ。それだけで、窓が直るのだろう?」
「費用対効果が高いよなぁ。無茶振りされても断るのは難しくない」
リペ・アルシュの言葉にシャンジも同意する。
いくら教会のお偉方とはいえ、無理難題を吹っ掛けられるほどの権力はない。
あまり気乗りはしないチトセだったが、頭を悩ませているショーウインドウの修理をしてくれるのならと、キンゲルの話を受けることにした。
「分かりました。ただ、職人の手配だけお願いします。実際に仕事をしてもらう際には私が立ち合わないと、みんなにくすぐられそうなので」
うずうずしている宿り精霊たちがはまっていないショーウインドウ越しにキンゲルや護衛を見上げている。イメージトレーニングで指先が動いていた。
チトセの視線の先に宿り精霊がいると察したのだろう。キンゲルと護衛が一歩後退る。
早いうちにこのくすぐり流行を止めないとお客にも被害が出そうだ。
「ティ・キー、宿り精霊たちにくすぐりを止めるよう説得をお願いしていい?」
「ふむ。少々、自信がないのだが」
「ティ・キーでもだめなんだ……」
宿り精霊たちの相手をするのはティ・キーが一番上手なのだが、説得となると勝手が違うのだろう。
その時、リペ・アルシュが宿り精霊たちの後ろに立った。
「これこれ、お客人に粗相をしてはならぬ。いたずらで喜ぶのは己であって、相手ではないのだからね」
リペ・アルシュがチトセを振り返ってウインクする。後は任せろ、という意味だろう。
チトセも頷き返して、キンゲルに向き直った。
「教会の重鎮と会うんですよね? この服だと失礼に当たるでしょうから着替えてきます」
「あ、あぁ。裏口で待っていますよ」
キンゲルはリペ・アルシュが宿り精霊たちをやんわりと説教しているのが視えない。ここにいるとチトセの目が届かなくなった宿り精霊たちの餌食になると思ったのか、裏口に回った。
※
表町と下町の境に建つ白く立派な建物。
自らは清廉潔白だと主張するその輝く建物がチトセは好きではない。チトセだけでなく、裏町や下町の住人からの評判もあまりよくなかった。
下町との境に建てられたのは炊き出しなどの貧者救済を行うのに都合のいい立地というのが実際のところだが、建物の大きさも相まって表町との壁のようにも見えてしまう。
『ここから先は光の当たる場所。場違いな日陰者はこの壁を越えるべからず』
そう無言の圧力をかけられているようにも感じられる。
単なる被害妄想なのだが、そう感じてしまうのだから仕方がない。
そんな壁、教会へとわざわざ足を踏み入れることになったことにチトセは複雑な気持ちを抱いていた。
「表の人間になった気分」
「なったんだと思うよ」
エティに言われて、チトセはため息をついた。
悪いことではない。今の生活も気に入っている。だがあの白い建物に入るには場違いな自覚がある。
チトセは自分の服を見下ろした。
アシエラがエルフの里に出発する際、貴族などの家に呼ばれても対応できるようにと仕立てのいい服を数着、常備するように言われていた。その中でも一番高いこの服は試着以外で袖を通したこともなかった。
「服に着られてない?」
貴族令嬢のお茶会で使われていたケーキスタンドに宿っていたというティ・キーに意見を聞く。
ティ・キーはチトセを横目に見て「やれやれ」と首を振った。
「お嬢は自覚が無いが、見目が良い。その服を仕立てたラルチが目の下にクマを作っていただろう。半端な出来では服が見劣りする故、店の評判に関わると必死だったのだろうよ」
「チトセは綺麗!」
エティにざっくりと褒められて、チトセは服を気にするのをやめた。
キンゲルと共に教会の敷地に入り、教会の裏にある三棟の建物の中央へ向かう。
左右の建物を見れば、片方は養護院、もう片方は倉庫と宿舎が一体になっているようだ。中央の建物は事務などを行う仕事場らしい。
帝都の状況が状況なので、あちこちに教会信者らしき警備のボランティアが立っている。中央の建物の入り口にいる警備だけは帝都の衛兵部隊の制服を着ていた。
あらかじめ話が通っているのか、キンゲルを見た衛兵が扉を開けてくれた。
チトセをちらりと見た衛兵が軽く頭を下げる。
「町の治安維持へのご協力、感謝いたします」
「あ、店を襲ってきた男を連行していった人」
顔を見て思い出したチトセも「お世話になりました」と頭を下げる。
世間は狭いと思いながら、建物の中に入る。しばらく廊下を進むと、突き当たりに執務室らしき部屋があった。
キンゲルが足を止め、扉をノックする。
「キンゲルです。精霊が視える方を連れてきました」
部屋の中から足音がして、部屋の主が自ら扉を開けてチトセたちを出迎えた。
「ようこそ。お待ちしておりました。さぁ、詳しい話は中で」
本当に心待ちにしていた様子で声を弾ませ、執務室の中を示す人物を見てチトセは驚く。
教会のお偉方とは聞いていたが、チトセでも知っている有名人だったのだ。
枢機卿ムタージュ。帝都はおろか、帝国全土における教会の最高位にいる人物である。




