第十二話 一夜明けて
夜が明けても暴動と略奪は治まらなかった。
暴動そのものはやや落ち着いてきたものの、家人が避難して留守になった家を狙った略奪が横行している。見かねた一般人が自警団を組織して見回る有様だ。
「裏町は落ち着いたって」
「あそこには盗むものもほとんどないもんね」
皮肉なことに、帝都で最も治安が悪いはずの裏町がいち早く秩序を取り戻した。
ルマン率いるバジガンファミリーによる見回りの強化に加え、もともと荒事慣れしている住人たちの気質が状況に変なかみ合い方をした結果、平時の落ち着きを取り戻している。
宿り木の庭周辺もチトセが略奪者を三人店先に吊るしてからは静かになった。宿り木の庭を狙わなくても周辺の住居や店舗を襲えば精霊魔法が使えるチトセが駆けつけると知られたからだ。
ご近所さんから感謝のしるしにと貰った果物の盛り合わせをカウンターに置いて、チトセは箒を取り出す。
朝日が昇ったおかげでショーウインドウの惨状がよくわかる。衛兵に連れて行かれた略奪者の男を思い出して嫌な気持ちになりつつも、チトセは割れたガラスの掃除を始めた。
心配そうに宿り精霊たちが集まってくる。
「みんなは危ないから下がってて。手伝わなくて大丈夫だから」
「イイノー?」
「いいの。今日、お店はお休みだから急いで片づけることもないし。みんなはのんびりしてなよ」
「デモ、ソト、ウルサーイ」
「それは本当にそう!」
心の底から同意して、チトセは笑う。
外の喧騒はどうであれ、宿り木の庭の中は平和なものだ。
ガラス片を丁寧に掃除して、チトセは集まってきた精霊たちとショーウインドウを見る。
「さて、どうしようか」
割れたままなのは危ないので枠ごと外してしまったが、あまりにも開放的すぎる。大工か何かを呼ぼうにも帝都のこの騒ぎで仕事をしてくれる人が見つかるとも思えない。居ても方々に引っ張りだこだろう。
「誰かいい知恵貸してー?」
あえて明るく質問すると、宿り精霊たちが揃って片手を上げて『我に名案アリ』と名乗り出る。
「ロープ、ハル!」
「スズ、ツルス!」
「オハナ、カザロ」
「マキビシ!」
マキビシはともかく、意外と現実的な案が出て来てチトセは真剣に検討する。
ロープを張ってそこに鈴を吊るせば簡単には入ってこられない。ロープを切ろうとすれば鈴が鳴るので抑止力にもなるだろう。常人には視えないが宿り精霊たちもいるので侵入防ぐことは十分できる。
鉢植えで花を飾っておけば見栄えも多少はマシになる。鉢植えを倒して侵入しようとすれば物音がするのもいい。
「あと心配なのは雨かな」
「今夜にも降るであろうな」
いつの間にか近くまで来ていたティ・キーが空を見上げて予想する。今はまだ晴れているが、気温が低く湿度も高い。予想は当たっていそうだ。
「布でも張るか?」
「持ち去られそう」
むしろ確実に持ち去られる。まとまった大きさの布は使い道が多く、裏町でも窃盗被害に遭いやすいと育ての親のデポッサから何度も言われた。
板でも打ち付けるしかないかと諦めかけた時、不思議そうにショーウインドウを覗き込んだ男と目が合う。
「おっと、失礼」
チトセがすぐそばにいるとは思わなかったのか、覗き込んだ男キンゲルはわずかにのけぞって謝罪の言葉を口にする。
チトセはキンゲルの登場を意外に思いながら、彼の後ろを見る。護衛の男が二人、付いている。高級宿トラレスホテルの支配人ともなれば身柄を狙う輩が出てくるからだろう。
「まさか、宿り木の庭が被害に遭うとは……。犯人はどうなりました?」
「衛兵とお泊りデートをしてますよ」
衛兵詰所の方角を指さして冗談を飛ばすと、キンゲルは愉快そうに肩を震わせる。
「チトセさんもお元気そうで何よりです」
「取引先の安否確認ですか?」
「知人の、安否確認ですよ」
言い直されて、チトセは小さく頭を下げる。
「失礼しました。キンゲルさんも無事で何よりです。ホテルの方は?」
「港の方々と共に暴徒に対抗しました。塀が一部壊されましたが実害はさほどありません。今は敷地の一部を避難所として活用して頂いています」
精霊に守られていると有名な宿り木の庭に押し入る輩がいるほどの騒ぎ。扉や窓を破壊されるだけでは済まず、火を付けられて家を追われた住人までいるという。
キンゲルは興味深そうに宿り木の庭とその区画を見回す。
「この辺りはずいぶんと被害が少ないですね」
大穴が開いたショーウインドウを見てもそんな感想が出るくらいには、帝都中が酷い有様らしい。
チトセと精霊たちが目を光らせたおかげで、この付近での被害は宿り木の庭のショーウインドウ一枚にとどまっている。怪我人も出ていない。
「うちの店を狙わなければ大丈夫だろうって近所の家を狙う輩を二人、ここと裏口に吊るしたら来なくなりました」
吊るしておいて放置するチトセとは違い、宿り精霊たちは面白がって略奪者の男女をくすぐり倒した。吊るされたまま抵抗もできず息も絶え絶えに笑い身をよじる姿は略奪者たちに恐怖を与えたらしい。
ありのままを話すとキンゲルの笑みが引きつった。
「無邪気なのも考えものですね……」
護衛二人もどことなく警戒を深めた気がする。
精霊が視えない彼らには伝えない方がいいだろう。くすぐりに目覚めた宿り精霊の一団が獲物を狙うように待ち構えているのを――
キンゲルが一瞬何かを考えた後、チトセに向き直る。
「もしよければ、一緒に教会へ行きませんか?」




