第十一話 暴動
帝都は大騒ぎになった。
ディッセラ帝国の柱、皇帝家が実質的に力を失ったのだ。
病に伏していたとはいえ、皇帝は父である先帝に続いて周辺国を併吞していった帝国の武力の象徴。独立軍に如何に勢いがあっても帝都にまで攻め入るのは難しいのではないか、などという声もあった。
帝国民は戦上手の皇帝が病床から起き上がれば、帝国の苦境を跳ね返せるのではないかと信じていた。
「というか、縋っていたのかもね」
「案外、冷静なのだな、お嬢」
真夜中から号外を売る新聞売りの少年の声で目が覚めたチトセは、外の喧騒に肩をすくめる。ティ・キーが意外そうな目を向けるが、エティはチトセそっくりに肩をすくめて言った。
「チトセがなにか縋るとでも?」
「ふむ。お嬢は結局、アシエラさえ頼らなかったものな」
納得した様子で頷くティ・キーの横から、シャンジがひょいと顔を覗かせる。
「外をざっと見てきたぜ」
喧騒を締め出すように窓を閉めてくれるリペ・アルシュたちに礼を言って、チトセはシャンジの報告を聞く。
シャンジは深刻そうな顔で報告を始めた。
「まず、帝都の大門は開いてる」
窓の外はまだ暗い。独立軍との内戦中とあって夜間は厳重に閉ざされているはずの大門が開いているのは事態の深刻さを物語っていた。
帝都の衛兵たちでは逃げ出す民衆を止めきれず素直に帝都の外に出すしかなくなったのだ。
窓の外で家財を積んだ馬車が大門の方へ走っていく音が聞こえた。
「帝都中の明かりがついてる。表だけじゃなく、裏町までな。教会の方で緊急の炊き出しもやってる」
「まさに帝都全域での騒ぎになっておるな」
「それだけじゃねぇよ。一部で暴動が起きてる」
物騒な単語にチトセたちは眉を顰める。
シャンジによれば下町から出てきた柄の悪い連中が守りの薄い個人商店や民家を狙って強盗に入っているらしい。帝都を出る前に旅費を稼ごうというのだろう。
衛兵たちは大通りや貴族の邸宅の警備で忙しい。そもそも、これほど帝都全体が混乱し大通りがごった返している時点で衛兵も満足に動けない。
「まぁ、独立軍がここまで攻めてきた、なんて事態よりはマシでしょ。暴れてるのはただのチンピラで満足な訓練もしていないんだから」
「おぉぅ……裏町育ちは頼もしいな……」
チトセの発言に心なしか孵化精霊たちが気圧されている。唯一、チトセと同じく裏町育ちのエティはすでにやる気になっていた。
「知り合いの安否確認は大丈夫なのか? ラルチとか、ドーマールとか」
「そうだね。人足親方のドーマールさんはともかくラルチさんはなよっとしてるもんね」
服飾店を営む猫背のラルチはこういった暴動で真っ先に狙われそうな個人商店だ。お金がなくても布や糸を持ち出せばどんな町でも換金できる。
「帰ってきて早々に悪いんだけどシャンジにラルチさん所の護衛を頼める?」
シャンジの魔法は海水を生み出す。海水を吸った重たい布や糸をまとめて持って逃げられる人間はあまりいない。魔法の効果が消えれば海水も消滅するので乾いた布や糸に戻る点でもシャンジが適任だ。
「分かった。あの辺の区画は全部守ってやる」
「ごめんね。魔力が厳しかったらすぐに戻ってきてね」
「そこは心配いらねぇよ」
シャンジが窓から飛び出していった直後だった。
ガラスが割れる音が店舗スペースから聞こえ、宿り精霊たちの悲鳴が響く。
暴動の情報を聞いていたチトセたちの動きは早かった。
裏町育ちのチトセとエティは特に早い。ティ・キーたちが音に反応して店舗の方へ顔を向けた時にはすでに店舗に駆け込んでいた。
「みんな壁際へ!」
宿り精霊たちに呼びかけながら、チトセは店内をざっと見まわす。
通りに面したショーウインドウが割られている。いつも宿り精霊たちが通行人を眺めたり遊んだりする窓辺のスペースにガラスの破片が散らばっていた。宿り精霊たちが遊んで窓を割ったのならガラス片は外側に散るはずなので、間違いなく侵入者がいる。
外を大門へ向かう人々の群れが掲げるランタンの光のおかげで店内が見える。逆光の中でチトセを見て硬直する人影があった。
カウンターの金を狙っていたのか、店の半ばまで入ってきている。魔法一つで吹き飛ばして外に叩き出そうとすれば商品を巻き込みかねない。
「エティ!」
声を掛けながら天井を指さし、チトセ自身は姿勢を低くして人影に接近する。
こんなに早く店の人間が駆けつけると思わなかったのか硬直していた人影が慌てたように動き出す。右手を振り上げるその動作は何らかの武器を持っている者の動きだ。
「棒切れ持ってるよ」
エティが報告しながら人影の上を取り、魔法を撃ち下ろす。不可視の斬撃が人影の持つ棒切れを刻み、木片に変えた。
手元にあった重量が一気に消えたことに狼狽した人影が自らの右手を見上げるのと、店舗にティ・キーたちが入ってきたのは同時だった。
人影とチトセの位置、チトセの姿勢を見たティ・キーが即座に理解し、チトセの目の前に魔法陣を展開する。
チトセは腕の間合いのギリギリ外側まで接近した人影の顔に向けて、魔法陣を発動した。
「本日は休業です」
樹木の腕が魔法陣から飛び出し、人影の顔面を鷲掴みにした。店内に甘いケーキの香りが漂い始めるのとほぼ同時に、樹木の腕はのびのびとした自然を表すように店内の商品を避けて曲がりながら、人影をショーウインドウから外に放り出す。
外の道を歩いていた人々が突然伸びてきた樹木の腕とそれに拘束された人影を見て悲鳴を上げて距離を取る。
チトセは魔法を解除せずに店の外に出た。
樹木の腕から逃れようともがく人影を見下ろし、目を細めて観察する。
予想よりも身なりがいい男だ。髭も整えてあり、下町によくいる無精ひげの男とは違って表で仕事をしているように見える。
この生活レベルの人間が暴動に加わっているとなると、想像以上に規模が大きくなっている。
「ロープで縛って店先に転がしておこう。抑止力になるだろうし」
割られたショーウインドウを振り返ったチトセは鋭い目つきで男を睨む。
「弁償してもらうから」




