第八話 ティナトレクト調
高級宿トラレスホテルの支配人のキンゲルが宿り木の庭を訪ねてきたのは、盗品と思しきカトラリーセットの買取を拒否した二日後のことだった。
ティ・キー監修のオリジナルブレンドの紅茶を飲んで驚きに目を見張ったキンゲルは興味深そうにティーカップの液面を眺め、我に返ったようにチトセを見た。
「とある貴族家に貸し出していたカトラリーセットの一部が盗まれてしまいました」
盗み出されたのはマタン・ジュ工房のカトラリーセット『聖餐』で、宿り木の庭に持ち込まれたものと同じだった。
「衛兵隊長のフロークン氏から情報提供を受けまして、少々お話を聞きにまいりました」
「買い取っていないので本当に盗品かどうかは分かりませんよ?」
怪しすぎて買い取るわけにはいかないチトセの事情も分かっているようで、キンゲルは文句を言うわけでもなく淡々と続ける。
「売りに来た客について話を聞きたいんです。フロークン氏からも聞いてはいますが、直に見たチトセさんから直接」
「いいですよ」
客の中年女性の体格やおおよその年齢、髪や目の色、服装、さらには尾行したシャンジからの情報でどこから辻馬車に乗って行ったのかまで全て教える。
衛兵隊長のフロークンに語った内容とほとんど同じだが、キンゲルは全て聞いたうえでいくつかの突っ込んだ質問をしてきた。
「訛りはありませんでしたか?」
「訛りですか? なかったと思います」
チトセは店の精霊たちを見回して確認を取る。誰も訛りには気付かなかったらしい。
「左手の甲は見ましたか?」
「左手の甲ですか? 私は見てないです」
いま思い返せば、中年女性は手を隠していたような気がする。ただの印象でしかないが、この店にはチトセ以外の目がある。
「キリキズ! フルイノ!」
案の定、宿り精霊の一体が両手を上げて見たことをアピールする。
精霊が視えないキンゲルに通訳すると、真剣な顔でため息をついた。
「貴族の屋敷から失踪したメイドと特徴が一致しています」
「フロークンさんに伝えておきます。精霊の証言なので証拠としては扱えないでしょうけど」
「お願いします。とはいえ、これは見つからないでしょうね」
すでに諦めてはいたらしく、ため息をつきながらもすぐに追いかけようとする様子はない。
「チトセさんはまだまだ若いですから、侮って盗品を持ち込んだのでしょう」
「治安も悪くなっているので警戒していましたけど、ついに持ち込まれたか、と残念な気持ちになりますね」
こんな日が来るとは覚悟していても、実際に犯罪に巻き込まれると嫌な気持ちになる。
とはいえ、チトセはまだマシな方だ。買い取らなかったので実際の損害はでていない。
対して、キンゲルの方はマタン・ジュ工房のカトラリーセット『聖餐』を丸々損している。貴族向けの高級商品なので少し痛い。
「盗まれた時点で曰く付きですから、客用には使えないですけどね」
損失をくよくよしても仕方がないと切り替えたキンゲルが話を変えた。
「チトセさんに相談がありまして」
「相談ですか?」
結婚式では緊急事態だったためチトセが協力することもできたが、高級宿トラレスホテルともなれば小さな個人経営のアンティークショップを頼る必要がない。その上で相談となると興味を引かれる。
茶菓子に出したスコーンにマーマレードジャムを塗りつつ、チトセは話を聞く。
キンゲルはいまだに雪がちらつく窓の外を見て、口を開いた。
「春頃、旧サウベリア王国領からの団体客が参ります」
独立の機運がいまだに高い旧サウベリア王国領からの団体客。
身構えたチトセに、キンゲルは安心させるように笑いかける。
「政治的な話ではありません。商売人の方々ですが、できる限りのおもてなしをしたいのです。そこで、各客室に数点でいいのでサウベリア王国の文化を汲んだアンティークを置きたい。ご紹介いただけませんか?」
現在の情勢では帝国文化で固めた客室は支配地域からの客に受けが悪い。帝都の高級宿とて例外ではないらしい。
貴族の屋敷から盗人が出るご時世だ。帝国民だけを客として高級宿を運営するのは難しく、事実としてここ数年は部屋が埋まらないことも珍しくないという。
支配地域からの客を掴みたいというキンゲルの考えはよくわかる。
チトセはシャンジを呼んだ。
「ちょっと相談に乗って」
「流香家具についてたからってそこまで詳しいわけでもないぜ?」
「王家の邸宅の調度品だったんでしょ? 感想だけでいいから聞かせて」
サウベリア王家所縁の品の孵化精霊と聞いてキンゲルがわずかに緊張した。チトセがレガリアを持っていると知ったらどんな反応をするのだろうか。
しかし、そこは高級宿の支配人を務めるキンゲル。すぐに思考を切り替えて注文する。
「サウベリア王国から帝国へ輸出したような品ではなく、実際にサウベリア王国内で使われていたものが良いのですが」
「安易に波紋の彫刻がなされている輸出用の椅子とかではなく、サウベリア王国の生活感がある物ですね」
シャンジが宿っていた流香家具の揺り椅子などが該当するが、流香家具はまとまった数が揃えられる品ではない。
チトセは立ち上がり、居住スペースから店舗スペースへキンゲルを案内した。
「椅子と机、鏡台あたりが数も揃っています」
おおよそ二百年ほど昔のサウベリア王国貴族が使っていたティナトレクト調の家具を紹介する。
復刻版なのでアンティークと呼ぶにはまだ新しく、七十年ほど前の品だ。サウベリア王国が帝国に侵略される少し前に製作された家具である。
船乗りの国、サウベリア王国製だけあって船大工が小遣い稼ぎに作った家具は多いが、ここにあるのは家具の工房が力を入れて復刻に取り組んだ商品である。
上品な曲線を描く猫脚、側面に象嵌された銀が特徴的なティナトレクト調。
サウベリア王国の伝説的な船乗り猫ティナトレクトに由来するもので、彼の猫が好んで休憩場所に選んだ六角形の机を共通項とし、机も椅子も鏡台も必ず六角形の何かがある。天板や座面など様々だが、実用性を加味されて引き出しの取っ手程度の大きさに落ち着いた後期の品がひそかに知られている。
正直なところ、もっとサウベリア王国らしい家具も用意できるのだが、あまり露骨すぎるのもよくないだろう。そのあたり、キンゲルはどう思っているのかとチトセは質問する。
キンゲルは机の大きさを感覚で大まかに測りながら答えた。
「気付かれるために整えるのは無粋というもの。おもてなしは自己満足でいいんです」
シャンジが口笛を吹いた。
「分かってるじゃん。流石は支配人」
感銘を受けたのはシャンジだけではないらしく、店の宿り精霊たちが拍手してキンゲルを讃えた。




