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物に宿る精霊が見えるのでアンティークショップで働きます  作者: 氷純
第三章 革命期編

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第七話  盗品

 くるぶしまで埋まる雪を見て、チトセはそっと店の扉を閉めた。


「寒い!」

「サムイネ!」

「コゴエール」


 店の宿り精霊たちが次々に同調した。

 開店時間の三十分前。昨夜からちらついていた雪を店の軒先から片付けようとしたらこの状況である。

 寝る前に少し嫌な予感はしていた。もう春だというのに一気に冷え込んだな、と。

 一夜明けたらこの積雪である。除雪しなければ近隣の迷惑にもなり、選択肢はない。


「折角しまったのに……」


 春だからと衣替えをした矢先にこの冷え込みだ。仕方なく、チトセは居住スペースに戻って厚手の服を引っ張り出す。

 リビングでティ・キーが声をかけてきた。


「この寒空にわざわざ店にやってくるだろう客人へ紅茶を振舞おう。名案だろう?」

「自画自賛」

「むぅ……」


 一言で切って捨て、チトセは雪かきをしようと覚悟を決めて肩を回す。

 店先に出ると、先ほどのチトセと同じように寒さを舐めていた服装の近隣住民が肩を抱えている。中には体が冷える前に終わらせてやろうと渾身の力を込めて雪かきをする人もいた。

 シャンジがチトセの頭上に飛んでくる。


「手伝うか?」

「こんなことに魔力を使えないでしょ」


 空間に魔力が満ちていなければシャンジのような孵化精霊は魔力吸収ができずに消滅してしまう。帝都広場や高級宿トラレスホテルのように利用者が多いのならばいざ知らず、個人商店の域を出ない宿り木の庭にいるシャンジの魔力をこんな雑務で使わせるわけにはいかない。

 店の宿り精霊がチトセの雪かきを見物して手拍子し、歌詞を加える。


「ガット、シテ、ザッ!」

「ガッ、ポイッ!」

「モウ、イッカイ」


 ぺちぺちと鳴らす手拍子に合わせて即興で歌詞を合わせる宿り精霊たちに、チトセの肩から飛び立ったエティが叫ぶ。


「――うるさーい!」

「オコッタ!」

「オコリンボ!」

「エティ、クルゾー」

「ツカマッタラ、ダメ!」

「ニゲルー!」


 わーっと逃げ出す宿り精霊たちをエティがすかさず追いかけていく。追いかけっこに熱中している限り、宿り精霊たちはチトセに構ってもらおうとはしないからだ。

 シャンジが店の入り口付近に浮遊し、審判役を務めてくれる。


「今のは指先がかすっただけで捕まえてはいないぜ、エティ」


 できるだけ公平に見えるように遊びの時間を長引かせようとシャンジが宿り精霊たちに有利な審判をする。


「おい、いま逃げたヤツ、勝負しろ!」


 エティは時間稼ぎに一対一の勝負とその一時的な観客に宿り精霊を割り振る流れを作る。

 チトセは雪を道の端に積みながら、ちょっとした感慨を覚えていた。


「エティも大きくなったなぁ」


 エティはちゃんと宿り精霊たちの面倒を見られるようになった。精神的にきちんと成長している実感が湧いて、チトセは雪を掬う。

 その時、ざくざくと雪を踏む音が近付いてきた。

 振り返ると厚手の服を着た中年の女が歩いてくるのが見える。

 厚手ではあるものの、その服は旅装に見えた。疎開が一時的に落ち着いたとはいえ、旅装そのものはさほど珍しくはない。


 だが、今日旅に出ようという人間がアンティークショップにやってくるかというと、かなり珍しい。


「――宿り木の庭であっているかしら?」


 中年女性が尋ねてくる。

 チトセは違和感を覚えながらも店の扉を手で示した。


「はい。アンティークショップ宿り木の庭です。どうぞ、中へ」


 とん、と店先のショーウインドウを指先で叩く。内側で遊んでいた宿り精霊たちが合図に気付いて中に声をかけた。


「ヘンナ、ヒト」

「ソンナ、ヒト、カモ?」

「ドンナ、ヒト?」

「遊びは終わり。お客さんだからみんな大人しくしてろ」


 エティが宿り精霊たちを落ち着かせ、客に目を光らせる。客の目の前を飛んだシャンジがチトセに目配せした。

 精霊が視えていない、と。

 カウンター裏に入ったチトセは客に向き合う。


「本日はどのような――」

「これを買い取って」


 チトセの言葉を最後まで聞かず、客は小さなケースをカウンターに置いて開いた。

 ケースの中に収められていたのはフォークやナイフ。いわゆるカトラリーのセットだ。


「マタン・ジャ工房の聖餐よ。いくら?」


 小柄なチトセを威圧するように、中年女性が身を乗り出してくる。

 対するチトセは平然と中年女性の目線、肩から手首を視界内に収めていた。カウンターという防壁がある以上、間合いは限定される。肩から手首までを見ておけば暴力沙汰にも対応できる。


 チトセは視界の端でケースの中を見る。

 マタン・()()工房、中年女性はそう言ったが、実際はマタン・()()工房だ。


 銀食器などを主に製造していたマタン・ジュ工房だが、ケースの中身は帝国建国神話の一場面をモチーフにしたシリーズものの一つ、『聖餐』である。

 ディッセラ帝国建国神話の中で、天から皇帝家へ与えられた食料を飢える民へと分け与えるという一場面を描いている。

 マタン・ジュ工房のカトラリーセットは持ち手にそれぞれ蒔絵が施されており完全なセットでなければ価値を持たない。

 ケースの中身を見たエティが不審そうに呟いた。


「蒔絵が繋がってない」


 エティが指摘する通り、ケースの中のカトラリーセットはナイフとフォークが一組無くなっている。代わりにナイフが二本入っている。抜けを誤魔化すためか順番もめちゃくちゃでせっかくの蒔絵が繋がっていなかった。

 マタン・ジュ工房のカトラリーセットは主に帝国貴族が客をもてなすのに使用するものだ。こんなずさんな管理をするはずがないし、売りに出すなら相応に体裁を整えようとする。


 チトセは客の中年女性を見る。

 縫製がしっかりした旅装だが旅行鞄などは持っていない。髪は最低限整えているがあまり時間をかけた様子もない。貴族の屋敷に仕えるメイドだろうか。

 チトセはケースを閉じて中年女性の方へ押し出した。


「これは買い取れませんね」

「なんでよ!?」

「単純に価値がないからです。貴族のお屋敷勤めならご存じでは?」


 鎌をかけると、中年女性はあからさまに目を泳がせ、警戒するように一歩引いた。


「時間を無駄にしたわ!」


 乱暴にケースを掴んで、中年女性は店を出ていく。積もった雪を蹴り上げるように大股で走り去る中年女性を見送って、チトセはシャンジに声をかけた。


「あの人を追いかけてくれる?」

「やっぱ盗品だよな、あれ」


 シャンジが中年女性を追って飛んでいく。

 チトセは店を振り返り、ティ・キーに留守番を頼んでから衛兵の詰め所に報告に向かった。


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