第六話 生き字引のヴィックス
タンドモの喫茶店を出たチトセはちらつく雪の中、これからの行動予定を組み立てる。
時間はあまりない。
結婚式の日取りをずらして、貴族から食器が返却されるのを待てたならよかったが、昨今の治安悪化を考えると遠方からやってきた親族などへの負担が大きくなる。すでに出発している可能性が高いそうだ。
猶予期間は一週間。伝手を使ってかき集めるとしてもかなり厳しい。
エティがチトセの頭上を飛びながら聞く。
「店に戻る? それとも、キンゲルのところに行く?」
「まずはキンゲルさんだね。連携を取らないと無駄な動きをしちゃうから」
おそらく、結婚式場となる高級宿の支配人キンゲルも高級食器を確保しようと躍起になっている。
帝都でも有名な高級宿トラレスホテルは表町の端、大河沿いにある。
部屋からは帝都を流れる大河を望むことができ、楽団を招いた食事会などを開くこともできる式場や帝国式の庭園を備えた立派な宿だ。
チトセからすれば縁遠い高級宿だが、その設立にはアシエラが関わっているらしくキンゲルとは顔見知りでもある。
事前に面会予約もないというのに、チトセが従業員用の出入り口の前を固める警備員に声をかけるとすぐに中に通された。
「アシエラさんの威を借りているようで気が引ける」
「キンゲルにとってもいい話をするんだから、堂々としてりゃあいい」
視えないことを良いことにシャンジは寝そべったような姿勢で器用にチトセの横を飛ぶ。
応接室は空いていないとのことで従業員用の休憩室に通された。チトセを知る従業員が怒られないかとそわそわしているのを見て、チトセは愛想笑いを浮かべる。
「気にしないでください。いきなり訪問した私が悪いんですから」
「支配人はまもなく参ります」
そわそわしながら言う従業員の後ろに眼鏡の紳士が立った。
「チトセさん、こんな場所ですみません」
開口一番に謝罪しながら入ってきた眼鏡の紳士がキンゲルだ。
輝くような金髪なのに、本人が落ち着いているからか派手さを感じない。トラレスホテルの紋章が入った黒い制服には皺ひとつなく、白い手袋をはめた手は指がすらりと長い。
チトセはキンゲルに急な訪問を詫びた後、時間が惜しいと話を切り出した。
「偶然、こちらで結婚式を挙げようとしているご夫婦と知り合いまして、食器類に関しての相談を受けました」
「そうでしたか。宿り木の庭がご協力いただけるのでしたら心強い」
「つきましては、詳しい状況をお聞かせください」
急を要する事態のため、必要な情報を的確に伝達することに重きを置いた会話が繰り広げられる。それをしているのがまだ十代半ばのチトセである事実に、ここまで案内してくれた従業員が呆気に取られていた。
話を聞く限り、キンゲルも手を尽くしたが数が揃わないらしい。帝国製で揃える必要がある時世の影響が大きく、伝手がほぼ全滅したとのことだった。
「帝都中の宿に声をかけて集める手はあるものの、統一感の問題がどうしても出てしまう」
「無地の皿であればごまかしが利くと思います。質はともかく、アンティークでなくてもいいわけですから」
祝いの場にふさわしい高級品であればよい。多少、視覚的な寂しさはあるものの白い無地の食器類であれば揃えやすい。
同じことを考えていたらしく、キンゲルは静かに頷いた。
「そのつもりで動いてはいるものの、どうしてもテーブルの上が寂しくなります。この季節ですから花も手に入りにくい」
初雪がちらついているほどだ。咲いている花の種類がそもそも少ない上に、帝都は各地の独立軍の影響で物流も滞ってしまって花が手に入りにくい。
会場の入り口に飾ればそれで品切れだ。無地の皿が並ぶテーブルに入り口で見たのと同じ種類の花が飾られていれば手を抜いたようにしか見えないだろう。
だが、ここまでは道中で予想していた範囲だ。チトセにも案がある。
「アンティークの飾り皿を貸し出します。それを入り口に飾りましょう。ハルファー叙事詩を題材した五枚セットのものです」
愛する女性を守るために数々の苦難に立ち向かうハルファーを描く叙事詩、ハルファー叙事詩が題材ならば結婚式の会場にあっても馴染むだろう。いまだに帝国の舞台演劇で人気の演目でもあり、招待客も知っている者が多いはずだ。
「入り口に飾る予定だった花は各テーブルへ。これでテーブルの上も華やかになるかと」
「各テーブルに回すのは難しい。花の数がそもそも足りていませんから」
入り口に飾るだけの予定だったので招待客のテーブル全てに配置するほど発注していないらしい。
まだ一週間あるので無理を言えば用意できると思うが、別の懸念もあるようだ。
「それに、入り口に配置する予定だったので香りの強い花が混ざっています。料理に影響が出かねない。何らかの置物を十から二十個、用意できませんか?」
アンティークやヴィンテージの置物は宿り木の庭にも在庫があるが、統一感を出すためにも何らかのシリーズものの方がいい。
「後、カトラリー類も貴族の方に貸し出してありまして、代替品が欲しい」
「カトラリーは当てがあります」
互いの伝手を総動員して方針をまとめ、チトセはキンゲルと頷き合う。
「では、明日の夕方に進捗を報告しましょう」
キンゲルに感謝されながら、チトセは高級宿トラレスホテルを出発し、港の倉庫に急いだ。
倉庫は相変わらず帝国軍人が一般人に紛れて監視の目を光らせているが、チトセにとっては関係のない話。宿り木の庭の倉庫に入り、チトセは呼びかける。
「ヴィックス、ちょっと相談があるから出てきて」
倉庫の奥からのろのろと孵化精霊ヴィックスが飛んできた。
アシエラが里帰りの前にチトセの補助相談役を頼んだ孵化精霊の一体だ。アンティークのフロア照明についていた精霊で帝国の様々なしきたり、歴史に詳しい。
「ふぁ……、どしたん?」
欠伸しながらチトセの前に飛んでくるヴィックスは真鍮と銀で縁取られた透明ガラスのマントを羽織っている。だらりと両腕を前に垂らして前かがみになりながら飛んでくるその姿は余りにも不真面目でやる気がない。
ヴィックスは基本的に倉庫番としてこの港の倉庫に常駐し、日がな一日だらだらと寝過ごしている。怠惰な孵化精霊ではあるが、アシエラが留守を任せるだけあってかなり有能でもある。
「過去の販売履歴で特定のカトラリーと置物の売り先を知りたいの。帝都内限定で。それから、条件に合う工房と同業者の情報も照会したい」
ヴィックスはこの倉庫にあった全てのアンティークの販売先を記憶している。まだチトセが居なかった頃の記憶まであるため、チトセにとって非常に頼りになる存在だった。
倉庫から動こうとしないのが玉に瑕だが。
「五十年以内でいいかぁ?」
「うん。知りたいのは――」




