第五話 結婚式トラブル
タンドモの話によれば、この喫茶店で知り合って五年ほど付き合った常連客がこの度、結婚することになったらしい。
「出会いも付き合うことになったきっかけもこの店だからってことで、仲人まで頼まれちゃってね」
まんざらでもなさそうに笑って、タンドモは壁の食器棚に目を向ける。そこにはティーカップがいくつも並んでいた。
「ここ最近、良い報せもなかったから嬉しくてね。半端な祝いの品を贈るわけにもいかないと色々と考えてみたんだが……」
「思いつかない?」
「そういうこと。ティーセットにしようと思っているから、なおさらねぇ……」
ティーセットなら確かに悩むだろうな、とチトセはタンドモがいい澱んだ理由を察する。
焼き物が有名なのはミナッツォ王国、舶来品ならディグジニア協商連合から取り寄せることになる。だが、どちらも今の帝国では角が立ってしまう。
ミナッツォ王国もディグジニア協商連合も絶賛独立戦争の真っ最中だ。帝国と離縁しようと大モメしている地域の品を結婚祝いに贈るのは空気が読めていない。
帝国にもティーカップ等の焼き物で有名な地域はあるが、世間的には評価がやや低い。帝国民からしても「別に悪くはないけれど、地味だよね」という評価だ。
とはいえ、貴族向けの一部商品であれば見劣りしないレベルのモノがある。当然、値段はそれなりにしてしまうが。
「ペルシュタ工房のティーセットとかはどうです?」
「ペルシュタ工房さんか。耐久性もあるから長く使ってもらえそうだし、いいかもしれないね」
帝国貴族向けに焼き物を製作販売しているペルシュタ工房は歴史が古く、ヴィンテージもののティーセットが何セットか宿り木の庭にもある。
動植物などをデフォルメした可愛らしい絵が描かれているものが多く、耐久性の高さで有名な工房でもある。
タンドモがチトセの顔色を窺うように条件を出す。
「できれば、宿り精霊がついていると喜ばれると思うんだけど……」
「精霊との相性の問題もあるので、ご両人に店へ来ていただかないことには紹介できないですね」
こればかりは宿り木の庭の方針で譲ることができない一線だ。アシエラとも付き合いがあるタンドモも駄目元で出した条件だったらしく、やっぱりか、と曖昧に笑う。
チトセは在庫を思い浮かべながら続ける。
「精霊がついていないものであればすぐにでも紹介できますけど」
結婚するという夫婦の好みでも聞ければもっと具体的な提案もできる。絵柄くらいは押さえておきたい。
もっと詳しく聞こうとした時、店の扉がいきなり開いた。
アンティーク机の修理もあって休業の札が掛けられていたはずなのに、誰が入ってきたのかとチトセは反射的に振り返る。
護衛の役目を果たすため、シャンジがチトセの頭上に飛びあがった。
しかし、シャンジの心配を他所にタンドモが飛び入り客へ明るく声をかける。
「やぁ、二人とも。ちょうど君たちの結婚の話をしていたところだよ」
店に入ってきたのは二十代半ばの男女だった。揃って明るい茶髪で小柄な体型。人のよさそうな垂れ目で、二人並んでいるだけで周囲の人間の気持ちをほぐしていきそうな無害な雰囲気を纏っている。
だが、そんな夫婦は困ったような顔をして、店に飛び込んできたことを謝って頭を下げた。
「ごめんなさい、マスター。ちょっと緊急でご相談がありまして」
「相談?」
タンドモは怪訝な顔をして、ちらりとチトセに視線を向ける。同席してもらっていいかと尋ねるその視線に、別の来訪者を見つけて気付くのが遅れたチトセは小さく頷きを返した。
チトセの隣の席に座った男女と軽く自己紹介を交わす。チトセが宿り木の庭の従業員と知って、男女は救いの光を見たように目を輝かせた。
「ぜ、ぜひ、チトセさんにもご相談させてください!」
「聞きますから、落ち着いてください」
よほど切羽詰まっているのか、男女ともに拝むようにチトセに手を合わせてくる。
タンドモが巻き込んだことを謝るように小さく頭を下げ、事情を聞きだすべく男女に声をかけた。
「それで、一体どうしたんだい? 今日は式の打ち合わせだと言っていただろう?」
「その打ち合わせに行ったところ、高級食器類が貴族に貸し出されていたことが判明しまして」
「……式で料理が出せないってことか」
足を運んでもらった客へ豪華な料理を出すのが帝国での結婚式の習わしだ。料理についてもいくつかの定番化したものがあり、それぞれの料理に夫婦円満などの意味がある。
料理を出せないと結婚式としては片手落ち。場合によっては夫婦のこれからが大丈夫なのかと招待客が不安になる。
タンドモが眉をひそめる。
「どうしてそんなことに……。キンゲルさんのところだろう?」
巻貝の化石を紋章にした高級宿トラレスホテルを営むキンゲルは壮年の男性だ。帝都の宿のオーナーたちに顔が利き、帝都の商売人の中では名の知れた人物でもある。
結婚式となれば食器を使うのは間違いないため、貸し出すなんて初歩的なミスをするとも思えない。
「それが、貴族の方が半ば強引に借り受けていったらしくて」
「キンゲルさん直々に頭を下げられては、こちらも納得するほかなく……」
文句を言っても解決しないので、伝手を探してこの喫茶店に相談に来たらしい。
飲食店とはいえ一般客向けの喫茶店なので、タンドモは困り顔でチトセを見た。
いくら宿り木の庭でも高級食器をまとまった数、在庫として抱えているわけもない。
チトセは少し考えた後、質問した。
「招待客の人数、必要な食器の数を教えてください。伝手を当たってみます」




