第三話 休業日
今日は宿り木の庭にしては珍しく休業日だ。
お客が入らないのを良いことに店中を飛び回って運動会を繰り広げる宿り精霊を見守りつつ、チトセは店中のアンティークを点検して掃除を始める。
とにかく数が多い上に形状が複雑な家具も多く、隙間に埃が溜まりやすいのでこうして休業日を設けないと掃除が行き届かないのだ。
「ココニ、アツメナイデ!」
「ごめん、ごめん」
アンティークの置時計についている宿り精霊の苦情を受けて、チトセは箒で集めた埃を塵取りで回収する。
頭上を勢いよく飛んで行った宿り精霊が急旋回して自分がついているテーブルに着地し、ポーズを決める。テーブル上で待っていた他の宿り精霊たちが拍手した。
「ミゴト!」
「ハチジュウ、テン!」
「ヒネリチャクチ、キレイ!」
「何してるの?」
どうやら店内を一周して飛び方と着地をする時の華麗さを競い、点数をつけ合っているらしい。
「商品にぶつからないようにね」
心配になって注意すると、宿り精霊たちを見守っていたシャンジが軽く手を上げて応じた。
「俺が監督してるから、大丈夫」
「お願いね」
店内の掃き掃除を終えて乾いた布で家具の表面を磨いていく。
ほとんどの家具はこれで済む。
「チトセー、モッテキター」
気を利かせた宿り精霊の一体が蜜蝋の入った壺を持って飛んでくる。
礼を言って蜜蝋を受け取ったチトセは別の布を用意して家具の表面に塗っていく。
木目に沿って伸ばすように拭いていけば上品な光沢で覆われた。
拭き掃除の間に手入れが必要な商品には目を付けていたため、他の商品にも次々と取りかかっていく。何年も宿り木の庭で働いているため、掃除や手入れも慣れたものだ。
革張りの椅子に革細工の手入れ用のオイルを塗っていると、居住スペースからティ・キーがやってきた。
昼休憩がてら紅茶を淹れろとせがまれるかと思いきや、ティ・キーは意外な来客を告げた。
「ルマンが裏手に来ておる」
「ルマンが?」
帝都裏町に根を張るバジガンファミリ―のボスになったルマンが直接この店に訪ねてくるのは珍しい。用があれば幹部の誰かを寄こす。
そもそも、ルマン自身が表で暮らし始めたチトセに迷惑をかけないように距離を置きがちだ。ここ一年は情報交換くらいでしかやり取りがなかった。
何の用だろうと警戒しながら、チトセは居住スペースの方へ向かう。肩に座るエティがすでに臨戦態勢を取っていた。
「ルマンは視えてたよね? 何の用事か聞いてる?」
「客としてきたと言っていた。営業日に来ると迷惑がかかるから今日を選んだそうだ」
「客ねぇ……」
ルマンとアンティークはイメージがあまり結びつかない。バジガンの遺品の修理でも頼みに来たのかと予想しつつ、裏口の扉を開けた。
三十代になってもあまり印象が変わらない鋭い顔付きの男、ルマンが立っていた。警戒させないようにという配慮か、ポケットを極力廃した服装で上着すら身に着けていない。
ボスが丸腰で出歩くのは流石にファミリーが許さなかったのか、通りには武闘派らしき幹部が数名、分かれ道を塞ぐように立っている。
「ここまでして足を運ぶほどの用事?」
チトセが疑念と警戒がないまぜになった視線で問うと、ルマンは黒髪を掻く。
「まぁな。軒先でいいから相談に乗ってくれ」
「私も忙しいから、手短にね」
オイルが沁みた布を軽く持ち上げて示すと、ルマンは顔をしかめた。オイルの臭いがお気に召さなかったらしい。
「辺境キャビネットが欲しいんだ」
「あぁ、裏町の方は治安の悪化が著しいって話だったもんね」
辺境キャビネット、辺境棚は貴重品を隠すことができる。学がない裏町の住人ならまず気付かれることはないだろうし、古びた重いだけのキャビネットに注意を払うこともないだろう。
だが、現在の裏町での抗争は、元々裏町に根を張っている組織と支配地域からやってきた組織との間で起きている。辺境棚の本場は支配地域やその周辺の辺境領なので、襲撃者が気付く可能性は否定できない。
「宿り木の庭なら一目で気付かれないようなオーダーメイド品も扱っているかと思ってな」
「ないわけじゃないけど、抗争なんて起きている裏町に売りたくないよ。壊されるのが目に見えてる」
宿り木の庭では大事にしてくれる客に売るのが大原則だ。
チトセはルマンの右腕をちらりと見る。安物の時計が巻かれていた。チトセが初めて対価をもらって修理した品だ。
ルマン自身は物持ちがかなり良い。だが、周辺環境が悪すぎた。
そこまで考えて、チトセは気付く。
「あれ? ルマンが出歩いてるってことはもしかして、抗争が終わってる?」
「気付いたか。警戒はしているが、こうして出歩ける程度には潰して回った」
対抗組織が集団で襲い掛かれないほど、バジガンファミリーの力が強くなった、とチトセは単純に考えない。
「どうせ、帝国軍がこっそり規制を強めて追加の人員を送れなくなった対抗組織が撤退したんでしょ?」
「ちっ、メンツがあるんだ。言いふらすなよ?」
ルマンが苦々しい顔で釘をさす。マフィアの抗争が帝国の権力で終結したというのは外聞が悪いらしい。
「連中は撤退したが、ちんけなコソ泥がまだ居やがる。そいつらの眼を誤魔化せる辺境キャビネットが欲しい。大きなものでなくていいが、それなりに格式のある奴だ」
「……港の倉庫に行こう。いくつか在庫がある。言っておくけど、高いよ?」
「やっぱ、需要が高まってるか?」
ルマンの質問に頷く。
護衛にティ・キーとエティを連れて行くことに決め、チトセはエプロンを外した。
「一番需要があるのは辺境キャビネットだね。後は小物系」
「……あぁ、物に変えて関を通り抜けようってわけか」
ルマンの推察通り、辺境と支配地域を行き来する行商人や隊商がナイフ&フォークセットなどを購入していくケースが増えていた。
金銀宝石ではなく実用品として持ち歩くことで関税を逃れるためだ。
帝都に根を張るマフィアには関係のない話なので、ルマンは感心しながらもそれ以上の話は続けなかった。




