第二話 独立軍
タテランから買い取ったアンティーク家具を倉庫に入れるため、チトセは港にやってきていた。
河で冷やされた風がやや強く吹いている。秋口にしては冬を思わせる寒さだった。
マフラーを巻きなおしたチトセは集まっている人足たちに指示を出していく。数年来の付き合いだけあってチトセの指示出しに素直に従ってくれる上に、倉庫内の配置についてもおおよその見当を付けてくれるので作業はスムーズに進んだ。
他の現場の倍近い早さで荷物が片付いていく光景に貨物を運んでくる船主たちが唖然としている。
チトセは港を見回した。
「いつもと違う」
何度も訪れているからこそわかる違和感がある。人足の動き、河船の動き、港全体を支配するわずかな緊張感――いや、緊迫感。
シャンジが飛んできてチトセの前で浮遊する。
「チトセ、大通りで号外が出てるぜ」
「号外?」
この港の緊迫感と無縁とは思えず、チトセは不安を飲み込みながら残りの荷物を振り返る。
このペースなら昼前には終わるだろうが、号外が売り切れる可能性は十分にある。
買うのは難しそうだと判断して、チトセはシャンジに質問した。
「売り子が号外の見出しくらいは叫んでいたでしょ? なんて言ってたの?」
「旧ディグジニア協商連合復活を目指す独立軍、結成だとさ」
チトセは表情に出ないように再び港を見回す。
わずかな緊迫感の発生源がなにか、なんとなく分かった気がしたのだ。
案の定、何人かこの港には不釣り合いな雰囲気の人間がいる。貨物船や旅客船の関係者ではなく、倉庫関係者でもない。しかし港全体をさりげなく観察している男たち。
探せば気付く程度の偽装で民間人に成りすましているのは帝国軍の兵士だろう。それも、階級がそれなりに上の人物だ。
おおかた、独立軍の関係者がスパイとして帝都に紛れ込まないかの監視と、帝国軍が物資を輸送するにあたって重要になるこの港の守備が任務だろうか。
「いつかはこうなると思っていたけどね」
長年にわたって繰り返した侵略により帝国は相当な恨みを買っている。
いくら支配国の住人を帝国人と同等に扱ったところで、彼らには彼らの誇りがある。その誇りは帝国とは相容れないものであり、帝国への反発として様々な形で噴出していた。
方法はともかくとしてもその反発を和らげようとしていた皇太子が急死した時点で、この状況は十分にあり得る未来だった。
今後、他の支配地域でも独立軍が興るだろう。チトセが持つレガリアの短剣を狙ってきた旧サウベリア王国領はなおさらだ。
だが、それらの独立を阻止する征伐派の辺境貴族は帝都で政治闘争の真っただ中。独立軍と戦っている間に国内政治で後れを取るわけにもいかず、確実に動きが遅れる。
対立している内政派がこれを見逃すはずもない。政敵である征伐派の影響力を削ぐために独立軍鎮圧を妨害するのも予想できる。
チトセは人足たちの動きを目で追いながら小さく溜息をついた。
各地で独立軍が興れば、この港は軍の物資輸送に使われる。倉庫を徴発されることもありうる。
「どうしようかなぁ」
呟いても良案は浮かばない。話の規模が大きすぎてチトセには想像が追い付かなかった。
ひとまずはアシエラに相談するしかないだろう。
早めに店に帰るため、チトセは人足たちに発破をかけた。
※
店に帰り、チトセはアシエラへの手紙を準備する。
孵化精霊に伝言を頼む手もあるのだが、倉庫の中身についての相談を含むため情報量が多すぎる。倉庫の中にどんな品があるかを全て孵化精霊に覚えてもらうわけにもいかない。
こういった事態に備えて商業ギルド経由で手紙を送れるようにしてあるのだから。
「――こんなもんかな」
必要な情報は書ききれたと、チトセは手紙を読み返して抜けがないか確認する。
見守っていたティ・キーが声をかけてきた。
「近況報告もした方がよい」
「書いてあるよ?」
「店の話ではなく、チトセ自身の話だ」
「チトセは筆不精だからな」
シャンジがティ・キーに続いて言う。
確かに、チトセはあまり自分のことは語りたがらない性格だ。自覚しているが、元気にやっているならわざわざ書くことでもないと思ってしまう。
少し考えて、チトセは店の方へ呼びかけた。
「みんなー、アシエラさんに手紙を書いてるんだけど、みんなは何か伝えたいことあるー?」
「アルー!」
わっと宿り精霊たちが大挙して押し寄せる。
リビングテーブルの上の手紙を囲んでわちゃわちゃし始めた宿り精霊たちに、チトセはインク壺を差し出して手紙を裏返した。
「はい、みんな手形をどうぞ」
「ワーイ!」
べたべたと宿り精霊たちの手形が手紙の裏を埋め尽くす。
事務的な内容だらけの手紙だったが、裏面は賑やかになった。
手形のインクが乾くまでの間に宿り精霊たちからの伝言をまとめ、頭の中で文章を作る。
手紙を表にして、追伸として宿り精霊たちの伝言を書き綴った。
チトセが考え出した抜け道にティ・キーとシャンジだけでなくエティまで呆れた顔をしている。
「アシエラはチトセの言葉が読みたいと思うがな」
「はいはい。書きますよ」
宿り精霊たちの助力で紙面はかなり埋まった。残りの余白を少し埋めるくらい、チトセにもできる。
店の裏手のプランターの花を植え替えたことや度々行っていた喫茶店のメニューが変わったことなどを書いて、最後に一文書き記す。
『早く里の子供たちを一人前にして帰ってきて』
自分も十歳の頃から世話をしてもらった手前、すぐに帰ってこいとは言えない。
チトセは手紙を封筒に入れて、商業ギルドに配達を頼むべく立ち上がった。




