第一話 疎開
「最近、この手の依頼が多くないか?」
隣をふわふわと飛んでいるシャンジがチトセの持つ手紙を指さして言う。
手紙は先日、宿り木の庭に届いたもの。アンティーク家具を売りたいが数が多いため出張査定に来てほしいとのことだった。
アシエラと共にコーンルズ子爵夫人の依頼で邸に赴いたことを思い出す。
「商家からの依頼が多いよね」
チトセはシャンジに答えつつ、道の先に見えてきた古い建物に目を向けた。
帝都ではそれなりに知られた老舗の服飾店だ。格式が高いとは言えないがそれなりの富裕層を相手にしている。
チトセは店の裏手に回る。宿り木の庭同様、店と住居が一体になっていて工房まで併設されているので敷地が広い。裏手に回るのも塀を片手にぐるりと半周することになった。
裏手の住居の扉をノックする。事前に訪問時間を告げてあったこともあり、中からすぐに返事があった。
「すみませんね、ご足労頂いてしまって」
まだ十代半ばのチトセ相手にも低姿勢でぺこぺこと頭を下げて出てきたのはこの服飾店の店主タテラン。六十代も終わりに差し掛かった禿頭の男性で、人当たりの良さもあって帝都の服飾関係者のまとめ役をしている人物だ。
「どうぞ中へ。チトセちゃん、最近はどうかな? いろいろと物騒だけど、お店の方とか、大丈夫かな?」
老舗店の主同士アシエラとも交流があるタテランはチトセのことも小さなころから知っている。親戚の子供に接するような態度なのにどこか低姿勢なのがアンバランスで、チトセの肩に座るエティが小さく笑う。
「チトセちゃんが宿り木の庭に来てからもう五年だろう? 大きくなったよねぇ。今じゃお店を任されて、本当に立派だ」
「ただの留守番ですよ」
チトセは軽く答えつつ、タテランの孫娘が顔を覗かせているのに気付いて手を振る。
孫娘はパッと目を輝かせたものの、チトセが仕事中だと思い出したのか手を振り返してどこかへ走り去った。
足音に気付いたタテランが目尻を下げる。
「孫娘はチトセちゃんに憧れていて……構ってくれてありがとう」
「憧れ?」
「チトセちゃんに自分がデザインした服を着てもらうんだと意気込んでますよ。デザインはまだまだですが」
ニコニコと孫娘を可愛がっているようだが、仕事の出来に関しては妥協しないあたり老舗の店主だけはある。
タテランに案内されたのはもともと客間として使われていたらしい物置だった。丸められたカーペットやタペストリーの他、仕事で使っていたらしい古いデザインの服の型紙などもまとめられている。
そんな物置の一角をタテランが指さした。
「鑑定してもらいたいのはあの一角にある家具全てです」
アンティークやヴィンテージの家具がパズルのように隙間なく並べられている。精霊がついた家具はないようだが、丁寧に掃除が行き届いていた。あのように隙間なく並べられたのはここ最近のことなのだろう。
ほぼすべてがディッセラ帝国製の家具だが、一部支配地域の家具もある。
「マナカの花瓶台がありますね。本当に売るんですか?」
ディッセラ帝国の貴族、ツワール男爵家の令嬢マナカが監修した花瓶台を指さして確認する。
非常に人気の高い花瓶台で、マナカ花瓶台を持っているかどうかがお茶会の品格を決定するとまで言われる時代があったほど。
お茶会の要は季節の花とそれを支える花瓶台であるというマナカの偏った思想が凝縮されており、非常にバランスが良く、令嬢がよろめいて手をついてもびくともしない安定感を誇る。
当のマナカは季節の花を支える花瓶台が欲しかっただけで、花に見合う意匠やシルエットを求めて数十台を監修、製作して得られた多額の金銭を全額つぎ込んだ植物園を開園。生涯未婚のまま季節の花を愛で幸せな生活を送った。
老舗の服飾店であるこの店には貴族の令嬢こそこないものの裕福な商家の娘は訪れる。そういった客向けに客間を整えるのならマナカの花瓶台は必須アイテムだ。
チトセの質問に、タテランは小さく頷いた。
「売るから、チトセちゃんに来てもらったんだよ」
「……そうですか」
客間を整える必要がなくなったという意味だ。帝都を離れ、どこかに疎開するのだろう。
家具の隙間に入り込んで状態を見ていたシャンジが出てくる。
「隠れている場所にも傷はねぇから、やっぱ丁寧に扱ってるな」
家具の上どころか隙間にさえ埃がないくらいだから当然と言えば当然の結果だ。
チトセは自分の眼でもしっかりと確認していきながら査定額を紙に書いていく。適正価格ではあるが、説明も必要だろうとタテランを振り返った。
「正直なところ、ディッセラ帝国製のアンティーク家具は軒並み値下がりしています」
家具としての価値というよりも、商品価値が下がってしまっている。帝国への反発心が強い支配地域はもちろんのこと、隣接する辺境地域でも敬遠される傾向があり、買い手がつかないからだ。
しかも、疎開する帝都の人間もおおくなり、市場に多く放出されている。需要と供給のバランスが崩れてしまった。
状態のいいアンティーク家具だけに時期が違えばもっと高値が付けられる。それも踏まえて説明する。
「チトセちゃんを疑ったりはしないとも。この価格も予想はついていたからね」
帝都に老舗を構えるだけあり、タテランは市場の動向もある程度は把握していたらしい。値付けに文句はないようだ。
タテランは物置の隅にある棚に目を止めた。
「辺境家具の類はどうだろうか?」
「値付けが難しいですが、あちらの辺境棚は量産品なので、仕掛けは一目でわかります。三段目の横倒し式ですね」
タテランが見ていた辺境棚は背が高い五段の引き出しがついた木製のヴィンテージ家具だ。
辺境棚はディッセラ帝国からの侵略に伴う略奪を逃れるために、侵略される国の貴族や有力商人が財産を隠すために作らせた仕掛け棚の総称をいう。
治安が悪化している昨今、需要が徐々に高まっているものの量産品は仕掛けが単純なのでなかなか売れない。
辺境棚があるのなら財産を隠していると盗人に勘繰られる。だから、量産品のように辺境棚と一目でわかってしまうものはむしろ避けられる傾向にある。
タテランはチトセの説明に感心したように頷いた。
「やはり、別の業界のことはよくわからないもんだね」




