プロローグ
アシエラが里帰りして早二年。
アンティークショップ『宿り木の庭』はチトセの予想に反して繁盛していた。
エルフのアシエラがいることで高級感や精霊がついている説得力がある宿り木の庭だったが、アシエラが正式にチトセに店を任せたことが商業ギルド経由で周知され、客足は鈍るどころかむしろ増加した。
気後れするような高級店の雰囲気をだしていたアシエラが不在となり、冷やかしの客が増えたことで購入意欲のある客も入りやすくなったらしい。
「ちっとも休めない……」
夕暮れ時に店を閉めたチトセはため息をつきながら手紙の確認に移る。
チトセを子供とみて融資の依頼や相場より明らかに低い金額での取引を持ち掛ける悪質な話も増えていた。そんな邪魔な手紙を省いても、残った手紙は十通以上ある。
「チトセー帳簿持ってきたー」
エティがふわふわと飛びながら店の帳簿を持ってきてくれる。
手紙は客からの修理依頼を回した工房から紹介料がまとまった金額になったから受け取ってほしいという内容や同業からの問い合わせなどがある。
紹介料に関する手紙を帳簿に挟み込んで、チトセは同業からの問い合わせの手紙を読む。
「ビィーク産のアンティークランプシェード……」
石材や焼き物で有名な旧ミナッツォ王国のビィーク地方。鉱山を抱えるこの地方では温かみのあるランプシェードが多く輸出された。
チトセは記憶を当たり、港の倉庫にいくつかあったのを思い出す。在庫のリストを書棚から取り出して確認し、返信をしたためた。
場合によっては手紙の主へ送ることになるため、チトセは在庫リストにチェックを入れる。
手紙を次々と読んでは返信を書いていると店の宿り精霊が居住スペースをちらちらと覗き込んできた。
視線に気付いて、チトセは宿り精霊を見る。
「どうしたの?」
「イソガシイ?」
「いつも通りだね」
言葉を返しながら、チトセはリビングを見回す。ティ・キーの姿がない。店舗の方で宿り精霊たちの相手をしてくれていると思うが、そんなティ・キーが宿り精霊を止めなかったのなら何か用事があるのだろう。
「カンバン、オチタ」
「看板? あ、休業の札のこと?」
「ソレ!」
店の扉に掛けてある『本日休業』の札が落ちたらしい。
夕暮れ時に店を閉めたので外はもう暗いが、宿り精霊たちがまだ遊んでいるので店は消灯していない。勘違いした客が入ってしまうかもしれないので、チトセは手紙を置いて立ち上がった。
「鍵は閉めてたはずだけど」
店舗スペースに出ると、カウンターの上で宿り精霊たちに昔話を語っていたティ・キーが振り返った。
「お嬢よ、休業札は酔客が持ち去った」
「またやられた……」
肩を落として、チトセはカウンターの下から予備の休業札を取り出した。
「半年で三回目だよ。流石に多すぎない?」
アシエラがいた頃は休業札を持ち去る酔っ払いなどいなかった。
予備の休業札に組紐を通しながらチトセがぼやくと、ティ・キーが深刻そうな顔で外を見る。
「治安が悪くなっている故、仕方があるまい。酔客を魔法で転がすわけにもいかぬ」
「店先で頭を打って死なれたら困るからね」
やれやれだ、と呟いてチトセは店の扉を開けて外側のドアノブに休業札をかける。
帝都の治安は悪化の一途を辿っていた。
政治闘争が長引き、内政派と征伐派の綱引きが続くことで行政が停滞している。皇太子の急死以降は公共事業が絞られ、各所で資金繰りが悪化した商人や職人が出てしまった。
景気が悪化し、酒でも飲まないとやっていられないと、夜の帝都にはガラの悪い酔っ払いが出歩くようになった。
だというのに、治安を守るはずの衛兵は敵対派閥の貴族の動向を監視させるために貴族が小遣いを渡しており、貴族の邸宅が多い中央からなかなか出てこない。
元々死体が頻繁に転がる裏町を抱えていた帝都だ。衛兵の眼が減った下町にまでクスリの中毒者が現れて問題になる始末。表町はまだ影響が少ないものの、下町の治安悪化は無視できない。
さらに、支配地域からは帝国民に恨みを持つ人々が流入、窃盗事件が増えていた。下町で中毒者を出しているクスリを売りさばいているのも、支配地域の裏組織から出張してきた連中だと、裏町を半ば支配しているバジガンファミリーの頭になったルマンから聞いている。
「休業札すら盗まれると、港の倉庫が心配になるね」
しっかりと扉に鍵をかけて、チトセはやり残した仕事を片付けようと居住スペースに戻る。
すると、リビングテーブルに木目調の翼が生えた猫型の孵化精霊が座っていた。
「小娘、アシエラからの伝言だ」
二年前にアシエラが里に連れ帰った孵化精霊の一体だが、こうして定期的にアシエラからの連絡を伝えにやってくる。
前足で顔を洗って、欠伸をした後、猫型精霊は続ける。
「里周辺で人攫いの一団を捕えた。例年の大祭よりも明らかに治安が悪いが、帝都はどうか?」
「死体は転がってないだけマシかな。さっき、酔っ払いに休業の掛札を持ち去られたよ」
チトセは肩をすくめて返す。治安の悪化は感じているが、チトセは元々裏町の出身だ。酔っ払いによる窃盗程度は歯牙にもかけない図太さがある。
「ただ、表や下町はともかく、裏町はちょっとまずいかもね」
ルマンによれば帝国民の組織と支配地域の組織で暗闘が繰り返されているらしい。抗争といえるまで激しくないものの、道で出会えば殴り合いも起きるとのこと。
「後は、貴族の屋敷に押し入ろうとした強盗が捕まったって」
ここ最近の帝都での大きな事件をざっと伝える。
すると、猫型精霊は尻尾でぺちぺちとリビングテーブルを叩いた。
「大陸全土で不穏な空気が流れている。いつも言っているが、エルフの里はいつでも小娘を受け入れるそうだ」
「ありがと」




