エピローグ
「やっぱり一緒に行かない?」
ハッテとエルタを港で見送って二日。諸々の引継ぎを急ピッチで終えたにもかかわらず、出発間際のアシエラは名残惜しそうにチトセを見た。
「イカナデー!」
「チトセ、イッショ、アソブ!」
「イッタラ、ダメ!」
店の宿り精霊が総出でチトセの服を引っ張っている。エティが何度も追い払おうとしてくれているが、数が多すぎて手が回っていない。
チトセはアシエラにも宿り精霊たちにも呆れて大きなため息をつく。
「なんでアシエラが寂しがってるの」
「だって、エルフの里って結構遠いんだよ。ギルド経由で手紙が届くようにはしたけど、やり取りに時間がかかるし」
「判断に迷う商品の買取はしないし、緊急で判断が必要な事態なんてそうそう起きないよ。そもそも、昨日の時点で『もう教えることは何もない』って言ってたでしょ」
「コエマネ! ジョーズ!」
宿り精霊たちがチトセの声真似に拍手する。
アシエラは荷物を持ち上げながら、店に残る孵化精霊たちへ心配そうに目を向ける。
「でも、最近治安が悪くなってるし」
「それ、この店に関係ある?」
エティはもちろん、シャンジ、ティ・キーの二体、店の古株の孵化精霊がさらに二体。警備に当たってくれる孵化精霊が四体も店に残っている。さらに宿り精霊も大量に居る。
大通りを埋め尽くす規模の強盗団が押し寄せても対処できる戦力だ。
「でも五年だよ? この状況だから私は里に帰っても子供を作る気はないけど、子育てや警備には参加しないといけないから五年は帰れないんだよ?」
エルフの里の大祭は、あまり生殖本能が強くないエルフが数を減らさないように行われるお見合いのようなものらしい。アシエラもそろそろ子どもを作れとせっつかれているという。
エルフの子供は攫われやすく、警備の人手もいるためアシエラは簡単には里を離れられなくなる。五年という期間も短く済めば、という但し書きがつくほどだ。
「うだうだ、うだうだ、面倒くさいな、もう。早く行きなってば!」
ついにチトセはアシエラの両肩を掴んでくるりと回れ右をさせ、背中を押した。
「私が家主なんだけどー?」
「はいはい、ちゃんと留守番してあげるから、さっさと里に帰ってお勤め終わらせて帰ってくればいいでしょ」
チトセはエルフの里についていく孵化精霊たちを見回す。
「みんな、ばいばい。元気でね」
チトセとアシエラのやり取りを眺めてなごんでいた孵化精霊たちが手を振る。
「チトセちゃんも元気でなぁ」
「手紙も待っとるからな」
「あんまり無茶するなよ」
「ちび共もチトセちゃんに迷惑を掛けぬように心がけよ」
宿り精霊たちにも釘を刺して、孵化精霊たちはアシエラの背中を押す。
「ほれ、馬車が出てしまうぞ」
「チトセちゃんに心配を掛けさせるな。年長者だろう」
背中を押されて歩き出しながら、アシエラは肩越しに振り返る。
「チトセちゃん、困ったら周りを頼るんだよ。ラルチとか、会合の連中とか、相談に乗ってもらえるように口添えしてあるからね」
「アシエラさんも道中気を付けてね」
アシエラの姿が通りの曲がり角の向こうに消えるまで見送って、チトセは裏口から家に戻った。
やることをあれこれと考えながら、ひとまずはハッテから任されている担保の返却から取り掛かろうと歩き出す。
シャンジがチトセの横を飛びながら声をかけた。
「実感が湧いて少しは寂しがるかと思ったんだけどな」
「何をいまさら。私はエティと裏町で生活してたんだよ? こんな賑やかな店で寂しくなるわけがないよ」
今この瞬間にも店の方で宿り精霊がおしゃべりをしている声が聞こえてくる。
「どちらかというと、アシエラさん不在を知って客足が遠のかないかの方が心配」
「多少は暇になった方がいいんじゃねぇかな。今はチトセ一人なんだし」
「シャンジにも手伝ってもらうよ。計算できるでしょ」
「やべっ、ちび共の様子を見てくるわ」
逃げていくシャンジを笑って見送って、チトセは店に残ってくれた孵化精霊たちを振り返る。
「これから五年間、よろしく」
「あい、わかった」
すぐに応じたティ・キーに続き、他の孵化精霊たちも口々に答えた。
チトセはリビングを横切って居住スペースから店舗スペースに出る。宿り精霊たちがシャンジに教わりながら体操を始めていた。
カウンター裏の席に座った直後、店の扉が開く。
チトセはすぐに口を開いた。
「いらっしゃいませ」
長い長い店番はこうして幕を開けた。




