第二十二話 隠し事
迂闊に口に入れるわけにもいかず、チトセはサクーミから渡された飴を見つめる。
琥珀色をした四角い飴だ。香り付けにハーブでも入れているのか、太陽に翳すとわずかに緑色の不純物が見える。
チトセが警戒して食べないことは織り込み済みなのだろう。サクーミはベンチの両側を手でたたいて座るように促した。
「君たちには関係のない独り言だよ」
「サクーミ、コノコ、キニシテタモノネ!」
宿り精霊がエルタを指さす。
ティ・キーが珍しく呆れたような声を出した。
「のう、そのご老体は伏せるべき情報を伏せて話したいのだろうよ。常人には見えぬからといって、赤裸々に話すのは良くないと思うぞ」
「カクシゴト、ヨクナイノ! シラナイノ⁉」
「……お嬢、聞かなかったことにしてやってくれんか?」
「慣れてるよ」
チトセは小声で返す。
そうしているうちに、サクーミの独り言は始まった。
「五十年、いや、もっとか。ずいぶんと古い友人が病に伏している」
サクーミがいう友人が誰なのか、チトセもエルタも察しがついた。
しかし、指摘するわけにはいかない。エルタはすでに金の腕輪をアシエラに預けているのだから。
サクーミはギミックステッキの柄頭を元に戻しながら続けた。
「先のことを考えずに突っ走って禍根を残すあの馬鹿たれ――友人の血は争えないものらしい。友人の息子がやらかした」
そこでちらりとチトセを見たサクーミは言葉を選ぶような間を空ける。
チトセは口を挟んだ。
「そんな繊細さを学ぶ生き方はしてないので、遠慮なくどうぞ」
「相手の繊細さを慮るのが紳士という生き物でね。譲れないのだよ、この生き方は」
気取った風に言ってから、サクーミは肩をすくめる。
「我が古い友人の息子は紳士の自覚を持つには若輩でね。戦に出た帰り、立ち寄った村娘と子を成してしまった」
隣に座るエルタが身体を強張らせたのに気付いて、サクーミは背中を軽く叩いた。
緊張するなと言っているようにも、村娘との子がエルタであると言及しているようにも見える。
続くサクーミの言葉は前者であると告げていた。
「前例がないわけでもない。金を渡して終わりのはずだ。責任が果たせるとは思っていないが、金で解決できる問題のはずだった」
「解決できなかった?」
「できなかったのではなく、しなかった。責任の取り方を選べるほどの知識がなかった――違うか。自分ならば責任が取れると思い込んでいたのだろう。人は案外、簡単に死ぬというのにな」
ちらりとエルタの表情を窺って、サクーミは何か言葉を飲み込んだ。
「責任を取る、その証書だけを残して先に死んでしまった。その証書を持つ子がどんな責任を負うことになるか想像していたのは、我が古い友人だ」
サクーミはそう言って、ギミックステッキの柄頭に顔を近付けて何かを囁いた。
すぐ隣にいるチトセにさえ聞き取れなかったその囁きを聞き届け、宿り精霊がチトセを見る。
「サクーミノマエ、コウテイガ、モチヌシ!」
「……修理した時の紙って、前の持ち主の手紙?」
チトセがギミックステッキを修理した時、サクーミは金銭的な価値があるカフスボタンや金の指輪ではなく紙を真っ先に手に取った。
あの紙は皇帝が書き残した手紙のようなものだったのではないか。いまは亡き皇太子が若気の至りで作ってしまった直系の存在とその――処遇について。
サクーミが両手をギミックステッキの柄頭に置いて、穏やかに笑う。
「まぁ、そういう事だ。近衛兵が動いていない今の状況をもって、私の答えとしたい」
チトセは当事者であるエルタを見る。
エルタもおおよその話の流れにはついてきているようだった。金の腕輪を贈った皇太子はもちろん、病床に伏す現皇帝もエルタの存在を把握しており、それはこの老紳士サクーミに伝えられている。
その上で、エルタの身柄を確保しようとする動きがない。
サクーミがエルタの存在を知ったのは昨日。エルタが当の皇太子の息子であると決定づける証拠をサクーミ自身は持っていない。それでも確信しているように見える。
客観的な証明方法である金の腕輪について、サクーミに知られるわけにはいかない。だから、チトセは慎重に情報を引き出そうとした。
「……話が見えません」
しかし、権謀術数が渦巻く帝国政治の一雄、元ハウンドープ侯爵に通じるはずもない。
子犬がじゃれついてきたようなくすぐったそうな笑みを浮かべて、サクーミはチトセの言葉を無視した。
「親心も爺心も、本質的には大差がない。客観的にも、案外と悪くない方向に進んでいるような気がしている」
サクーミはのんびりと言って、ギミックステッキをついて立ち上がった。
「病床の友人に良い土産話ができたよ。ありがとう」
別れの挨拶としてギミックステッキを持つ手を軽く持ち上げる。傍目には、ただの別れの挨拶だ。
しかし、持ち上げられたギミックステッキにサクーミは伝言を託した。
「ナカヨクシナサイ! サクーミガ、イッテタワ!」
宿り精霊を介した伝言だけを残して、サクーミは去って行った。




