第二十一話 バーレテーラ
ハッテとエルタが宿り木の庭に泊まった翌日は朝から大忙しだった。
返却する担保をリストで確認し、倉庫の手前にある物を引っ張り出すだけならよかった。
奥に仕舞いこまれた品々はたどり着くのも一苦労だ。担保の品を倉庫の一角に一纏めにしていたこともあり、道を開けるために取り出した品をどこに置くかも問題になる始末。
「帝国金貨を三十枚もこの短期間でよく返済できたね……」
絢爛豪華な金の燭台を五台、ケースに入ったまま倉庫から出したチトセは額にうっすらと滲んだ汗をぬぐう。
ハッテがケースに括りつけてある木札の番号を手元のリストと照合しながら頷いた。
「あたしもそう思って聞いたんだがね。親戚連中を説き伏せて仕入れなんかを効率化したらすぐだったそうだよ。子沢山ってのは強味だね」
実家との縁を切ってあるというハッテが皮肉そうに言う。
「子供が苦労するパターンがここにいるんだけどな!」
「なんだい! あたしに拾われて苦労したことがあったとでも!?」
エルタが無意味に胸を張り、ハッテが豪快に笑い飛ばす。
二人の掛け合い漫才を聞きもせず、アシエラが財布から銅貨を四枚取り出した。
「チトセちゃん、ここでいったん休憩にしよう。疲れているところ悪いけど、お昼を買ってきて。私は細々した作業を終わらせておくから」
「はーい。何か食べたいものはある?」
アシエラから銅貨を受け取り、チトセは昼食のリクエストを聞く。
「昨日からお魚が食べたいんだ。後、アーティチョーク」
「バゲットに乗せて売ってるお店があったよね。どこだっけ?」
「俺、その店を知ってるよ」
エルタが片手を上げて名乗り出る。
四人分の食事はそれなりに重いので、荷物持ちにちょうどいいとチトセはエルタを道案内に抜擢する。
「ということでお昼買ってきます。あのお店って炙ったお肉を乗せる商品もあったと思うけど、ハッテさんはどうする?」
「あたしも魚だね。アーティチョークは苦手だから、苦味の少ない野菜に変えて」
「分かった」
エルタの注文は道中に聞けばいいだろうと、チトセはエルタと共に港の倉庫を後にした。
お昼までまだ時間があるとはいえ、込む前に昼食を買ってこようとする港の人足たちが追い越していく。チトセを知っている人足が片手を上げて無言の挨拶をしながら走って行く。チトセの隣を歩くエルタに対し、妹に近付く害獣でも見るかのような鋭い一瞥をなげながら。
「……なぁ、俺って嫌われてる?」
エルタは後ろから駆けてくる足音に警戒しながらチトセに聞く。
「さぁ? 身に覚えがないなら嫌われることもないと思うよ」
「じゃあ、勘違いかな……。勘違いかなぁ?」
刺すような視線をどこからか感じて、エルタは身震いしながら視線の主を探して周りを見回し、見ず知らずの屈強な男たち四人と目があって顔を伏せる。
人足達に見送られて出発したチトセとエルタは大通りを横切る前に馬車の有無を確認し、走って渡る。
エルタが南西の方角を指さした。
「向こうの方にあるんだよ」
「あー、古着屋さんの斜向かいの?」
「そうそう」
方角で記憶が呼び起こされて、チトセは店の位置を把握する。
位置が分かったことで近道も自然と導き出されて、チトセはエルタに声をかけた。
「この公園を抜けた方が早いよ」
「有料じゃなかったっけ?」
「設立記念で今日は無料」
その昔、養父のデポッサが珍しく朝からそわそわした様子で、昼頃になって意を決したようにチトセを誘ってきたのを思い出す。あの日も設立記念で無料だったので覚えていた。
公園の入り口が解放されているのを見て、エルタも信じたらしい。
「へぇ、無料になる日なんてあるんだな」
「普段は銀貨一枚かかるよね」
「高いよな」
エルタの言葉に頷きながら、公園に入る。
赤煉瓦で舗装された遊歩道が左右と正面に伸びている。青々とした葉を茂らせる果樹が遊歩道を挟んで林立し、季節の花が植えられた花壇が奥の広場に見えている。
「この公園って三つの広場があってそれぞれを囲むように遊歩道があるんだよ」
「へぇ……」
エルタは感心したように呟くも、少し緊張したように周囲の人々を見た。
元々有料の公園だ。一日だけ無料になったとはいえ、それを目当てに入園する人間は案外少ない。
なぜなら、この公園は貧乏人お断りとばかりにそこそこの商人以上が利用するからだ。一般人お断りの雰囲気が利用者の服装から滲むほどで、エルタは気後れしていた。
しかし、チトセはひるまない。服装よりも立ち居振る舞いが見られる場だとデポッサと来た時に知っている。背筋を伸ばして人間ではなく植物や雰囲気を楽しむ姿勢を見せていれば、自分という存在が浮かない場所だと理解していた。
むしろ、他の利用者に目を向ける無粋な人間こそ白い目で見られる。
事実、この公園を近道と割り切って堂々と遊歩道を歩いているチトセを誰も見とがめない。注意を払う事さえない――はずだった。
「――宿り木の庭のお嬢さん、少し話をしていかないか?」
三つある広場の一つ、その外周を歩いていたチトセはベンチに座る老紳士からそう声を掛けられた。老紳士が持つギミックステッキの上を飛んでいた宿り精霊もチトセに手を振る。
「……サクーミさん?」
昨日、宿り木の庭にギミックステッキの修理に来た客だ。
帝国貴族然として、落ち着いた様子でベンチに腰掛け、チトセとエルタを見つめている。その表情はとても穏やかだが、チトセたちをこの場に縫い留めるように目だけが鋭く細められていた。
ただならぬ気配を感じて、チトセのそばに控えていたエティやティ・キー、シャンジが臨戦態勢を取って飛び立った。それを見て、ギミックステッキの宿り精霊が老紳士の前に出る。
唯一精霊たちの動きが視えるチトセは精霊たちに声をかけた。
「みんな、落ち着いて」
チトセが待ったをかけると、シャンジが肩をすくめた。
「別に荒事にするつもりはねぇって。万が一に備えたってだけだ」
「うむ、ここで流血沙汰はお嬢の評判に関わる故な。無論、向こうも同じであろうが」
シャンジの言葉にティ・キーも続きつつ、ギミックステッキの宿り精霊へ牽制の言葉を投げかける。
しかし、エティは違った。
「チトセが危なくなったら容赦はしない」
はっきりと言い切って睨むエティに、宿り精霊がびくりと体を震わせる。
一触即発ではあってもすぐに衝突はしない。チトセは老紳士サクーミを見た。
「ご用件を手短にお願いします」
精霊が視えなくても、チトセの発した言葉でおおよその状況は察せられる。その証拠にエルタはきょろきょろと視えもしない精霊の動きを掴もうとしていたが、サクーミは交戦の意思はないと示すように柔らかく微笑んだ。
「取って食ったりはしないよ。じじいの昔話を聞いてもらいたいだけでね」
「サクーミ、ナイスミドルヨ!」
「ややこしいから黙っとけ!」
宿り精霊がサクーミに向かって励ましの言葉を投げ、シャンジがたしなめる。
目の前で展開される二つの状況を認識できるのが自分だけだと気付いて、チトセは密かにため息をつく。
サクーミがエルタに視線を向けた。
「こんにちは。家督を息子に譲ったが、ハウンドープ侯爵家前当主、サクーミという」
場が凍り付いた。
ディッセラ帝国内政派の重鎮、ハウンドープ侯爵。家督を譲ったとはいえ、その影響力は計り知れない。
そんなサクーミがエルタを見据えて自己紹介する意味を理解できないはずがない。
しかし、サクーミは緊張をほぐすようにギミックステッキの柄頭を操作する。中から現れた小物入れの筒から取り出したのは、四角形の飴だった。
「隠居老人の独り言を聞いていってほしいんだ。飴ちゃんあげるから」




