第十九話 血統書
エルタの金の腕輪をテーブルに置いた瞬間、談笑していたアシエラが一瞬で真剣な目つきになり、エルタを見上げた。
「エルタ君の持ち物?」
「は、はい」
金の瞳を真正面から見据えるアシエラに、エルタは困惑しながらも肯定する。
話についてきていないハッテもただ事ではないと分かったのか酒盃を置いてコップに水を注ぎ、一気に呷った。
「さて、どんな厄介事?」
「猛烈な厄介事かな」
チトセは答えて、エルタにハッテの隣の席に座るよう言ってからキッチンで紅茶を淹れる準備を始める。
「アシエラさん、私もその金の腕輪についてはよくわからないから、説明して」
特大の厄ネタであることはすでに察しがついている。なぜなら、金の腕輪の内部の魔法陣を囲む文字列にディッセラ帝国の現皇帝の名があったからだ。
チトセが今も肌身離さず持っているサウベリア王家のレガリアと同等の品の可能性がある。
アシエラは金の腕輪を手に取って検分した後、ため息をついた。
「間違いないね。帝室の証だ」
「帝室の証……レガリアかい!?」
ハッテが目を丸くして金の腕輪を見る。その目にはある種の畏怖の念が滲んでいた。
しかし、アシエラは首を横に振る。
「レガリアではないよ。帝室の証、つまりは血の証明だ。家系図の一部みたいなものだね」
アシエラによれば、ディッセラ帝国の皇帝一家は皇帝の血を引く証として金の腕輪を贈られるという。
ディッセラ帝国初代皇帝は縁が輝くほどの金の瞳をしていたとされ、金の腕輪はその瞳の縁取りを模したものであるらしい。金の腕輪には祖父母、父母、贈られた新たな帝室の子の名が内部に刻まれており、特殊な魔法陣が施される。これにより、皇帝家の直系であることが証明されるという。
紅茶を淹れながらチトセは思い出す。現皇帝の名と共に確かにエルタの名前があった。
「つまり、エルタは皇太子ってこと?」
「違うね。皇太子の息子。隠し子だよ」
チトセが気付かなかっただけで、皇太子の名前も刻まれていたらしい。
エルタが頭を抱えて項垂れた。
「まじかよ、母さん……」
「エルタがお父さんの顔を知らないわけだわ」
頭を抱えるエルタの隣でハッテも疲れたように額に片手を当てる。
皇太子となるとおいそれと愛人に会いに行けるわけがない。まして、内政派と征伐派で争っていたここ数年ならなおのこと。
しかも、肝心の皇太子はすでに亡くなっている。
エルタも気付いたのか、顔を上げた。
「あ、じゃあ俺の両親ってそろって死んでるのか」
「それどころじゃないってのに、突っ込み辛いことに気付くんじゃないよ」
ハッテが呆れて呟いて、アシエラを見る。
「エルタの名前も入っているとなると、現皇帝の直系ということで間違いないんだろう?」
「そうなるね。認められている帝室の最年少が亡くなった皇太子の一歳の息子。だから、血統だけで言えばエルタは継承権第一の皇子、なんなら皇太子ってことになるかもね」
「ねぇ、私からも一つ情報があるんだけど、いいかな」
ティ・キーに見守られながらティーポットにお湯を注ぎ、茶葉を躍らせながらチトセは口を挟む。
エルタが皇室の人間だとすれば、一つ心当たりがある。
「帝都広場の偏屈なヤモリの孵化精霊がいるでしょう?」
「ベンチについていたあの子だね。帝国成立直後からいる古株だよ。あの子がどうかした?」
この場で精霊が視えるのはチトセとアシエラだけ。自然とヤモリ型孵化精霊の話は二人の間でしか通じない。
ハッテとエルタが黙って聞いている中、チトセは証言する。
「あの孵化精霊がエルタに頭を下げてた。普段はエティ以外に見向きもしないけど、もしかしてそういう事かなって」
エルタはディッセラ帝国の直系。エティは滅ぼされたとはいえサウベリア王家のレガリアに宿っていた精霊だ。
あのヤモリの孵化精霊は皇帝家や王家に対しての礼儀を重んじて対応していた可能性がある。
アシエラが記憶を探るように目を閉じて、思い出す。
「そっか。初代皇帝が座ったベンチなんだよ。それがきっかけで大事にされて、あの子はベンチについた宿り精霊にしては珍しく孵化まで出来た」
公園のベンチは風雨に晒され人々に体重を掛けられ、百年単位で残ることはかなり珍しい。
しかし、件のベンチは初代皇帝が座ったことがきっかけで保存され、傘が立てかけられるなどして大事にされた。ずいぶん前に初代皇帝が座ったベンチそのものは解体されてしまっているが、ヤモリ型孵化精霊はいまも公園で人々を見守っている。
ヤモリ型孵化精霊からすれば、エルタは大恩ある初代皇帝の忘れ形見であり、礼を尽くすべき相手だったのだ。
自分の推測はほぼ正しかったらしいと確信して、チトセは三人に問題点を投げかける。
「初代皇帝を覚えているあの孵化精霊が一目でエルタを直系だと見抜いたなら、帝国貴族は?」
アシエラは即答した。
「見抜くだろうね」
チトセが訪問したコーンルズ子爵家のような歴史が短い貴族家ならともかく、帝国の建国時から存在するような大貴族なら初代皇帝の肖像画を持っていてもおかしくない。
そうでなくても、現皇帝や亡くなった皇太子の顔を見たことがある者ならエルタを見て血の繋がりを感じるかもしれない。
「言葉を選ばずに言えば、幸いなことにエルタのことを知っている皇太子はすでに亡くなった。金の腕輪を作った職人は分からないけどね」
「逆に言えば、皇太子はエルタを実子だと認知していたってことだろう」
アシエラとハッテが情報を整理する。
エルタの立場はかなり危険だ。
皇太子亡き今、帝国は内政派と征伐派の二つに割れている。
内政派が擁立する皇太子の子供は一歳程度。征伐派が擁立する公爵が現皇帝の甥。
エルタは十五歳で現皇帝の直系であり、内政派が中継ぎとして傀儡に置くのにちょうど良すぎる。征伐派にとっても傀儡として使えるだろう。
「母さんの形見がそんな大層なものだと思わないだろ……。分不相応だな、とは常々思ってたけど」
「まぁ、意外とよくある話かもよ?」
「あってたまるか……」
チトセの言葉を根拠のない慰めと取ったのか、エルタは苦笑した。
短剣のことを知るアシエラが別の意味で苦笑して、話題を変える。
「困ったことに、征伐派のコーンルズ子爵夫人や内政派の重鎮ハウンドープ侯爵夫人と伝手があってね。帝室に入りたいって言うなら紹介はするけど、正直お勧めしないよ」
権謀術数が渦巻く政治の世界に何の予備知識もない両替商の弟子が飛び込んでも食い物にされるだけだとこの場の全員の意見が一致していた。
エルタが金の腕輪を手に取る。
「でも、母さんの形見だ。捨てたくない」
予備知識がないチトセでさえ解ける簡単なパズルで皇帝家の血を引くと証明できる金の腕輪。持ち続けるのも怖いが、迂闊に処分してもどうなるか分からない。鋳溶かすくらいはしなくてはならないだろう。
金の腕輪を見つめて考え込むエルタには時間が必要だと判断して、その場はお開きになった。




