第十八話 お泊り
宿り木の庭に帰るとハッテが来ていた。
店のカウンターで世間話をしていたアシエラとハッテがチトセたちを見て手招く。
「お帰り。答えは出た?」
「信頼の貸し借りで投資する」
「身もふたもない言い方するなぁ。あたしの弟子なんだから当たり前か!」
豪快に笑って、ハッテはエルタの頭を乱暴に撫でる。
やめろーと抵抗しながらも笑っているエルタを見て、アシエラがふと右手を上げた。チトセは身軽に距離を取る。
アシエラが残念そうに肩を落とした。
「弟子との交流したいなー」
「ついでで撫でられるほど私の頭は安くないの」
チトセの頭上をエティが飛んでガードする。ここまでされれば流石のアシエラも諦めざるを得ない。
そんなことより、とチトセはハッテを見る。
「なんでハッテさんが店に? エルタの帰りが遅いから迎えに来た、とか?」
「いやいや、時間がかかるのは織り込み済みだから気にしちゃいないよ」
ハッテは豪快に笑い飛ばし、エルタの頭から手を放す。乱れた髪を手櫛で戻しているエルタを横目にハッテは説明した。
「担保を返してほしいって返済客が現れたんだ。利子付きできちんと返済してもらってるから、そこのリストにある担保をそれぞれのお客に返したくて、時間が取れるか相談に来た」
ハッテが顎をしゃくって見せたカウンターの上に一枚の紙が置いてある。手に取ってみると走り書きでいくつかの品名が書かれていた。どれも担保として宿り木の庭の倉庫に入っているものだ。
持ち運びできる程度の大きさの物がほとんどだが、中には割れ物もある。倉庫のどこに仕舞ってあるかを正確に把握しているのはチトセやアシエラ、後は数体の孵化精霊だけなので、監督役が必要だろう。
倉庫の中の配置図を頭に浮かべながら、チトセはアシエラを見る。
「結構な大仕事になるよ?」
「明日は臨時休業で、担保の梱包作業かな」
早めに借金を返せそうな客の担保は倉庫の手前に配置するようにしていたが、返済計画通りにいくとは限らない。中には効率良く、あるいは無理を通して借金を返済する客もいる。リストには倉庫の奥から引っ張り出さないといけない担保がいくつかあった。
臨時休業になるなら掃除をしておこうと、チトセは掃除道具を取り出す。その間に、アシエラがハッテに声をかけた。
「今日は泊って行くといいよ。それで、明日から梱包作業とか手伝ってほしいんだけど」
「もちろん、手伝うよ。倉庫を借りている身だからね」
アシエラとハッテの会話を聞いて、店の後は客間の掃除もしようと決めて、チトセは効率的に動き出す。
エルタが慌てた様子でハッテの袖を掴んで引っ張った。
「な、なら俺は宿に帰ってる。明日、何時にここに来ればいい?」
「なんで宿に帰る必要があるんだい?」
不思議そうに聞き返すハッテにエルタは目を泳がせつつちらちらとチトセを見る。
視線の意味に気付いたハッテが呆れ顔でエルタの背中を叩く。
「色気づいてんじゃないよ、半人前が」
「そんなんじゃねぇし!」
「なら何の問題もないじゃないか」
「俺たちに問題なくても向こうはあるかもだしさ!」
エルタがチトセに申し訳なさそうに助け舟を求める。
チトセは箒を動かしながら肩をすくめた。
「別に何とも?」
「それはそれでどうなんだよ……」
肩を落とすエルタにアシエラとハッテが笑う。
いまさら一人二人増えたところで何を気にするというのか。
店中の宿り精霊たちが久々の泊り客に大興奮する中で、チトセは呆れのため息をついた。
※
夕食を四人で摂って、各々の部屋に解散する。
チトセは自室の机に向かって本を読んでいた。旧サウベリア王国領に住む友人、オーミーから送られてきた古本で、各地の伝承について書かれたものだった。
こういった伝承はアンティークの置物などでモチーフになることも多いため、勉強がてら読んでいるが案外面白い。
ディッセラ帝国の伝承の項を読み終えて、チトセは本を閉じる。
すると、エティがチトセに話しかけた。
「なぁ、扉の外でエルタが呼んでる」
「え? いつのまに」
ノックの音も聞こえないほど夢中になっていたつもりはなかった。
窓辺に座っていたシャンジがやれやれと呟いた。
「なんか知らねぇけど、小さい声で呼んでたぜ。アシエラたちに知られたくない相談事、とかじゃねぇかな」
「この店で秘密の相談なんて無理でしょう」
「アシエラには筒抜けだろうなぁ」
そこら中に精霊がいるこの店ではチトセの部屋のように入る者を限定するルールを設けていない限り秘密の会話はできない。チトセの部屋でさえ、サウベリア王家の短剣が店の中での周知の事実となったのを機に夜以外は出入り自由となった。
チトセは立ち上がって扉に近付く。やはり声は聞こえない。
そっと扉を開けると、ほっとした顔のエルタが立っていた。チトセは白い目を向ける。
「なに? 怖いんだけど?」
「それはごめん」
自覚があるのか素直に頭を下げたエルタは顔を上げると口元に人差し指を当てた。
「ちょっと相談があるんだ。いまいいかな?」
「私に?」
師匠のハッテかアシエラの方が人生経験が豊富な分、相談相手に適しているはずだ。なぜ自分を選ぶのか分からなくて、チトセは首を傾げつつも部屋を出た。
リビングを覗いてみると、アシエラとハッテと古参の孵化精霊たちが集まって酒盛りをしていた。ハッテからは孵化精霊が見えないはずだが、アシエラが間に入って通訳しているらしい。
なるほど、あの酔っ払いに相談は無理だ。
チトセはリビングに背を向けて、廊下の端の方に歩き、エルタを手招いた。
「相談に乗ってあげる。役に立てるか分からないけど」
「ありがとう」
廊下の壁に背中を預けて、エルタを見る。
エルタは懐から紙に包まれた何かを取り出した。
「独立資金として担保にする場合、これがいくらになるか鑑定してほしいんだ」
「もう独立を考えてるの?」
今すぐにというわけではないから、ハッテやアシエラではなくチトセに内緒で鑑定を依頼しているのだろう。
何が出てくるのかと思いながらエルタから受け取ると、意外にもずっしりとした重みと金属の硬さが手に伝わった。その感覚で、金細工だと分かる。
思わずエルタを見る。
「どうしたの、これ?」
「母さんの形見」
「……はぁ」
そんなものを独立の担保にするなと言いかけたが、あくまでもエルタの選択だ。チトセが口を挟むことではない。
紙包みを開いてみると金の腕輪が姿を現した。かなり純度が高く、光沢も美しい。アンティークと呼ぶには新しく、細工物としての価値はともかく金としての価値はチトセよりエルタの方が詳しいだろう。
細工物として鑑定しようと暗い廊下で目を凝らす。
非常に精巧な細工物だ。ディッセラ帝国の伝統模様が丁寧に彫りこまれている。その模様の構成に違和感を覚え、チトセは指先でそっと表面を撫でて凹凸を確かめた。
「……パズル?」
金細工の腕輪にしては妙な仕掛けだが、間違いなくパズルになっている。
エルタが意表を突かれた顔をして腕輪を覗き込んだ。
「パズルなんて知らないぞ。母さんは何も言ってなかったし」
「そうなの? でも、ほらここをこう押し込んで――」
模様が入ったパーツがわずかに沈み込み、スライドする。出来上がった空間に別のパーツをスライドさせる。
それほど複雑なパズルではない。今日持ち込まれたギミックステッキよりもよほど単純な仕掛けだ。だが、するすると抵抗なく動くパーツの間にほとんど隙間が見えない。恐ろしいほどの精巧さが気になった。
伝統模様を正しい形に配置するだけのパズル。百数えるまでもなく完成にこぎつけて、チトセは満足する。
それで終わると思っていた。
伝統模様を正しく配置し終えると、最初に押し込んだパーツが勝手に押し戻されてくる。なにかと思えば、パーツは腕輪の表面からさらに押し戻され、ひとりでに横にスライドした。
「……何か書いてある?」
スライドしたパーツで隠れていた腕輪の内部。何らかの効果がある魔法陣が彫りこまれている。
嫌な予感がして、チトセは胸元の短剣を意識した。
六角形の魔法陣を囲むように文字が書かれている。人名らしきそれを読み取ったチトセは、エルタの腕を掴んだ。
「アシエラさんたちにこれを見せるよ」
「……えっと、どういうことだ?」
「それも説明するから、一緒に来て」




