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物に宿る精霊が見えるのでアンティークショップで働きます  作者: 氷純
第二章 混乱期編

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第十七話 広場の精霊

 帝都広場の一画を縄張りにする岩のような肌のヤモリ型孵化精霊はエルタと目があった瞬間にその両目を見開き、頭を下げた。

 チトセは首を傾げる。普段であれば、このヤモリ型の孵化精霊はエティを見て「よくいらっしゃった」とだけ言って日光浴を続ける。頭を下げることなど決してない。


「どうしたの?」


 チトセが問いかけてもヤモリ型の孵化精霊は答えない。ただただ頭を下げているだけだった。

 肩に乗るティ・キーを見る。チトセよりも長く生きているティ・キーも興味深そうにヤモリ型の孵化精霊を見つめていた。


「貴女が頭を下げるとは。如何しました?」


 ティ・キーに問われても、ヤモリ型孵化精霊は答えることなく頭を下げ続けている。

 精霊が視えずやり取りも聞こえないエルタが、目の前のベンチに座らないチトセを見て困惑していた。


「座らないのか?」

「……座ろっか」


 ヤモリ型孵化精霊から一切の敵意を感じない。それどころか、エルタに対する敬意さえ感じ取れて、チトセはベンチに座ることにした。


 自然とヤモリ型精霊に背を向ける形になる。チトセが知る偏屈な精霊のままなら、気に入らない相手には冬のいまの外気温よりもさらに冷たい、凍えるような風で追い払おうとする。

 しかし、背中から吹いてくるのはやや乾燥した程よく温かい風だった。

 吹き付ける風の温かさに違和感があったのだろう。エルタが目を丸くしてチトセを見る。


「穴場ってこういうことか?」

「……いつもなら追い払われないだけで、こんなサービスをしてくる孵化精霊じゃないんだけどね」


 好き嫌いが激しい精霊はいるが、魔法を使ってまで露骨に接待するのは珍しい。

 このヤモリ型孵化精霊はエティを気に入っているようだが、過ごしやすいように温度を調節してくるのは初めてだ。

 普段のヤモリを知るチトセはむしろ居心地の悪さを感じるほどだったが、なにも知らないエルタはこれ幸いと足を伸ばしてくつろいでいる。


「ここに来るまでにいろいろと考えてみたけどさ。この宿題って考えれば考えるほど何を問われてるのか分からなくなるな」

「無理もないね。答えを出した私だって逆算するうちに混乱しかけたから」


 混乱しかけたものの、チトセなりに考えはまとまった。あとはエルタに気付かせていくだけだ。


「エルタはどうしてハッテさんに弟子入りしたの?」

「弟子入りの理由? あんまり面白い話じゃないぞ?」

「みんなそうでしょ」

「チトセも?」

「マフィアに追われてごたごたしてなし崩し的に働いてるよ」

「うっわ、ハードだなぁ」


 冗談だと思ったのか、エルタは笑ってベンチの背もたれに体重を預け、思い出すように空を仰いだ。

 つられて見上げた空は冬らしい薄灰色の雲に覆われている。今夜は雪かもしれない。

 エルタが口を開く。


「俺、親父の顔を知らなくてさ」

「へぇ、親近感が沸くね」


 父親どころか母親の顔も知らないけど、とチトセは心の中で続けた。

 エルタは「えっ、お前も?」と少し困惑気味の目を向けたが、そういうこともあるかと一人納得したらしく続ける。


「母さんが病気で死んだ後、墓参りにも来なかった。まぁ、俺は半年くらいしか村に残らなかったから、その後に来たかもしれないけど。ただ、母さんは死ぬまで親父の悪口を言わなかったし、今の俺たちがあるのは親父のおかげだって感謝すらしてた」

「父親は生きてるの?」

「わかんね。でも、母さんの様子を見る限り、生きてるんだと思う」


 エルタも確信があるわけではないのか、歯切れが悪かった。

 どこで何をしているのか、顔さえ分からない父親だ。安否の確認ができるわけもない。


「村にやってきた師匠に弟子入りした理由に親父そのものは関係ないんだ。ただ、顔も見せない親父を母さんが信じ続けていたのが不思議で仕方がなかった。『信じるってなんだ?』って、思ってさ。贋金も跋扈する両替商や金貸し業の世界で、信頼を裏切らない誠実な人間だって認められようと思ったんだ」


 ――死ぬ間際まで信じてもらえるような人間になるんだ。


 エルタはそういって、恥ずかしくなったのか赤い顔を片手うちわで扇いだ。

 しかし、弟子入りの理由を言葉にしたことで何かに気付いたらしい。


「師匠はあの客が必ず飾り皿を取り戻すために金を工面すると信じてた?」

「そんなところだろうね」


 悪魔崇拝者の飾り皿に市場価値はないが、あくまでも市場での価値の話だ。持ち主にとっては何としてでも買い戻したい価値を持つ場合がある。

 当然、金貸し側が持ち主の担保への思いを考慮する意味はない。借りた側が返せなくなった時にお金を取り戻す手段が担保なのだから、市場価値で考えるべきだ。

 ハッテは金貸しとして損をしている。しかし、別の見方もできる。


 ハッテの弟子であるエルタにはきちんと見えていた。


「損を飲み込めるなら客との信頼関係の方が大事ってこともあるのか」


 悪魔崇拝者の飾り皿を担保に資金を貸し、成長した客から今度はきちんとした担保を差し出してもらって資金を貸す。苦しいときに助けたという実績で信頼関係を作り、今後に投資した。


 ハッテはアシエラから魔法を教わった弟子だと聞いたが、商売のやり方も少し似ているとチトセは思う。

 アシエラも、市場価値が低い模造品でも精霊がついていれば高額で買い取る。精霊を保護する意味合いもあるが、物を大切にする客との信頼関係を構築することにも繋がるからだ。


 答えにしっくり来たのか、エルタは呟いた。


「損して得取れって言葉があるもんな」


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ヤモリちゃんの本体、某亡国の……
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