第十六話 宿題
店を出たチトセとエルタは帝都の大通りを広場の方へ歩き出す。
本格的に話し込むことになりそうな広場に到着する時間を遅らせるため意図的に歩幅を短くしながら、チトセは考えをまとめる。
降って湧いた今回の散歩はアシエラからエルタへの宿題を解いてもらうのが目的となる。
だが、その宿題の癖が非常に強い。
担保にならない悪魔崇拝者作の飾り皿をなぜ、理に聡い両替商で金貸しのハッテが担保として受け入れたのか。
明らかな厄ネタの飾り皿をアシエラは何故丁重に扱ったのか。
そして、ハッテとアシエラはこの飾り皿を通してエルタとチトセに何を気付かせたいのか。
「ねぇ、エルタ。考え込むのはいいけど、置いていかないでほしいな」
「えっ? あぁ、ごめん」
考えをまとめるのに夢中になったのか、明らかにチトセを忘れてどんどん進むエルタを引き留める。
思考を邪魔してしまったことも、その理由が時間稼ぎであることも、チトセには心苦しいところ。
せめてヒントを出せるように宿題の内容と答えをまとめようと、チトセは再び考える。
今回の宿題にはいくつかの解答例がある。弟子の学習状況を見るための宿題だからだ。
例えば、悪魔崇拝者の飾り皿を担保として扱うための方法、つまり金銭的な価値を査定して実際にその金額で売れる道筋を立てること。エルタがこれを回答として選び、かつ認められる方法であればハッテは評価するだろう。
他の質問も同様で評価される解答例がある。
だが、チトセなりの解釈での解答は全くの別物だ。
チトセは胸元に隠している短剣を片手で抑える。アシエラから満点をもらったその解答はアンティークショップ宿り木の庭の店員として、商品をどのように見ているかを答えた。
宿り木の庭が扱う商品は価値ある品ではなく大切にされてきた品であり、その想いだ。
例え一般的に価値のない模造品でも宿り精霊がつくほど大切にされてきた品であれば買い、たとえ満足な支払いができなくても宿り精霊が好意を持つ客なら売る。
チトセがいつも胸元に隠している短剣は養父の形見であり、今は孵化したエティの宿っていた品であり、チトセの思い出の形だ。その思い出をどんなに言い表しても、他人に全てを伝えることはできない。
悪魔崇拝者があの飾り皿にどれほどの信仰心を注いだのか、チトセにはわからないように。
今回の宿題は弟子としてこの仕事に関わってきてどう考えているのかを答えるものだと、チトセは解釈していた。
だからこそ、両替商も金貸しもしたことがないチトセはエルタの解答を聞いてみたい気持ちもあり、どう引き出せばいいのか分からない面もある。
どうにも判断がつかないので、チトセは経験豊富そうなティ・キーに囁く。
「過干渉になりそうだったら止めてね」
「もとより、我はそのためについておる。エティよ、我を見てよく学ぶと良い」
「エルタの答えを聞き出そうっていうのがすでに過干渉じゃないかな?」
「……身もふたもないこと言わないでよ、エティ」
自分で答えに行きつくのが最良なのはチトセも分かっている。その上で答えを引き出したいと考えているのは、知りたがりのエゴでしかない。
ただ、チトセもエルタから質問されない限り答えるつもりはないし、答えるとしてもヒントに留めるつもりだ。誘導された答えには意味がない。
チトセは真剣な顔で前を見つめながら考えているエルタの隣に並ぶ。二人並んで歩くことで幅を多めに確保して、向かいから人が来たら自分が下がればすれ違うのにちょうどいい空間ができる。
エルタが思考に没頭しながら安全に歩けるように配慮するチトセは通りの前後を確認した。
昨今の帝都にしては通行人が多い。そのほとんどが支配地域の出身者らしく、帝国人のチトセとエルタを睨んでいる。
治安維持が仕事の衛兵が警戒を強めて帝都を巡回している。
帝国が緩やかに崩壊しているような気がした。
無理もないか、とチトセは胸元の短剣。ディッセラ帝国に滅ぼされたサウベリア王家のレガリアを意識する。
そうしている間に広場に到着し、横に並ぶチトセをふと気付いたように見たエルタは『しまった』という顔をした。
「ご、ごめん。無視してたわけじゃないんだけど……」
「別に話しかけてないから謝らなくていいよ。質問が飛んでこなくて拍子抜けしてたくらい」
チトセはエルタに笑って言い返して、広場を見る。
帝都一の広場にはディッセラ帝国人が多くたむろしていた。支配地域の住人は見当たらず、まるでこの広場に追い立てられてきたかのようにそこはかとない閉塞感がわだかまっている。
こんな雰囲気ではいくら考えてもまともな答えが出ないだろうと、チトセはエルタの右手を掴んで歩き出す。
この広場には偏屈な孵化精霊が居座っている。広場の一画を占領するその孵化精霊は近付く者が誰でも追い払おうと、熱風や寒風を吹き付ける。
しかし、どういうわけかエティを気に入って、チトセとその連れはその孵化精霊が占領する一画を利用できる。
「こっちならいつも空いてる穴場だから、とりあえず座って考えようよ」
手を引かれたエルタは広場を見回してチトセの案に乗ることにしたらしい。すぐに歩幅を合わせて隣に並んだ。
「あの店って忙しいんだろ? よく広場の穴場なんて知ってるな」
「今年は忙しいだけで、去年まではお昼休憩に広場でパンを齧るくらいの余裕があったんだよ」
「……もしかして、俺たちが持ち込む担保の査定のせい?」
ハッテの指示とはいえ担保を査定してもらうためにチトセの休憩時間を削っているかもと、エルタが申し訳なさそうに問う。
チトセは首を横に振った。
「ハッテさんもエルタも関係ないよ。遠方からのお客さんが多いからその対応で忙しいだけ。いまいち言葉が伝わらない時もあるから、一人ひとりに時間がかかっちゃってさ」
「あぁ、それか。ウチでも遠方から来て旧国通貨を両替してくれって客とよくモメるよ」




