第十二話 老紳士のギミックステッキ
「ステッキの修理ですか?」
普通なら工房に持っていくものだと思うが、チトセはカウンターに置かれた老紳士のステッキを見て納得する。
場合によっては、下手な工房に持っていけない品だ。
「フィカト帝時代のギミックステッキ……」
百五十年以上前のディッセラ帝国フィカト帝の時代に多数制作されたステッキだ。
このステッキは柄頭を回すことで空洞になっている筒状の柄から中身を抜き出すことができる。いわば手の込んだ小物入れであり、当時の貴族男性の重要なファッションであり実用品だった。
買い手が貴族や付き合いのある大物商人であるため非常に手の込んだギミックがついており、後期の品ともなると実用性を無視したギミックの複雑さを誇るようになった。
――この細く小さなスペースにこれほどのギミックを施す工作精度を見よ。というわけだ。
貴族男性がロマンを詰めこんだギミックステッキだが、しばしば盗難される。どんなにギミックに凝ってみたところで盗人が正規の手順で開けるはずもなく、柄を叩き折って中身を取り出す事件が多発して廃れていった。
チトセも完全な形で残っているアンティークのギミックステッキを見るのは三度目だ。そして、このステッキは盗人によく狙われる程に中身も凝っている場合がしばしばある。
小さな宝石や装飾品に始まり、屋敷の金庫のパスワードをメモした紙なんかが入っていることもある。悪質な工房に持っていくと中身をすり替えられてしまう。
帝都の工房ならすり替えられることはないと思うが、老紳士の持ち込んだギミックステッキは後期の品だ。この頃になると、正規の手順で開けないと自壊するように仕掛けが施されている品が多い。
ギミックを動かさないように観察しながら得られた情報を紙にまとめていくチトセを見て、老紳士は満足そうに笑みを浮かべる。
「一目でわかるとは、やはりこの店に来て正解だった」
正解と言われても、情報をまとめたチトセは頭が痛くなる。
このギミックステッキはオーダーメイドだ。どんな仕掛けがあるか分からず、不用意に弄れば自壊しかねない。
「セルカ加工店のオーダーメイド品ですね……」
フィカト帝時代にギミックステッキ以外にも様々な機構を組み込んだ商品を出し『帝国最高の技術』を謳った工房、セルカ加工店。
百年前に攻城兵器の製作を無理やり押し付けられ、ノウハウもないのに他の工房からの嫉妬を一身に受けていたため支援も受けられず、事故を起こして取り潰しになったセルカ加工店だ。
当然、技術を継承した工房も職人もいない。オーダーメイド品のギミックステッキの仕様書など残っていないだろう。
チトセは老紳士を見る。
「確認しますが、どこかの工房に修理を依頼しましたか?」
「マティコ工房と言ったかな。他にもいくつか持ち込んでみたが、断られてしまった。ひとまずは宿り木の庭に持ち込んでみてほしいとも言われてしまったよ。ここなら何らかの新しい情報を得られるかもしれないから、と」
マティコ工房は宿り木の庭がよく修理をお願いする工房だ。チトセが仕事上で使うシーリングスタンプもマティコ工房が作ってくれた。
アンティークショップ宿り木の庭の店主、アシエラが認める凄腕の職人が匙を投げたのが、このギミックステッキなのだ。変な弄り方をすると自壊するのだから、慎重になるのも当然である。
「ギミックの詳細は記憶していますか?」
「もちろんだとも。曾祖父の代からの愛用品なのでね」
ギミックの詳細を聞くこと自体はさほど重要ではない。マティコ工房は詳細を聞いてギミックのおおよその仕掛けが分かっても手が出せなかったという情報が重要だ。
マティコ工房が宿り木の庭を紹介したのは『新しい情報』、つまり精霊がついていればそこからの証言が欲しいという意味だろう。
チトセも老紳士が語ったこのステッキのギミックは把握した。内部構造も当たりがつく。
店内にいる他の客の様子を見回す。机の前で引き出しの数と容積を相談している男女、揺り椅子を軽く突いて揺れ方を見定めている女性、燭台の列を熱心に見つめて宿り精霊から不思議そうに観察されている男性。ひとまず、すぐにカウンターに来ることはなさそうだ。
時間があるのなら、とチトセはステッキについている宿り精霊に目を向けた。
真鍮を思わせる光沢のある金髪、赤味が強い木材の薄片を繋ぎ合わせたような木目が浮いたドレスを着る宿り精霊がチトセを見上げる。
「ヤット、ミタワネ!」
「あまりここで話したくはなかったんだけどね」
チトセは小声で返す。
宿り精霊がついているということは大事にされた価値ある骨董品である証拠。中に何が入っているか分からないギミックステッキともなれば盗もうとする不埒な輩も現れる。
できれば修理や鑑定の名目で居住スペースの方に持ち込んで話し合いたかった。しかし、宝石などが入っている可能性があるギミックステッキの特性上、客の前から持ち出すのは気が咎める。
「サァ、キキナサイ! サクーミ、カッコイイノ!」
「サクーミ?」
「――呼んだかな?」
老紳士が口を挟んだことで、チトセは理解する。
この宿り精霊は持ち主が大好きなタイプだ。微笑ましいが、ギミックステッキの不具合に関して誰よりも詳しいだろうこの宿り精霊が持ち主の惚気を話し始めるのは止めてほしい。
「モノシズカ、シリョブカイ。ステッキダッテ、オトヲタテズニ、ツクノ! ナイスミドル!」
これは長丁場になりそうだと思いながら、チトセは紙を裏返して宿り精霊の惚気をさらさらと書き留めていく。
老紳士は不思議そうにチトセの綴る文字列を眺めていたが、次第に状況を察したらしい。
目を泳がせて悩み、何かと何かを天秤にかけた老紳士は意を決したように目線は合っていないものの、見えない宿り精霊に向けて呟いた。
「その、だね。この歳になると褒められるのは気恥ずかしいものなんだ。必要なことを、必要な形で言葉にして、伝えてほしい」
「キャー! カワイイ‼」
宿り精霊が悶え、チトセとエティは顔を見合わせる。
――面倒くさいよ、こいつら。




