第十一話 変わりゆく客層
ゆるやかに冬が迫ってくる。秋の涼しさは寒さとなり、吹きゆく風は湿気を含まず身軽さを誇るように速く吹き抜ける。
風の過ぎ去る音を聞く暇もないほど、宿り木の庭は繁盛していた。
「ミナッツォ王国製の皿……四点あります。いずれもタヤミィ地方の磁器の皿で値は張りますけど」
耐久性もさることながら鮮やかな発色を利用した豪華な絵が特徴的な磁器の皿を紹介する。
夏は静かだった店内には毎日数十名の客が訪れ、ミナッツォ王国やディグジニア協商連合の他、様々な亡き小国のアンティークを購入していく流れができていた。
印象的なのはどの客も極めて身なりが良く、やや威圧的であることだった。
「帝国向けの輸出品には興味がない。ここには三枚しかないが、残り一枚はどこにある?」
ミナッツォ王国人の訛りが顕著に交ざる客の言葉に、チトセは視線を棚の上にいる宿り精霊に向ける。
ミナッツォ王国製の磁器の皿についている宿り精霊だ。白磁のような白い肌に青藍色の翼を持つ上品な宿り精霊だが、とにかく口が悪く人の好き嫌いが激しい。
チトセの視線の意味を察した宿り精霊は透き通るような美しい顔をそむけた。
「ゲヒン、キライ、ウセロ」
これ以上見続けると延々と悪態をつき始めるので、チトセは客に向き直る。
「すみませんが、ついている宿り精霊が気に入ったお客さんにしかご紹介できません」
「なんだ、それは! 純粋な帝国人でなければ売らないとでもいうつもりか⁉」
「いえ、そういうわけではありません」
忙しいのもあって対応を間違えたと、チトセはいまさらながら反省する。四点あるなどと正直に言わなければよかった。
後悔しても後の祭りと割り切ってどうお帰りいただこうかと思考を巡らせた直後、宿り精霊がむっとした顔で立ち上がる。
「チトセノメイワク!」
磁器の宿り精霊が大声を張り上げても客には聞こえていない。しかし、店内の他の宿り精霊たちが一斉に注意を向けた。
「エイギョウ、ジャマ?」
「ワルモノ? オキャク? ドッチ?」
目に視えなくても店内の空気が変わったのが本能的に分かったのか、客が困惑したように店内を見回す。数十の視えない存在から一斉に警戒心を向けられ、危機感を覚えたらしい。
チトセは客に声をかける。
「少々お待ちください。みんなを落ち着かせますので」
「みんな……?」
この店がどういう店なのか、遠方から来た客は知らないらしい。
チトセは店内の宿り精霊たちに呼びかける。
「普通のお客さんだよ。心配してくれてありがとう」
「アブナクナイー?」
「大丈夫だよ。欲しい商品が買えなくて残念がってるだけだから」
「ダダッコ?」
「ワガママッコ?」
「ナンダー」
「ナンナンダー?」
よく分かっていない様子の宿り精霊に別の宿り精霊が説明してくれる。
宿り精霊が落ち着きを取り戻すと、店内の空気も柔らかくなった。
無意識だったのか、客が安心したようにほっと息をつく。息をついた自分に驚いたように口を閉ざし、客は苛立たしそうにツカツカと足音を立てながら足早に店の出入り口へ向かった。
「不愉快だ。二度と来るものか!」
「コドモダー!」
「バイバイ!」
欲しい商品が買えずにへそを曲げて出ていく子供じみた客と思った宿り精霊たちがきゃっきゃっと笑いながら手を振って見送った。
荒事に発展せずに済んでほっとしたチトセは店内に残るお客さんたちに頭を下げて、騒がせたことを詫びてからカウンターに戻る。
肩の上でエティが警戒を解く。
「客層が悪くなってる」
「アシエラさんは一過性だって言ってたけどね」
最近のお客は帝国が侵略した支配地域からの客ばかりになっている。彼らの目的は故郷から略奪された――と彼らが考えている文化物の回収だ。
各地で開催されていたイベントで貴族や豪商が資金に物を言わせて買い取った品なども対象になっており、そういった品の窃盗事件も何件か帝都内で発生しているらしい。
卑劣な手段で文化物を奪った帝国人、という見方をしているせいで威圧的な客が多く、宿り精霊に拒否されている事実を伝えると暴力に訴えようとする客もいる。
つい二日前にもサウベリア系のお客がチトセに暴力を振るおうとして怒ったエティや店の宿り精霊たちに叩き出された。衛兵が駆けつけるほどの大事になってしまい、いまだに宿り精霊たちもピリピリしている。
雪が降る頃になれば交通の問題で客足も落ち着くと思うが、今年は例年よりも気温が高く雪の気配がいまだにない。
チトセが先ほどの失敗を思い返して反省点と改善点を洗い出していると、カウンターに若い夫婦が立った。
「これ」
ぶっきらぼうな口調で商品をカウンターに置く夫婦に、エティがわずかに怒気を発した。
チトセは無礼な態度には反応を示さず、料金を受け取って見送る。
子供の店員だからと舐められているのは自覚しているが、客と揉める気はない。
若夫婦と入れ替わるように新しい客が入ってきた。
次の瞬間、店内の空気が張り詰めた。
宿り精霊たちは完全な無反応だ。反応を示したのはすでに店内にいた客たちの方。
新しい客は一人の老紳士だった。
明らかにディッセラ帝国貴族の風貌の老紳士に、店内にいた客たちが顔をしかめる。彼らからすれば、自らの故郷を侵略し、文化物を略奪したディッセラ帝国の上流階級は悪党の幹部のように見えるのだろう。
だが、老紳士は店内の空気に気分を害した様子もない。
老紳士は一本のステッキを持っていた。チトセは老紳士のステッキを見て、小声でティ・キーとシャンジに話しかける。
「みんなで協力して、あのお客さんが絡まれないように他のお客さんの動きを調整できない?」
「ふむ……やってみよう」
「ティ・キーに任せるわ。俺はあっちの宿り精霊と話してくる」
ティ・キーが店の宿り精霊たちに声をかけて店内に微風を吹かせる。客たちは顔に当たる微風を避けて立ち位置をずらしたり、向かう先を微調整していく。
精霊が視えないあの客たちは誘導されていることにも気付かないだろう。
その間にシャンジが老紳士のステッキへ飛んで行った。ステッキの柄頭に座っている宿り精霊がシャンジを見上げて一言二言会話し、頷く。
シャンジがチトセを見て親指を立てた。交渉成立したらしい。
チトセは安心して肩の力を抜いた。
持ち主を気に入っている宿り精霊は怒らせると怖い。
エティも昔は裏町のチンピラを丸坊主にしたり、服を切り刻んだことがあった。
懐かしいな、と物騒な思い出に浸る間もなく、老紳士がカウンターの前に立つ。
「このステッキの修理を頼みたい」




