第八話 コーンルズ子爵夫人
静かに、しかし確実に秋が近付いていた。
肌寒い店内に身を震わせたチトセの前で宿り精霊たちがダンスを踊っている。建国祭のパレードを真似するのが宿り精霊たちの中で流行っているのだ。
「ひざ掛けはたしかここに」
カウンターの後ろにある棚の一番下の引き出しを漁り、チトセはひざ掛けを取り出す。この羊毛フェルトのひざ掛けがあれば冬までは持つだろう。
いつ衣替えをしようかと考えていると、まだ朝早い時間だというのに客が来店した。
「いらっしゃいませ」
いつも通りに声をかけて、チトセは客を見た。
一目で帝国貴族だと分かった。余裕のある柔和な眼と童顔で年齢がよくわからないが、質素に見える服は細部まで金がかかっている。スカートの裾に施された上品な刺繍やシンプルなイヤーカフなどのセンスは帝国貴族女性の直近の流行だった。
貴族女性は丁寧な所作で店の扉を閉め、音もたてずにカウンターに歩いてくる。
「アシエラさんはいらっしゃいますか?」
「はい。裏にいますよ。呼びましょうか?」
「お願いします」
帝国貴族にしては威圧感がない。むしろ、外見通り柔らかな印象を受ける。
チトセは立ち上がり、住居スペースを覗いてアシエラを呼ぶ。
「お客さんが会いたいって」
遠方の同業者からの相談に答える手紙を書いていたアシエラが顔を上げる。
「ちょっと待ってもらって」
「分かった。でも、早めに来てね」
上流階級であることをかさに着ない貴族は珍しいが、待たせていい相手でもない。
少し不安に思いつつ、チトセは店に戻った。
貴族女性は薄く微笑みながら店内を見回している。精霊が視えている様子はない。アンティークが並ぶ店の雰囲気を純粋に楽しんでいるようだ。
宿り精霊たちも貴族女性が店の雰囲気を楽しんでいるのが分かったらしく、周囲を飛び回ったり集団で踊ったりしている。
チトセがカウンターに戻ると、横長の木製ケースが置かれていた。こんなものあったっけ、と首を傾げると、カウンター横にいたシャンジが教えてくれる。
「さっき、執事っぽいのが音もなく入ってきて置いていった」
「入り口の呼び鈴は?」
「微かに鳴ったぜ。護衛を兼ねてるんだろ。暗殺者っぽかったけどな」
「――お嬢さん、精霊が視えるのかしら?」
貴族女性がチトセを見て好奇心旺盛な少女のように目を輝かせた。
目の前で虚空と話していれば、店の性質も相まって察しが付く。近所では有名な話なので、チトセもいまさら隠す気がない。
かといって自慢することでもないので、チトセは無言で頷いて木製ケースに向き直った。
「こちらは?」
「あら、ごめんなさい。そうね、見てもらった方が早いわね」
貴族女性は照れたように笑うと木製ケースを開けた。
木製ケースの中に綺麗に整列しているのはカーテン用飾り紐、タッセルだった。
タッセルは計七組あり、豪奢なものから質素なものまで様々。さらに真鍮製の重厚感がある紐留め、ヘッド部分が別に五組ある。
貴族だけでなく大物商人や高級宿などにも需要があるタッセルは比較的手堅い商品だ。こだわる人はしっかりとこだわることもあって、宿り木の庭でも必ず在庫を抱えている。
そんな事情もあってそれなりにアンティークやヴィンテージのタッセルを見ているチトセの眼にも、木製ケースに収められているタッセルが貴族向けの高級商品であること、百三十年前に作られたヘッド部分に飾り紐を付け替えてきたものなのが分かった。
傷んでしまう飾り紐の部分を取り換えるのは当然なので、どのような飾り紐がこのヘッドに合うのかなどの解説書もついていた。文字が読めない使用人でもわかるように詳細なイラスト付きだ。
肝心のヘッド部分は彫金が施されており、小さなターコイズなどの宝石があしらわれた物もある。錆なども見受けられない。解説書に手入れの仕方が書かれている影響だろうか。
住居スペースから足音がして、アシエラが店に顔を出す。
アシエラは貴族女性を見るなり親しみの籠った笑顔を浮かべた。
「コーンルズ子爵夫人じゃないか。久しぶりだね。領地に戻るの?」
知り合いらしい気楽な挨拶にコーンルズ子爵夫人は嬉しそうに笑う。
「お久しぶりです。少しきな臭くなってきたから、子供と一緒に領地の屋敷に戻るように夫が勧めてくれまして……。今の屋敷も売り払うことになって、家具の類を少しずつ処分しているところなんです。秘密でお願いできますか?」
子供がいるのか、とチトセは驚いてコーンルズ子爵夫人を見上げる。ぎりぎり十代でも通用しそうだ。子供が何歳かは分からないが。
アシエラも驚いたのか、カウンターへ入りながらコーンルズ子爵夫人に聞く。
「子供ができたの? 何歳?」
「今年で七歳になります。長く子供ができなかったから夫も子煩悩で、子供と一緒に悪さをして執事に叱られる始末です」
「はははっ、きっといい思い出になるよ」
笑いながら、アシエラはタッセルのセットを手に取って観察する。
「十二年前に売ったセットだね。大事にされてる」
木製ケースを閉じたアシエラはコーンルズ子爵夫人に買取希望額を聞いたうえで希望額そのままで買い取った。
「他にも家具が残っているなら、買取に出向こうか?」
「助かります。護衛の関係で冬には帝都を出たいので」
「では、三日後に向かおう」
コーンルズ子爵夫人と予定を詰めて、アシエラは珍しく店の外まで見送って戻ってきた。
チトセはタッセル入りの木製ケースを店内倉庫に入れてカウンターに戻る。
「さっきの人、コーンルズ子爵夫人だっけ。常連客だったの?」
アシエラは懐かしそうに目を細めて頷いた。
「一時はお茶会の度に調度品の相談に来ていた子でね。いつの間にか子供ができていたのは驚いた」
時が経つのは早いと呟き、アシエラは店内を見回す。
「それにしても、少し困ったことになったね。貴族社会が予想よりも大分荒れてるみたいだ。チトセちゃん、アンティークのセットの買取は慎重にしてね」
「困ったらアシエラさんを呼べばいい?」
アシエラは店内に飛んできた孵化精霊を目で追いながら頷いた。
「当面はそれでいいけど、孵化妖精が増えてきたから一度里帰りをしないといけないんだよ。里の大祭もあるし、しばらく留守にするかもしれない。それまでに一人前になって」
「私はただの店員だよ?」
「じゃあ、勉強しようか」
紙を渡されて、チトセはアシエラから歴史の講義や貴族向けティーセットなどの資料や説明を受けることになった。




