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物に宿る精霊が見えるのでアンティークショップで働きます  作者: 氷純
第二章 混乱期編

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第七話  ケアンのシェルカメオ

「いらっしゃいませ――なんだ、エルタか」

「なんだとはご挨拶だな」


 ザンコ・ネミアン監修の品を探す男性から前金を受け取ったその日の午後、チトセは店にやってきたエルタを見て椅子に座り直した。

 夏の初めに両替商ハッテに倉庫を貸して以来、エルタは担保として出された品を度々持ってくる。


「担保価値があるかどうか鑑定してくれって、師匠が」

「いつものね」


 エルタがカウンターに担保を置く。

 一目見て、チトセは目を見開いた。


「ちょっと、いくら貸すつもり?」


 カウンターに置かれたのはシェルカメオだ。手のひらにすっぽりと収まるサイズの貝殻に浮き彫りが施されており、一部には透かし彫りが入っている。

 特徴的なのは透かし彫り部分。極力強度を残しながらより強い陰影を作るために要所に施されるその透かし彫りは二百年近く前にディッセラ帝国のアルディソート工房が開発した技法だ。台座にはきちんとアルディソート工房の職人の銘が入っている。 

 その銘が問題だった。


「贋作じゃないね。本物のケアンの作品だよ」


 アルディソート工房の職人、ケアンはたった五年しか活動しなかった天才職人だ。こだわりが強すぎるあまり工房長と大喧嘩して失踪。その後の消息は不明だがケアンの作品と思われる彫刻が度々市場に出てくる。

 作品の一部は帝国博物館に所蔵されるほどの人物であり、その未発見の作品となると迂闊な値を付けられない。

 少なくとも、借金の担保にするような品ではない。


「これは私だと値付けできないよ。シャンジ、アシエラさんを呼んできて」

「もうティ・キーが行ったよ」

「いつのまに」


 宿り木の庭に来て長いティ・キーはチトセの手に負えないとすぐに判断してくれたらしい。

 チトセの肩の上でエティが不満そうに呟く。


「俺が宿ってた短剣の方が凄いもん」

「当たり前でしょ」


 カウンターの上のカメオは間違いなく最高級の美術品だが、値段を付けられないわけではない。

 一方、エティが宿っていた短剣は正真正銘のサウベリア王家のレガリアだ。国宝クラスで値段も付けられない。

 単純に比較対象にはならないのだ。


 チトセと精霊たちの会話が一段落したのを察したのか、エルタが話しかけてくる。


「アシエラさんはどれくらいで来る?」

「近所の喫茶店の相談を受けに行っているだけだから、すぐに戻って来ると思うよ」


 店の雰囲気を壊さないようなアンティーク照明が欲しいという相談を受けて、アシエラは出かけている。時間的にも相談そのものはもう終わっていてもおかしくない。

 エルタはカメオに視線を落とす。


「それの価値は師匠も分かったらしくてさ。客に何度も本当に担保にするのかって聞いてた」

「ハッテさん、アシエラさんの弟子だもんね」


 アンティークショップでの弟子ではなく魔法を教わっていたらしいが、宿り木の庭に住み込みで教わっていたとも聞いている。その間にアンティークの知識を得たのだろう。


「客が言うには必ず買い戻すから絶対に転売なんかされない、盗まれる心配もない相手でないと担保として出せないって。そうまでしてでも当面の金が要るみたいでさ」

「お客さんも価値は知っていると。来歴が気になるけど、詮索はダメだよね」


 失踪後の作品ならともかく工房在籍時の作品は珍しい。ただ、チトセの個人的な感性では失踪後と思われる作品の方が奔放で好きだ。

 それはそれとして、いい機会だからと虫眼鏡で観察しているとエルタが世間話を振ってきた。


「最近、貴族のお客もちょくちょく来るんだよね」

「貴族が? そういうのって大きな商会に行くものだと思うけど」


 貴族であってもお金を借りること自体は珍しくない。だが、まとまったお金を借りる以上、ハッテのように個人でやっている金貸しからちまちま借りるような真似はしないはずだ。

 不思議に思うチトセにエルタは言う。


「お忍びだけどな。執事見習いっぽい奴とか、ベテランのメイドがくる」

「なるほど」


 主の代理で来ているかどうかは担保を見れば察しが付く。貴族が雇い人に少しずつ換金させているのだろう。


「上の方で頻繁にお金やモノが動いてるんだろうって、師匠が言ってた」

「皇太子が死んじゃって後継者争いしてるって聞いたから、それ関係かな?」


 貴族を相手に商売している大手の商会で担保を差し出しお金を借りると、どこから貴族社会に話が漏れるか分からない。資金繰りが厳しいのではないか、などと勘繰られるのは困る。

 だから、貴族との繋がりがないハッテのような個人の金貸しから借りたのだとすれば、筋は通る。

 エルタが質問する。


「それでさ、アンティークを売りに来る貴族の客って来てる?」

「お客さんの情報は話せない」

「ハッテ師匠も知りたがっててさ」

「ならアシエラさんに聞いたら?」

「教えてくれないじゃん」

「私も教えない」


 断固として譲らないチトセを見て流石に諦めたのか、エルタはがくりとうなだれる。

 しかし、エルタは抜け目なく考えたうえで質問を変え、その金の瞳でチトセを見つめた。


「じゃあ、質問を変えるよ。いまの貴族社会で需要が高まってるアンティークってなに? 担保の選定の参考にしたい」

「個人経営のアンティークショップに貴族社会の情報があるわけないでしょ」

「あるだろ、宿り木の庭なら」


 エルフが経営するアンティークショップ。帝都最古の店とも呼ばれて相応に格式があるため貴族も訪れることがある。

 なにより、宿り精霊がついたアンティークが数多く売られているため、護身用に買いたがる上流階級も多い。

 確信を持って見つめてくるエルタの金の眼に根負けして、チトセは答える。


「その眼で見つめられるの、本当に苦手なんだけど。……基本的にはガラス製の食器とか、銀製品。ただし、ディッセラ帝国製かディグジニア協商連合製に限るってところかな」


 もっと細かい話もできるが、アンティークに関する知識がないと理解が難しい。建国時の逸話をモチーフにした小物なども人気があるが、こちらは担保として出すと帝室に対する不敬だと言われるのでエルタやハッテが目にすることはまずない。


「アシエラが言うには、後継者争いの一環で社交パーティが頻繁に開かれているから、食器類は需要が高まってるんだって」

「あちこちに影響が出てるなー」


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