第六話 ディグジニア協商連合花祭り
夏の終わりを感じさせる少し肌寒い風が吹いていた。
「そろそろ衣替えしたほうがいいよ」
エティがチトセの服を引っ張りながら言う。
「コロモガエー」
衣装箪笥についている宿り精霊がどこからかふわふわと漂ってくる。衣替えの季節に取り換える防虫剤の匂いが好きらしい。
チトセは宿り精霊たちの流行が過ぎ去ったバックギャモンのボードを店の棚に置く。
カラン、と店の扉が開く音がして、チトセは反射的に振り返った。
「いらっしゃいませ」
店に入ってきたのは身なりのいい中年男性。すらりとした体形を強調するような服も胸ポケットから覗く懐中時計の銀の鎖も洗練されたセンスが窺える。
だが、帝都の流行ではない。地方貴族か支配地域の大物商人といった風体だ。
男性は教養の高さがうかがえる美しい会釈をしてチトセに歩み寄る。
「ザンコ・ネミアン監修のプレスドガラス製品は置いてないかね?」
百年ほど前に旧ディグジニア協商連合で活躍した建築家ザンコ・ネミアン。
薄く繊細な吹きガラス製品ではなく型に流し込んで成形する重厚なプレスドガラスを好み、自らデザイン監修した製品まで作っている。
窓から差し込む光を透過してテーブルや壁に描き出す模様が極めて美しく、当時から人気があった製品だが、ザンコ・ネミアン没後五十周年が近くなった昨今はさらに需要が増えている。
チトセは店の中に目を向けた。宿り木の庭に現在陳列されているのは灰皿やケーキスタンドだ。
「こちらです」
「ありがとう」
「この他の在庫にオブジェと花瓶がありますが、お見せしましょうか?」
陳列品を見て少し残念そうにした男性を見て、チトセは提案する。陳列品は状態こそ万全だがよく探せば見つかる製品なのでコレクターには響かないのを知っているからだ。
「オブジェ?」
男性の眼つきが変わる。
実用品と異なり、オブジェは製造数が絞られていた。花瓶は鑑賞者の目線の高さを考慮してやや高い場所に置かれる場合が多く割れや欠けで現存する完品が少ない。
「ガラスの靴、西方ハナカリ神話の女神像各種などです」
男性はチトセの様子を窺うように質問する。
「君のような少女にこの質問をするのは憚られるのだが、ディグジニア協商連合花祭りの二弾はあるかね?」
店にいる古株の宿り精霊が呟いた。
「ヘンタイダー」
チトセは一切表情に出さず、こくりと頷く。
「ございます。当然、店頭には出していませんが」
「見せてほしい」
「少々お待ちください」
チトセは一礼して、カウンターの上で子守歌を宿り精霊に聞かせているシャンジを振り返る。
「店番をお願い」
「あいよー」
精霊のシャンジは客に見えないため接客はできないものの、防犯として目を光らせてもらうことはできる。
別の客が来ないうちにと、チトセは足早に店内倉庫に続く扉を開けて中に入る。
いつも通りに肩に乗っているエティがチトセに聞いた。
「なんで変態なんだ?」
「そっか。あの時、エティは孵化途中だったっけ」
倉庫の奥にある木箱を引っ張り出し蓋を開ける。
中に納まっているのはチトセの肩幅より少し大きい革のケースだ。その中にディグジニア協商連合花祭りの第二弾作品が入っている。
「とてもエッチなガラスのオブジェでね。エッチなのは売れるから、ディグジニア協商連合はそのあたりが大らかだったんだって」
異性、同性、動物同士さえテーマに製造されたディグジニア協商連合花祭りは第五弾まである。第五弾ともなるとネタが尽きたかザンコ・ネミアンが暴走したのか、灯台と空という意味の分からないものまである。
ガラス細工が収められているだけあってそれなりに重量がある革のケースを持ち上げる。
「エティ、ティ・キー、一緒に持って」
「分かった!」
「うむ」
精霊魔法を発動して重量を軽くし、一人と二体で革のケースを持ち出す。
倉庫を出るチトセを、客の男性が期待を隠しきれない表情で待っていた。
「おぉ! ケースまで!」
この革のケースも発売当時に収められていたものだ。ザンコ・ネミアン監修でこそないが、ディグジニア協商連合の有名な工房で作られた品である。
飾り気がほとんどないそのケースの真贋を一瞬で見抜けるほど熱心なコレクターらしい。
ケースを開けて中を見た男性は「ほぉー」と感嘆の声を漏らした。
「素晴らしい保存状態だ。胸の奥深くに膨らみ湧き上がるこの情動と感動を如何に表せばいいのか」
第二弾は調子に乗ったのか直接的なんだよね、とチトセは気まずくなって視線を逸らす。
「お嬢も思春期か……」
「思春期ってなんだ?」
「エティよ、夜に教えてやろう。アシエラも詳しいのでな」
「おう、分かった!」
おそらく精霊が視えないだろう男性の前では二体の精霊をたしなめることもできず、チトセはティ・キーをそっと睨む。
ティ・キーは素知らぬ顔で宿り精霊たちの相手をするべく飛んで行った。
そうこうしているうちに感動の波を抜けた男性が財布を取り出す。
「いくらかな?」
需要が高まっているザンコ・ネミアン監修の作品とはいえ、このオブジェは例外的なまでに発売数が多い。
チトセが告げた適正価格に、男性は一瞬動きを止めた。
「ずいぶんと安いようだが……?」
「セット売りでの適正価格です」
第二弾のケース付きでセット売りの適正価格。この手の商品はばら売りや歯抜けで値段が大きく変わるのもあって適正価格が分かりにくい。熱心なコレクターほど高く見積もりがちなのもあって吹っ掛けられる。
宿り木の庭は店主のアシエラの方針もあって吹っ掛けることはしないので、チトセは正直に適正価格を告げただけだ。
店員の前で「思いの丈を叫ぼうにも語彙を持たない」という趣旨の発言をする迂闊な男性が今までの店でどれほどの金銭を払ったかは想像に難くない。
男性はなぜか感動したらしく深く頭を下げた。
「ありがとう。……第五弾もあるかね?」
「第一弾から第五弾までケース付きの完品があります」
「……取り置きはできるのかな?」
「こちらの商品ですと前金を支払っていただければ一年取り置きできます」
「手続きをお願いしたい」
早速カウンターへと軽い足取りで向かう男性に、宿り精霊が合唱した。
「ドヘンタイダー」




