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物に宿る精霊が見えるのでアンティークショップで働きます  作者: 氷純
第一章 帝政期編

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第九話  オルゴール人形

 店の入り口前を掃き清め、入り口に釣り下がっている呼び鈴の紐を取り換える。

 風雨にさらされて色褪せた組紐は流石に使い道がないので捨てるしかない。

 チトセが組紐を手のひらの上に置いて眺めながら店に戻ると、アシエラがカウンター上にいる孵化精霊と話をしていた。


「そっか、屋敷が取り壊されたのね」


 アシエラが残念そうに呟くと孵化精霊が頷く。

 店で見たことがない孵化精霊だ。モザイクガラス状の六枚の翼を生やした人型でチトセを振り返った顔は中性的で美しい。濃紺色の燕尾服がやけに様になる落ち着いた動きで振り返った孵化精霊は優雅に一礼した。


「ガラ・マカと申します。エルフの里へ赴くためまかり越しました」

「はぁ、どうも」


 宿り木の庭の客は人間だけではないと知っていたが、実際に孵化精霊が訪ねてくると反応に困る。チトセが孵化精霊にしてあげられることはない。

 チトセはアシエラに質問する。


「エルフの里にはいつ頃行くの?」

「三年後か五年後か、かな」

「気が長いね」


 それまで待てるのかと聞く前に、ガラ・マカは六枚の羽をシャランと鳴らしてカウンターから飛び立つ。


「意外と早いのですね」


 エルフと孵化精霊の時間感覚についていける気がしなくて、チトセはゴミ箱にボロボロの組紐を捨ててカウンター裏の椅子に座る。

 アシエラがガラ・マカを手で示し、チトセに話す。


「ガラ・マカはガラス細工で有名なディグジニア協商連合で作られた扉に付いていたんだよ」


 ディグジニア協商連合は南方の海にあった都市国家群の総称だ。

 チトセはアシエラに教わった歴史を思い浮かべる。


 海洋民族との交易を通じて栄えたディグジニア協商連合はそのほかの周辺国と同様、ディッセラ帝国に滅ぼされる。商人の権限が強い国だったが、ディッセラ帝国に攻め込まれた際には有力商人たちが我先にと逃げ出したため、たったの一か月ほどで攻め滅ぼされてしまった。

 この経緯から旧ディグジニア協商連合地方は商人に対する風当たりが非常に強い風土となり、工房が林立、職人が多い町となっている。また、ディッセラ帝国に反感を持ち、最後まで戦っていた商人たちは海賊として活動しているらしい。


「屋敷が取り壊されたって話してたけど、昔の有力商人の屋敷とか?」

「よくご存じで。腰抜け腑抜けのだらしない男が最後の家主でございました。海賊に身をやつし、仲間割れを起こして吊るされたとか。あの臆病な神経質男が仲間と喧嘩して死ぬとは、海の上で少しは成長していたようですな」

「ガラ・マカがその人が嫌いなことはよくわかったよ」


 にこにこ笑いながらすらすらと罵倒を重ねるガラ・マカにアシエラが笑いをかみ殺している。

 ガラ・マカはチトセの傍に飛んでくると、エティとは逆の肩に腰かけた。

 エティが少し不満そうな顔をする。


「クルナ。チトセニ、ヨルナ」

「失敬。初対面のレディとの距離間ではございませんでしたな」


 エティに追い払われてシャランと音を立てて飛び立ったガラ・マカは店の入り口を指さした。


「それはそうと、お客人です。もてなしますか?」

「多分、視えないと思うよ?」

「姿が視えずとも歓迎する手法はありますとも」

「余計なことしないで。怖がられるから」


 ただでさえ、エルフが経営する店ということで敷居が高いと感じられているらしいのに、孵化精霊が好き勝手をしたらさらに怖がられる。

 店の入り口が開き、吊り紐を変えたばかりの呼び鈴がカランカランと軽快な音を立てた。


「――いらっしゃいませ」


 チトセは声をかけて客を見る。

 この店では珍しい若いお客さんだった。二十代の半ばの女性だ。

 珍しいと感じたチトセの感覚は間違いではないようで、女性はおどおどと慣れない様子で入り口をくぐる。


「え、エルフ……」


 カウンターにいるアシエラを見て気後れしたのか、腰が引けてしまっている。

 回れ右しそうな客と目が合う。エルフよりは人間のしかも子供の自分は親しみやすいだろうと思った時、チトセはふわりと後ろ髪が持ち上がるのを感じた。


「……ガラ・マカ、髪を持ち上げないで」


 後ろを見るとガラ・マカがチトセの髪を持ち上げて天井に飛ぼうとしていた。


「こうした突拍子のないことが起きますと、お客人は帰りませんので」

「混乱しているだけでしょ。やめて」

「ヤメロ」


 エティの援護もあって、ガラ・マカはチトセの髪から手を放す。

 チトセは客に向き直った。


「お騒がせしました。どうぞごゆっくり見て回ってください」


 笑いをこらえているアシエラを横目でにらみ、チトセはふぅと息をつく。

 精霊が視えないらしく目を白黒させていた客は遅れて状況を察したようだ。緊張がほぐれたように小さく笑ってカウンターに歩いてくる。


「すみません、こちらの修理をお願いできますか?」


 客は鞄から一体の人形を取り出した。

 弦楽器を持った優雅な女性を模した人形だ。精巧に作られているのがよくわかるが、チトセとアシエラの目を引いたのはカウンターに置かれた際の音だった。

 見た目よりも重い音と、振動で動いた人形の手がわずかに鳴らす弦楽器の音。

 服で隠れているが、人形の腕は稼働するようだ。


「祖母から譲られたアンティークのゼンマイ式オルゴール人形なんです」

「久しぶりに見たね。貴族の間で一時的に流行ったサウベリア王国のオルゴール人形だよ」


 アシエラは感心して、客を見る。


「修理してほしいとのことだけど、音が鳴らないのかな?」

「はい。腕がうまく動かなくなっていて」

「ゼンマイが切れたのかな」


 アシエラが人形を手に取り、服を脱がす。チトセの見立て通り、腕の部分が稼働するようになっていた。

 背中のパネルを外すと、中には単純な機構が入っていた。アシエラがカウンターに置いたパネルは木製で湿気取りを兼ねているらしい布地が裏に貼られている。


「ゼンマイは無事だね。どこだろう」


 アシエラは目を細めて中を見つめる。

 チトセは人形に既視感を覚えていた。


『――人形、見るか?』

 しわがれた声を思い出す。

 あの時、育ての親のデポッサは食器を洗っていたチトセを後ろから覗き込むようにして、無表情に人形を突き出してきた。

 プレゼントをするわけでもない。闇市に流れてきたゼンマイ式のオルゴール人形を修理して売りに出す前に見せてきただけ。

 裏町でそんな高価な人形を持っていても狙われるだけだから当時のチトセも欲しいとは思わなかった。

 ただ、デポッサは床に座って人形をチトセに向け、不器用に中の仕組みを説明し始めた。

 あの老人は人形遊びに付き合うような人間性などしていなかった。どこかが壊れやすいのか、替えの部品をどうやって調達してきたか。そんな話ばかりを長々と話して、チトセに人形を渡ししばらく遊ばせた後、売りに出ていった。

 不器用なりに、義理の娘と遊んだつもりなのだろう。


「――そこの歯車、歯が欠けてる」


 デポッサの言葉を思い出しながら横から覗き込んだチトセが口を挟むと、アシエラが人形を傾けてチトセに中身が見えるようにする。


「どこ?」

「ゼンマイで伝えている動力を直接渡している赤く染色がされた歯車」

「……あ、本当だ。ちょっと隠れてるのによくわかったね」

「昔、デポッサが似たようなオルゴールを直してたから」


 アシエラに応えながら、チトセはカウンター横の棚の引き出しを開ける。中はいくつかの小部屋に区分けされ、歯車が大きさ順に並んでいる。暇なときに中身を確認していたため、チトセは迷わず歯車を一つ取り、アシエラに差し出す。

 アシエラは少し考えた後、チトセの前に人形を置いた。


「チトセちゃんが直してごらん」

「……お客さんがいいなら、直す――直しますけど」


 宿り木の庭の店主はアシエラだ。客もアシエラを目当てにしてきているはずで、十歳そこらの子供に修理を任せたいとはふつう思わないだろう。

 チトセが見上げると、客は胸の前で手を組んで小さく何度も頷いた。


「よろしくお願いします」

「……分かりました」


 カウンターにフェルト生地のすべり止めを敷き、取り外した歯車などを丁寧に並べていく。摩耗しやすい歯車は取り外しが容易になるよう配置する気配りからも、この人形の製作者の腕が窺える。

 分解を進めていたチトセは機構の奥に妙なものを見つけて手を止めた。

 小指の爪サイズの青い石が入っている。人形の中に紛れ込むにしてはやや大きい。念のため、慎重に取り出してみるが、機構に組み込まれていたようには見えない。


「あ……それ……」


 客が青い石を見て驚いたように呟いた。

 チトセは布の上に青い石を置いて、客を見る。


「心当たりがありますか?」

「幼い頃に川原で見つけてお祖母ちゃんにあげた物です。なんでこんなところに……」


 不思議そうな客だが、この石は人形に自然に混入する大きさではない。明らかに意図して封入されている。

 アシエラが青い石を見て口を開いた。


「サファイアだね。孫娘から贈られた大事なものだから、なくさないように人形に入れたのかな」


 アシエラの推測に納得して、チトセは歯車を交換して機構を組み直しにかかる。


「このサファイアはどうしますか? また中に入れておきましょうか?」

「えっと、少し考えさせてください」


 祖母から贈られた思い出の人形を修理してもらったら別の思い出の品が出てきて戸惑っているようだ。

 チトセはアシエラに声をかける。


「空座のイヤーカフがあったよね?」

「真鍮製のシャビーだね。持ってこようか」


 おおよそ四十年前に作られた真鍮製のイヤーカフをアシエラは店の奥から持ってくる。シンプルなデザインであまり買い手がつきそうにないからと仕舞い込まれていたものだ。

 サファイアの大きさからしてもちょうどいい台座になる。

 客も興味があるのかイヤーカフとサファイアを交互に見ている。


 そうしているうちに修理が終わり、チトセは人形の背中にパネルを嵌めた。

 ゼンマイを巻くと、人形が滑らかに動き出す。静かな曲調の民謡が流れた。


「修理が終わりました。どうぞ」

「ありがとうございます。こんなに早く直るなんて」

「たまたま歯車があったからです」


 取り寄せることになれば数週間はかかっていたはずだ。

 アシエラが領収書を書いていると、客がおずおずとイヤーカフをチトセに差し出した。


「これも、買いたくて……あの、いくらでしょうか?」

「ディッセラ帝国銅貨で二枚だったと思います。アシエラさん、あってる?」

「あってるよ」

「石の加工はできないので、工房を紹介しますね」


 紹介状を取り出して、チトセはアシエラに回す。

 代金を払って紹介状をもらった客はぺこぺこと何度も頭を下げて店を出ていった。

 客を見送ったチトセが布を畳んでいると、アシエラに頭を撫でられる。


「……なに?」

「良い接客だったから誉めようと思ってね」

「ガラ・マカといい、なんでみんな髪を触るかな」


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