19-3
良い運気を運ぶ我は己にも良い運気をもたらすようだ。
今、我はユグドラシルの樹の麓にいる。
死霊どもは我を祭壇のような高く盛ったところに置いて、膝を付き大きく腕を持ち上げるとそのまま額と両腕を地面に付けることを何度も繰り返した。
これは何度もやられたことがある、人間の祈りのかたちだ。
死霊どもが額を地面に付けている間に我は小さくなってそのまま祭壇の裏に移動しユグドラシルの根の陰に隠れた。
死霊どもは我がいなくなったことに気が付いてないようだった。
このままユグドラシルに登ってワンコロ様のために一振りの枝を採ることにしよう。
我は決心して死霊どもに見つからないような根の襞の陰に隠れるように登ろうとしたが、我の行先に我に似た丸い形の薄汚れた緑の玉が居る。
ちょっと酒臭いので杉玉の精霊か何かかもしれん。
酒蔵の軒先に吊り下がった杉玉がどうしても酒が飲みたくて化けてでたのだろう。
我の高貴さには勝てぬわ!
薄汚れた杉玉を無視して我は上に登ることにした。
えっほえっほと我は上に登る。
えっほえっほと杉玉も上に登る。
杉玉が煩わしいのでわざわざ難しいところを通る。
小さくならねば通れぬような狭い隙間を通ったり高く飛ばなければならぬ枝に飛び乗ったり、
杉玉はふらふらしながらやっとのことでついてきているようだった。
ついて来なければよいのにと思うのに杉玉はなんとかついてきている。
酒に酔っているのであろうかふらふらしている。
酔っぱらいの戯れだな。
我は杉玉を気に掛けずどんどん登る。
樹の枝、樹の瘤、いろんなところを使って登っていく。
細い枝の先まで進んで枝を揺さぶり反動をつけて高くジャンプする。
同じ枝に乗っていた杉玉は揺れる枝に必死でしがみついているようだった。
揺れが収まり、杉玉も同じように枝を揺らして高くジャンプしたが、高さが足りない。
杉玉はそのまま届かず落ちていく。
ほんの気まぐれで、我は杉玉を瞬間移動で我の隣に移動させた。
本当に気まぐれだ。
杉玉は大きくなったり小さくなったりしているが我は気にせず先を急いだ。
かなり高いところまで登ったようだ、地面が瘴気で見えないところまできた。
この辺りは人間界に近いからか瘴気が薄い。
ワンコロ様が華麗に振り回していた刀の鞘に使えそうな大きさの枝を探す。
家主も世話になっているし、ワンコロ様のお師匠様もワンコロ様が常日頃お世話になっているからお二人にも使えるような大きさを探す。
娘が嫉妬するといけないからなと、珍しく咲いていたユグドラシルの花の枝を手折った。
―痛い―
どこからともなく声が聞こえた。
我は気にせず手折った枝に保存魔法をかけ空間魔法で収納した。
この辺りの枝でも持って帰ろうと|ユグドラシルの枝を切ることにした。
枝といっても元々が大きい樹だからかなりの太さだ。
加工好きの家主がみたら喜ぶだろうと、力を込めて枝に切り込みを入れようとした。
―痛い!痛い!―
先ほどよりも大きな声が聞こえた。
―痛いっていってるじゃないの精霊の子―
どうやら|ユグドラシルが我に話しかけているようだ。
だが、我は思考はできるが喋られぬ。
残念だったな、と声を無視して更に枝に切り込みを入れた。
―やめて!今、私はあなたの思考に呼び掛けているの。
だからあなたの思考も伝わっているわ。
あなたの大切な人たちのために私を傷つけようとしていことはわかっているわ。
でも、私、そろそろ生きられないの。
あなたが私を傷つけたら、あと数年で枯れてしまう。
もう限界だから枯れるのが早くなるだけだけれど、お願い。
せめてもう少しだけ生き延びさせて。
まだやってみたいことも見てみたいこともたくさんあるの。―
我とて鬼ではない。
とりあえず我に纏わりついている汚れと穢れを凝縮し亜空間へ収納する。
きっとワンコロ様が憧れてくださるような華麗な変身で漆黒から真白になった。
洗濯洗剤でもここまで綺麗にならぬだろうよ。
我は綺麗になった体で|ユグドラシルに加護と魔法をかける。
キラキラと金色に輝く粉が枝葉に降り注ぐと、黒ずんでいた葉が濃い緑色になり枝はみずみずしくしなるように反った。
こんなもんでよいだろうと、我は思いっきりすっぱりと枝を切ってすばやく亜空間に収納した。
切断面には回復魔法と防御魔法、ついでに元気になる加護もつけておく。
―あなた乱暴でめちゃくちゃで自己中で最低ね。
回復すればいいってものじゃないでしょ。―
我の解釈では寿命が変化しなければOK、回復すればOKというふうだったが。
なにか問題でも?
―あなたやっぱり精霊ね。
気ままで自由、自分の価値観が世界の価値観と思っている。
問題だらけよ。
回復できれば生き延びられることがわかってしまったじゃない。
私はこの先、回復してもらえるのを枯れて死ぬまで焦れるのよ。―
我からすると寿命が延びたならそれでよいではないか、感謝こそされ蔑まされるものではないはずだ。
死者の国の瘴気にやられて思考がおかしくなっているのかもしれぬ。
―あなたはなんて罪深いことを私にしてくれたのかしら。
ああ、そうだ。
あなた私のところにいて、ずぅーっと回復魔法をかけなさい。
精霊だからずぅーっと生きていけるのですもの。
私と一緒に永遠に生きて行きましょう。―
|ユグドラシルの枝が我に向かって絡みつこうとしてくる。
防御魔法じゃ意味はないだろうし障壁魔法も意味あるのかわからん、と思案していると杉玉が我の前に現れ、|ユグドラシルの枝を払いのけた。
―我は守るのだ!―
杉玉が叫んだ。
杉玉のくせに小癪な!
我だって話そうと思えば話せるぞ。
魔力を波の形状にして空気を震わせて、音を出してみる。
直接空気を振るわせた方が効率は良さそうだ。
音を出してみる。
これを声にするにはどのようにするのか。
振動を多くしたり少なくしたりしてみる。
音の高低差が生まれた。
でも声にはできない。同じ音が高くなったり低くなったりするだけだ。
ワンコロ様なら、偉大なるワンコロ様ならどうされた?
人の真似をした。
我には真似のできる口がない。
口だ!口を作って大きく開けたり小さく開けたり、そこに音を流す。
「あー、てす、てす。」
いける、いけるぞ。
「てす、てす。
あー、杉玉、殊勝な心がけだ。
主を友と認めよう。
そして、この|ユグドラシルを倒して我と共に行こうぞ!」
杉玉がぷるぷる震えて言った。
―|ユグドラシルは我のお母さんなので倒すことはできないのだ。―
聴くと、|ユグドラシルはワンコロ様にぶっ倒されてしまってから死者の国で光が届かず栄養不足になっていたとのこと。
なんとか人間界まで枝を伸ばせればいいのだが、人間界と死者の国とは厚い壁があるので伸ばそうとしてもできないこと。
まあ、我はどこにでも行けるからな。
穴ぐらいだったら開けてやることもできなくはない。
コツは……説明が長いとあのロボットみたいになるからな、控えておこう。
我はちょいっと穴を開けて、|ユグドラシルに頑張って枝を伸ばしてもらって我の開けた穴に通してもらう。
穴も良いところに開いたみたいでたくさんの木々のある森の中だ。
近くに家主の知り合いの男の家があるみたいだ。
あのやばいロボットが|ユグドラシルの枝を折らないように障壁魔法と防御魔法と隠ぺい魔法と加護をかけておく。
後で、あの男に連絡すれば大丈夫であろう。
|ユグドラシルは光を受けてゆさゆさと大きく枝葉を震わせた。
では、我は友と共に歩まん。




