兎騎士は翻弄される
お待たせしました!楽しんでいただけると嬉しいです。
時は遡り、ヴォルフ・マーナガラム誘拐事件発生から6日目の休日。
ジャック・ロープは<Rope's Kitchen>の業務用冷凍室から肉を運び出していた。
軍手が貼り付くほど恐ろしく冷えた肉塊を冷蔵室に下ろしながら考えるのは、もちろん『ソロ』────いや、我が婚約者にして絶賛監視レベル引き上げられ中のクロエ・スカーヴィズ・オトテール公爵令嬢様のことだ。
昨日<R's>から出た後、クロエはつけられているとも気付かず─気付ける訳がないが─、来る時とは別の建物に入ってまた変装を変えた。
それを数回繰り返した後、やっと変装を解いて歴とした公爵家の持ち家へと帰って行った彼女を遠くから見ていたジャックは、頭を抱える。
───国内に複数ヶ所の建物を所有し、巧みな変装術までこなす公爵令嬢なんて………怪しいことこの上ないだろ!!
そんな風に胃を痛めながらも結局、ジャックはクロエの動向を隠さず行政部に報告した。その義務が自分には発生していて、当然ながら完全アウェイな自分と口裏を合わせて目こぼししてくれるようなパイプなんて、行政部には全く存在していなかったからである。
ジャックは出来得る限り淡々と、簡潔に報告をこなした。少しでもボロを出さないようにするためだ。自分が咄嗟に『ソロ』を呼び止めなかったら、他にどんな怪しい行動の数々を記録し報告せねばならなかったのか……考えただけでも寒気がする!
行政部の文官たちは、当然クロエを危険視した。「反逆する前にすぐどこかへ隔離すべきだ」という声も上がった。けれど、そこをなんとか宥め透かし、このまま泳がせることを提案したのはジャックである。
「少しでもこちらの警戒を気取らせれば、クロエはたちまち別の誰かに成り代わって逃げ出してしまうだろう。そうなればもはや追うのは不可能だ」───と、文官たちを説得したのである。
不本意ながらも、彼らは「うん」と言う他なかった。クロエの類いまれなる変装術の腕が、思いがけず功を奏した形である。
…とは言え、彼女が昨日使った拠点の回りには既に行政部直属の密偵が送られたはず。
引き続き、追跡の任務は自分がこなすことになったけれど、それでもクロエの自由度は下がってしまっただろう。
(昨日、『明日また来て!』とは言っておいたけど………)
さて…。無事にクロエは『ソロ』として現れてくれるだろうか……??
(…てかもしかしたら、もう会えないかもな)
「俺と会う理由がないし」。とジャックが思って腰を伸ばした瞬間。
「ねえ」
「うわあああぁっ?!?!」
ジャックは驚いて尻餅を付きそうになった。…すぐそこに、怪訝そうな顔したソロが立っている!!
「……。………勝手に入ってごめん。店の方に居なかったから。……一応声は掛けたんだけど」
「え?!嘘?!全然聞こえなかった…」
と、ジャックは胸に手を当て、バックンバックンと脈打つ心臓を無理矢理落ち着ける。
「はは…。ごめんな、考え事してたんだ」
「………へー。…何をそんなに考えてたの」
と、少し探るような目線を向けられて、ジャックは堪らず叫んだ。
「君のことだよ!!」
「………ぇっ?」
僅かに目を見開いたソロとの距離は、とても近かった。…ふいに、「彼女はこんなにも小柄だったか??」とジャックは思う。
何度かクロエとして会った時は、その目線が178cmある自分と差程変わりなかったように感じたのに。
そこまで考えてからやっと、ジャックは普段クロエがうんと踵に高さがある靴を履いていたのだと気付いた。
自分の妹たちは時々、背伸びしてそういう靴を買ってくるのだけど、履いたって結局は「ただいまあ!ねぇ指痛ーい!お兄ちゃあん、絆創膏!!」とかなんとか言って、泣きを見る。それで大概、不思議なシルエットをした靴の数々は、クローゼットの肥やしになっているのだが…彼女ら曰く「いつかまた履く」のだそう。
「足を痛めるような靴をわざわざ履いて何になる」と男の自分などはそう思ってしまうのだけど、女子が「お洒落」にかける情熱というのは、時に奇怪なのである。
だがクロエの靴は多分、その情熱とは違う目的で選ばれている。
クロエはきっと、『クロエ・スカーヴィズ・オトテール』という顔さえも、本当の彼女を隠してしまうための一役として、ただ演じているのだ。
(……まいったなあ)
と、ジャックは天を仰ぐ。ソロの正体を知っていることが、彼女と渡り合う上でのアドバンテージになると思っていたのだけど。
それは全くの勘違いで、依然自分は目の前にいる存在が一体どんな人なのか、見当もついていない。
「……………おっきな声出してごめん」
少し屈んで、まずはそう謝る。
するとソロがこくり、と無言で頷いた。
自分に聴力という武器がなければ、きっと気付けなかったと確信してしまうほどに少年な彼女は、大人びて見えすぎる『クロエ』の時と違って実年齢よりよほど幼く見えた。普通の男の子……いや、年下の女の子だ。
「んじゃ、これで仲直りにしてくれる?」
「……別にちょっとびっくりしただけ。怒ってないし」
まるで妹たちに接するように笑い掛けると、ソロがじいっと食い入るようにこちらを見つめてくる。…一点を見続けるこれは、彼女の癖なのだろうか??
ジャックはソロを見つめ返した。
『クロエ』の時の覇気ある眼力は鳴りを潜め、切れ長の大きな瞳はややあどけなさがあるようにさえ思える。近くで見て気づいたけれど、『ソロ』の時彼女は一重だ。普段はぐるんっぐるんに立ち上がっている睫毛も、今は何もかもをうっすら覆い隠すベールみたいにして緩やかに垂れ、瞳の上へ影を落としている。
よ――――っく見ると、白い肌にもところどころにそばかすが散っているのが分かった。おでこや頬、顎のところ。好き放題散らばったおやつみたいに不規則なそれは、初めて見る彼女らしさに思えた。
「そっか。なら良かった。ところでソロ、来るのが随分早かったね」
「まだ伝えてた時間の1時間前だよ」と続ける。ソロははっとしたように答えた。
「あ、うん。……これ」
「何この袋??」
「昨日言ってたブツ」
◇◇◇
「───それで…。お前の婚約者が持ち込んできたのが、この薬物という訳か」
「……です」
ソロの身体に傷やらなんやらの異常がないかを入念に問い質した後で、「黙って危ないことをするんじゃない!!!」とみっちり雷を落としてやったジャックは、ソロを店に預け、王立騎士団へと向かっていた。
事前に連絡を入れておいたからだろう。王立騎士団偵察隊第2小隊長のベルガレット・ティアチ・フェルビークは、実に迅速な手回しをしてくれた。
第2小隊長室に参上し、げっそりとしているジャック。
ベルガレットはそんな自分とは対照的に、クックッと心底面白がるように笑っている。
「昔話みたいだな」
「…そちらはもしや、国語の教科書に載っている、あの?」
ジャックは遠い日の記憶を思い出そうとした。
確か──とある若者がひょんなことから狐に貢ぎ物をされるようになる………みたいな話。
(…そう言えばアレ、オチはどんなだったっけ??)
「…って!───こんな物騒なもん持ってくるきつねさんが、いて堪るかという話です!!」
「ハハハッ!くくっ……それはそうだな、フッ…!」
「子供に読ませらんないですよ!」と熱く突っ込むと、ベルガレットは珍しく大笑いしていた。きっと、平時であれば厳めしい上司を笑わせられたと内心ちょっと得意になるところではあるのだけど、今は違う。
「笑い事じゃないです……。…ホントにあの女性、なに考えてるんだ………」
ガックリ肩を落として頭を左右に振る。
すると、ベルガレットが口を開いた。
「本人はなんと?」
「………路地裏で運び屋らしき子供を見つけたから後を尾行けたら、怪しい男との取引現場を目撃して……。『中身は何か』、『答えないなら騎士団を呼ぶぞ』と問い詰めたら、2人ともブツを放り出して逃げていった───と」
「フフッ…、…嘘だな。公爵令嬢ならば金がある。クロエ嬢はきっと、取引の現場を押さえた上で交渉し、元の売値より高い値段で買い取ったんだろう。運び屋と消費者を直接金で黙らせた方が騒ぎが大きくならんからな」
「~~~~いっ…ちおう…!彼女は『中身が何かは知らなかった』って」
「ふっ…、まあいい。そう言うことにしておこう」
軽く笑ったベルガレットが、机に並んだ粉をトントン、と指差し叩く。1つの紙袋に入っていた粉が、今は2つの組に分けられていた。片方は違法薬物で、もう片方は水増し用の偽物だ。
「これは『善意の市民から寄せられたありがたい情報提供』として、騎士団が管理する」
「はい」
「そして、こちらの組の成分調査を行った結果だが…。
おそらくアタリだ。作用はレイバン君が寄越した船内の中毒患者達の症状と一致する」
「……!!てことはつまり……!!!」
「ああ。この薬の製造元を割り出せば、卸先も分かる───ヴォルフ君を拐った連中のこともな」
「───……よっ…しゃあ!!」
違法薬物の取引値はとても高い。薬物の原価自体はとても安価にも関わらずだ。
なぜかというと、消費者が手にする薬物は転売が繰り返された商品だからである。
原材料となる植物を合法に育てられる地域や生産者は、とても限られている。それを金儲けのために違法薬物生成の原料として横流ししていることが表にバレようものなら、重い刑の言い渡し、そして原材料の育成自体が困難となるのは必至だ。
そうなれば、薬物の市場自体が傾く。だから、生産者は売り先との信頼関係を特に重視しているのだ。絶対に足が付かないよう、口の固い相手を選んで薬を売る──だから流通量が減り、少量を高値で買うしかなかった連中が、元を取ろうとして水増しした物を更に高値で売り付け稼ごうとする。
レイバンを含むマーナガラム商会の者達は、既にアールブ公国で薬物組織との接触を試みていた。しかし、売人たちは余所者のレイバンらを酷く警戒し、話を聞こうともしなかったのである。そのように捜査が難航していることを聞かされていたベルガレットとジャックは、薬物の売買ルートからヴォルフの誘拐犯を探し出すことを諦め他の手立てを模索していたのだけど。
どうやら、この薬物の生産地がアールブ公国周辺だった───と、いうだけのことだったらしい。アールブ公国内の売買組織は、生産者との距離が近い分、より信頼関係が厚く口が固かったのだろう。
しかし、それをアスガルズ王国にまで持ち込んで好き放題やってる無法者がいる。生産者側からするととんだ裏切り行為だが、卸業者はきっと、海を越えた遠くなら「足がつかない」と考えたのだろう……。
残念ながら、騎士団にとってはこの情報だけで十分だ。さっきも言ったように、原材料を育成できる地域は然程多くない!そしてアールブ公国周辺となれば…!
「これ……令状取れるんじゃないですか!?」
「ああ…。その功績が一番大きい。ヴォルフ君の家出を偽装した連中の目論見は1つ破れた。異国の地でも、アリアナがもっと自由に捜査出来るようになるはずだ」
「向こうの騎士団にも間接的にヴォルフさん捜索を手伝って貰える…!」
「そうだ。だが………」
と、ベルガレットが眉をひそめた。
「見ろ。…アスガルズに卸されてる薬は、混ぜ物の割合が多すぎるんだ。十中八九、こっちで売ってるやつらは末端も末端だろう。
捕まえても大したことは知らない可能性がある……。それでも生産地の大体の場所は絞れるだろうが、『ここ』という場所の特定にはもう少し時間がかかるだろうな」
「うう…、早くヴォルフさんを見つけないといけないのに…!」
もうヴォルフが居なくなって6日も経つ……、……正直……一般人なら事切れていてもおかしくない頃合いだ。
「そう急くな。この情報は俺からレイバン君たちに伝えておこう。──想定してたのとは違うが、よくクロエ嬢を協力させたな。やはりお前は、咄嗟の判断を間違えない」
「行政部より先に俺へ報告を入れたお陰で、この件はこっちの管轄になった」とベルガレットが言う。
「いや…買いかぶりですよ。間違えることもあるし………っていうか、今回のは俺がただ嫌われてたから……」
「?」
「どういうことだ」と聞き返されて、ジャックは眉を下げながら答えた。
「…クロエ様は、いつも俺を遠ざけようとするんです。たぶん、今回のもアスガルズで起きてる事件にかこつけて、孤児に構おうとする俺がうざったくて………」
…クロエはきっと、手っ取り早くこちらの目的を達成させ、さっさと縁を切ろうとしているのだろう。
「俺は護りたいのに。空回っちゃってますよね。はは…」と頭をかきながら笑う。
すると、ベルガレットが口を開いた。
「どうだかな。それなら最初から無視でも良かった。彼女お得意の変装で、煙に巻くことも出来たろう」
「……………」
「そんなの、慰めだ」──と、ジャックは思う。
小隊長は、普段のクロエを知らないから。…なんて、少しいじける。あんなに冷たい態度を取られたら、どんな自信家の男前だってシュンと身体を縮めて去っていくに違いない…。普通の男である自分はなおさらだ。
そうしないのは、まだ何者かも知れない彼女を信じたいから。
「案外、好かれてたりしてな」
「小隊長、意地悪を言うのはやめて下さい。………それじゃホントに昔話みたいだ」
明確に不満を顔に出したジャックに、一瞬口元を笑みで歪ませたベルガレットが、すっくと椅子から立ち上がる。
「───すぐに部隊を出す。薬物事犯の検挙だ」
「了解!!」
ここまでお読み下さりありがとうございます!
すみません…!仕事が忙しくて時間が取りにくい月は「…ま、まあ今月はね…!?31日あるし…!?(ない)」という悪習慣が出来てる…!!治します…!!




