木鼠は語る
お待たせしました。無事戻って来ることが出来ました!
引き続き「鹿騎士と狼商人」をお楽しみ下さい。
アリアナがレイバンに事の経緯を知らせたあと、彼は翌日の昼過ぎにアールブ公国の<Strix>へと舞い戻って来ていた。
「ああ、レイ!おかえり!」
「ただいま戻りました、アリー。ご無事で?」
「もちろんさ。君も元気そうで安心したよ。急に呼び戻して悪かったね」
「いえ、問題ありませんよ」
と、こちらの迎えにハグで応えてくれたレイバンが、ふいに長めの髪をかき上げて言う。
「マヤ」
「…………」
「お前の件もアリーから一通り聞いてる。だが、直接でも聞かせてもらうぞ。後でな」
「…ええ、分かってるわよ」
マヤの緊張した面持ちを隣で見ていたアリアナが、励ますように彼女の肩に触れた。
すると、マヤはそれが気に入らなかったのか、つん、と顔を背けてしまう…どうやら、心配には及ばなかったらしい。それかこれが彼女の通常運転なのだろうか??
昨日、アリアナはマヤの取っていた宿泊部屋の隣室を取り、夜を明かした。男に尾行されるマヤを、1人にしておけないと思ったのだ。その時も、彼女はお冠だった。
(…いや。それはそうか。好いていた相手の妻にあれこれ気を回されても、気まずいよな)
アリアナはそう思い直し、「マヤのことなんて丸きり気にしてませんよ」というフリをするため目線をよそに移した。
………その視線の先にいたのは、椅子に縄でぐるぐる巻きにされて座っている、1人の男だ。
レイバンと連絡を取り、「マヤと同伴して来てくれ」と言われた時から、気にはしていた。
そしてやはりこのぐるぐる巻き男───否、マヤが言うにはフリーランスの記者───は、今朝、レイバンと落ち合うため<Strix>のアールブ支部へマヤと共に向かっている途中、そこでも顔を出したのである。
アリアナはこのまま尾行けられてはマーナガラム商会の動き──つまり、ヴォルフの不在が記者にバレてしまうと考え、途中レイバンに連絡を入れた。
すると彼は、嬉々とした声で「ぜひ連れてきて下さい!あなたに限って『無い』とは思いますが、決して逃がさないで」と思わぬ反応をくれたのである。
マヤを連れて記者を撒くのは少々骨が折れそうだなと思案していたところだ。捕まえて良いのなら、こちらは願ったり叶ったりである。
アリアナは一旦マヤから離れ、彼女1人で少しの間歩いてもらい、尾行け回す男を物陰で後ろから絞め落とした。
「────まずはお前からだ」
「ひ、ひえっ!?!?ア、アンタ、確かマーナガラム商会の…?!」
「レイバン・フガムーンだ。こんにちは、ビーン・ラタトゥスク」
「…………あ、あのぅ~~。なぁ~んでオレの名前を………」
「へへへ…」と引き攣った笑いを浮かべるビーンの前に、同じくどこかから椅子をカラカラと引いてきたレイバンがどかりと座り込んだ。
「ははは、商会に不利益な記事を書いてくれたろう??覚えてるさ。忘れもしない、商会長の婚約発表前にはた迷惑な事実無根の情報を垂れ流しにしてくれた馬鹿のことはな?」
「………………………。」
サ―――ッと目に見えて顔色を悪くしたビーンに、レイバンは微笑む。風貌は違うのに、その弧を描いた口元の形だけは眼鏡を掛けている時と全く一緒だ。
「…あ、の」
「なんだ?」
「そ!…れはその!!…っ全部あの女が仕組んだ事だったんですッ!!!」
ビシリ!とマヤを指差したいところだがそれが叶わないビーンは、必死にガタゴトと椅子を揺らした。
「オレはアイツに依頼されて写真を撮ったんだ!!なのに、記事が嘘だって証拠が上がった途端、オレが1人で勘違いして記事を書いたみたいに捏造して……!!!オレはイイ笑いもんだ!許せねぇよ!!だから、今度はあの女の弱みを握ってやろうと…!」
「…ね?!分かったでしょう、オレも被害者なんですって~」とビーンは椅子を器用にずらしてレイバンににじり寄る。
レイバンは、ビーンの目をじ……っくり観察したあと、静かに言った。
「……嘘だな。」
「へっ??」
「お前はマヤとの関係性を否定し、記事を無価値にしたヴォルフを逆恨みして」
「えっ…?えっ…??いや、いやいやいや…」
「弱みを握ろうと、今度はその妻に近付いた……───そうだな??」
「はッ?!?!?!『妻』!?!?──え?!そ、そこの男がっっ?!?!?!」
………………びっくり仰天している。
アリアナはビーンの千切れそうなほど見開かれた目がこちらを向いていることに気付いて、ひらひらと手を振った。
彼の動揺が本物なのは、どこの誰が見ても明らかなはず。だが、レイバンは冷たく言い返した。
「それも嘘だ。」
「ハイっ??!!」
「ビーン。知らなかった振りをしても、もう遅い。せっかく一度は見逃してやったのに…。身の程を弁えず、商会長の大事な奥方に手を出そうとするとはな…………こりゃ見過ごせない。もう無理だ」
「ち、違うんですって!!!ホントに違う!!!アンタの目は節穴かっ??!!オレはマヤをっ、」
「嘘つくんじゃねえッ!!!」
必死に弁明するビーンに、レイバンが怒鳴り付けた。
「……ね、何かさぁ。…いつもとキャラ違くない??どーなってんの、アレ?」
「私も最初はびっくりしたよ…この緩急がレイ特有のスタイルみたいだね。彼は一流の仕事人なんだ」
と、アリアナは小声でマヤとやり取りする。
「ヴォルフの婚約発表後、マヤは完全に落ち目だ!!テメェが大法螺吹いたからだろうが!忘れたか!!!
あんな女今さら尾行け回して記事書いたって、一銭の得にもならねぇんだよ!!吐くならもっとマシな嘘吐けや!ドブに戻して息の根止められてぇのか、この鼠野郎が!!」
「…言ってくれるわ」
と、マヤが辟易する。
「違っ、オレぇ……ホントにちがくてぇ……っ」
……ビーンはついに泣きが入った。アリアナは彼が憐れに思えて「いけないいけない…」と目を閉じる。
…可哀想に。ビーンからしてみれば晴天の霹靂だろう…急にあらぬ容疑を着せられ、命の危機──誇張表現であって欲しい──に瀕しているのだから。
「…………惚れ込んでたんです」
と、ビーンが突然呟いた。
「何?」
「………っ惚れてたんですよぉ!マヤのモデルとしての腕にッ!!!!」
レイバンは顔色1つ変えない。
ビーンはそれでも言い募った。分が悪くとも最後の限界まであがく姿勢についてだけは「見所がある」と感心したのはアリアナだ。
「ほ、ほんとなんですッ!!オレ、オレ…昔は普通の写真を撮ってたんだ!でも、文章も書けたから、記者になる方を選んだ…。そっちのが稼げたから…」
えぐえぐ、とあえぎながら、ビーンは語る。
「でもそっから撮りたい物が撮れなくなって…。有名人のしょっぱいスキャンダルばっかり、レンズに収めてさぁ…。
……だからまた綺麗な写真が撮れるなら、なんでも良かったんだ!!!『マヤを撮れるならなんでも良い』って思っちまったんだよッ!!!だから奴の話に乗った─────なのにっ!!」
ギッ!!とビーンはマヤを睨んだ。
「コイツ!オレを切り捨てやがった!!!」
「ふん。あたしのせい??アンタが勝手に夢見たせいでしょ」
「信じて下さいよぉ、レイバンさァん!!オレは、カメラマンとしての希望までこの女にコケにされて、マジムカついてたんだ!!憧れたモデルが、まさかこんなクソ女だとは思ってなかったんだよぉお~~……!!!」
「ほんとに言ってくれるわ」
と、マヤが呆れ果て、ビーンがお~いおいと泣き喚いた時、レイバンが口を開いた。
「つまり……お前はあくまでも『個人的な復讐のために、マヤの方を尾行けていた』と主張するわけだな??」
「…はぁい…」
「金にならなくても??」
「…そぉですう……」
「ふむ…」と、レイバンは思案した──振りをする。
「──そうだ!…良いことを思い付いた!」
「へ?」
「ならこうしよう───お前が俺の言う通りにとある記事を書くなら、今回のことはヴォルフに報告しない」
「…えっ!!……」
「これは本当にデカいネタだ。まだ他の誰も知らない特別な案件だぞ。うまく行けば金にもなる。もしお前の話に偽りがないなら、落ちぶれたモデルの後を追い回すよりよっぽど価値のある記事が書けるだろう。さあ、どうする??」
「ど、どうする?ってアンタ…。いや…、だってそんなん………、絶対ヤバいネタ………………………。」
「アリー……。こんな奴に尾行けられて、さぞ怖かったでしょう?安心して下さい。ヴォルフに言えば、2度と顔を見ないように出来ますからね」
「うぅん…、とは言え彼にも事情があったようだし……。ええと、どうしたものだろうね…?」
目の前で、気ままに自身の命をお手玉される気持ちは想像も出来ない。……ビーンは完全に心折れた様子で、口を開いた。
「………へい、よろこんで………。おかきいたします…………」
◇◇◇
「────と、言うわけなのよ」
アリアナに伝えた話をマヤが直接レイバンに聞かせている間、レイバンは信じられない程難しい顔をしていた。……一通り聞き終えた後、レイバンはようやく口を開く。
「奇妙だ。本当に奇妙なことだが………」
「………」
「…マヤは、嘘を吐いていない…」
信じがたいと思っていることを隠しもせずに、レイバンが言った。彼が指しているのは、マヤが「『未来を予知出来る』のと同義の特別な記憶を持っている」という下りのことだろう。
「元カレとの通話内容以外、信じてくれなくても結構よ」
と、マヤはざっくり言い切った。
「私、信じてくれる人は1人いれば十分だったみたいだし?」
「?私も信じていないよ??」
「……は!?!?」
と、マヤが大きな声を上げる。「『信じる』って言ったくせに!!この嘘つき!!」と言いたげな視線をぶつけられて、アリアナは思わず苦笑してしまった。
「ああ、違うよ……。……私が言いたいのは、君が『落伍者』なんかじゃないってことなんだ」
「!…」
「失礼を承知で伝えるんだが、君は君自身の魅力を分かってない。
君の不思議な記憶に君がいないからって、自分が『負け犬』だなんて。正直、早計が過ぎるんじゃないかな…」
首を傾げつつそう言うと、マヤはハン、と鼻を鳴らして笑った。
「あんたこそ。私のこと全ッ然分かってないのね。
───良い??この私が世界に目を向けたなら、歴史に名を残すくらいは最低ラインなの!」
「それすら出来てなさそうな記憶があるなんて、耐えられないわ!」──そう高らかに言い放ったマヤの表情は、挑戦的で、飢えていて、ギラギラと強く輝き………この世の全てを飲み込まんとする程の熱を湛えていた。
「…、………!!!」
隣で話を聞いていたビーンが、掌をギリギリと握り締め、酷く悔しそうな目でマヤを見つめている。
アリアナはその瞳の奥に、確かな渇仰の光を見た。
(……なるほど。マヤのこういう姿勢が、熱狂的なファンを増やしているんだな)
と、アリアナは納得する。
「そうか。教えてくれてありがとう」
アリアナが深く頷くと、マヤはバチリと視線を合わせて来た。
「んじゃ、『分かってない』ついでにもう1つ。良い?」
「何だい?」
アリアナは聞き返す。
マヤはゾッとする程の真顔で答えた。
「私の知ってる像の中に、あなたはいない」
「!」
「…だから、最初からあなたのこと『大したことない奴』って思ってたの」とマヤが言う。彼女が貴族相手でも初対面から酷く礼儀を欠いた態度を取っていたのは、そのためでもあったらしい。
「これがどういうことか分かる??」
「………いや、サッパリだ」
「よく考えた方がいい。…その時が来たらね」
そこで、レイバンが口を挟んだ。
「ストップ。…アリー。『信じる』のは止めない。だが、実際に受け取る『情報』は出来る限り正確であるべきだ」
「…つまり?」
「俺なら、マヤの能力から仕入れた情報を行動の起点にはしない、ということです」
レイバンはキッパリと言い切った。
「悪いが、マヤ。俺はお前の特別な記憶に基づいた情報を、真に受けるわけにはいかない。
それは大人として───『情報』を扱う人間として、だ」
「………ハッ!そりゃそうでしょ」
マヤは肩を竦ませた。
「じゃあ、お前には<星の子ら>からの連絡係をして貰う。しばらくは俺たちの監視下だ、しくじるなよ」
「誰にモノ言ってんのよ、デカ眼鏡。相手見て口ききなさい」
「ビーン。お前は今からホテルの部屋に缶詰めだ。ジャーナリズムが火を吹くよう商会の者達でお手伝いしよう」
「は、はひぃ……!?」
「そしてアリー。あなたは変装を解く準備をしておいて下さい」
「…え?変装を??
………ああ!なるほど。君はすごいな。この数十時間で、新しい情報を持ってきていたんだね??」
「いえ。俺と言うよりかは、あなたのご友人達が」
そう言って、レイバンがくすくすと笑う。
「アスガルズ王国の騎士として────あなたにはやってもらう仕事があります」
お読み下さりありがとうございます!




