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鹿騎士と狼商人の齟齬☆

「よう、リア」

「やあ、ヴォルフ。身体の調子はどうだ?」

「その節はどうも。お陰さまですこぶる良い、ありがとう」


 王都の一等地に建てられた、ある邸宅の前。ヴォルフはその玄関前に立ち、馬車から降りてきたアリアナを出迎えた。


 もう来週に控えた舞踏会。今日と明日は、その打ち合わせに当てられている。集まるのに提供した場は、ヴォルフが所有している建物だった。


「…うーん…」

「どうした?リア」


 数日ぶりに会えたアリアナに、ヴォルフは問いかける。アリアナはこちらの顔色をじっと見た後、にっこり笑って頷いた。


「いや、本当に元気そうで安心したよ。なんなら今日の君は、以前より一層輝いてるようにも見える」


 「かわいそうに…あの日は余程疲れ切っていたんだな…」と、アリアナが気の毒そうに続けた。


「……」


 確かに、今日の自分はいつもより溌剌としているのだろう。

 どうやら、アリアナはそれを「解放の反動が起きてしまうほどに、高負荷を掛けていたのだ」と捉えたらしい……。実際には、ただ好きな子に会えてテンションが上がっているだけなのだが。


 ヴォルフは一言「へえ、そうか?」とだけ言って、軽く流した。



「…ところで君、あの日はどうして────いや、ええと……、」


 と、アリアナが何か問い掛けようとして、もごもごと言い淀む。ヴォルフは優しく笑いかけた。


「うん。もう仕事の山は越えたから。今はちゃんと寝てる───心配しなくても大丈夫だ」

「!……………そう、か…」


 こちらが先手を打つと、アリアナは大人しく引き下がってくれた。根を詰めていた理由を「仕事」に集約したのは、一応「嘘ではない」……ということで勘弁して欲しい。真実を語るには、だいぶ自分が情けないし……打ち明けたところで、今はただアリアナを困らせてしまうだけになる。


 気を取り直し、ヴォルフはアリアナを邸宅の中へと導いたのだった。




「とても大きな建物だな……!」

「かなり年数は経ってるけど、それほど古くは見えないだろ?

アスガルズへ来る前に改築したんだ。こっちに拠点が欲しかったからな」


 言いつつヴォルフは立ち止まって、綺麗に張り替えられた壁へと触れる。それと自分との間に挟まったアリアナが、こちらを見上げた。


「昔はどっかの公爵サマが、別荘として使ってたんだと。今はまわりまわって、俺たち出向組の根城さ」

「『俺たち』?」

「───あ、ボス!!こんなとこで何してんですか?」

「そら来た」



 小首を傾げたアリアナは、その横から掛かった声の出所へと、目線を向けた。


「見ての通りだよ。…アリアナを案内してたとこだ」

「『アリアナ』……!?ってあの、貴族で婚約者の…?!?!」


 ギョッとした顔で、通りがかった男が言う。その大きな声で、通路に面していた扉が次々開いた。


「え!?ボスの婚約者!?どこどこ!?」

「あ、今日来るって話だったっけ…??」

「ボスがいる内に挨拶しちゃおうよ!」

「社長夫人とお知り合いになれる機会なんて、もうないかもしんないぞ!おいっ皆──」


 年齢も性別もバラバラな人間たちが、わらわらと集まってくる。皆好き放題に自己紹介と挨拶を繰り出しながらアリアナとお喋りしようとするせいで、彼女の周りには円形の人だかりが出来た。作法などそっちのけのファーストコンタクトに、アリアナは目を回しているようだ。


「あ、ええと…!アリアナ・フロージ・マクホーンです。あなたは……、」


 と、それでも律儀に1人1人へ挨拶するアリアナ。

 ヴォルフはその様子を柔らかい眼差しで眺めた後、キリの良いところで仲間を追い払った。



「あー…、突然でビックリさせたよな…?改築工事が終わってからは、あいつらにここの部屋を貸してるんだよ。世界進出に向けて、わざわざミズガルダから俺に着いてきてくれた奴らだ。

さっきのは、その中でも特に『貴族』への苦手意識が薄い奴らだな」

「そ、そうか…。…通りで……」


 「ふう……」とひと息つくアリアナに、ヴォルフは少しだけ眉を寄せて見せる。


「…悪い。いきなりで気疲れしたか…?昨日、お前が来ることを皆に知らせちまった。先に言っとかないと、あいつら後でうるさいから。お前を帰してから根掘り葉掘り聞かれるのも、面倒だと思って」


(──これは2割本当。あとの8割は、俺がリアを見せたかったから)


 …という、外堀を埋めることに余念のないヴォルフの思惑などは露知らず、アリアナは微笑んだ。


「いや、謝らなくて良い…君の仲間に会えたのはすごく嬉しいよ!───だけど…、」

「うん?」

「…ちょっと、心配だな。…だって、少なからず彼らに気を遣わせてしまってるのは、間違いないだろう?」

「んー…まあ、そうかもな??」

「今日は休日なんだし、無理に挨拶してくれなくても良い……君からも、そうお願いしておいてくれないか?」

「ん」


(─────好きだ)


 そう思いながらにこりと笑い、ヴォルフは短く答えた。


(どうして、あんなに思い詰めていたんだろうな──………)


 と、自分自身、不思議になってしまう…。それほど、今は清々しい気分であった。


(リアに『特別』がないことを悲観したって、しょうがない…)



 アリアナという人間が、「世界の全部を愛してしまう」と言うのなら。



(───俺は、それら総ての上を行く)



 そう。…たったそれだけで良かったのだ。


 だって、全世界を相手取ったとしても、競り勝つ自信が自分にはあるのだから。



 ……焦らずとも良い。何せ、アリアナとの『結婚』は決定事項なのだ。彼女の祖父、グレイズからの反対だって、自分からすれば然程問題じゃない。

 アリアナに自分を見てもらう時間は、これから山程出来てしまうのだ。



 …もちろん、見込まれる長期戦の前にアリアナが『特別』を理解して、そこに自分を据えてくれたなら願ったり叶ったり、ではあるのだけれど。




「………」


 ───ヴォルフはゾクゾクとした昂りを覚えた。


 「騎士を続ける」ということ以外、なんにも望んでいない無欲なアリアナ。

 ……そんな彼女に対して、自分が完全に「欲しがりすぎ」ているのは分かっている…。


 が、死ぬほど強欲な思考を自覚してももう、嫌気など差さなかった。



(全てに勝つ)


 その手始めに、まずは舞踏会───アリアナを取り巻く、上流階級の世界へ。敵情視察と行こうではないか。



 アリアナはもちろん、こちらのそんな燃え盛るような気持ちになどは気付いていない。

 感心しきった風に辺りを眺めながら、隣を歩いている……。その何とも無垢な様子に、ヴォルフは笑った。


「───ほら、こっち」


 そう言って、極自然にアリアナの手を取る。

 …家の内装にやや気圧され気味の彼女を見るに、やはりここを2人の住まいにする気だったことは、黙っておいた方が良いだろう。


 この建物は、アリアナを見つける前に用意した。

 そのため、「嫁いでくるご令嬢から、文句がないように」───との配慮から、異様なまでに意匠が凝らされているのだ。…とどのつまり、見栄を張りすぎている。言ってしまえば、『アリアナ』という女性に、ここは合っていない。


 ヴォルフは思った。


(…リアと、一緒に決めよう)


 アリアナが、出来る限り「居着きたい」と感じてくれる……そんな、居心地の良い家を。


(小さくても良いから、住みやすくて暖かくて………でもそうだな、鍛練場を作れるくらいには開けた庭があると良い───)


 気持ちが通じあっていないからこそ、そういったことに気を払うことが、肝要だと思えた。


 今からワクワクと胸が踊る。

 ヴォルフは想像した。「あーでもない」「こーでもない」と言い合いながら、王都中の物件を見て回る自分とアリアナを。


(きっと、すごく楽しいはずだ…。…俺なら必ず、リアに1番適した家を用意してやれる)



 ヴォルフは浮き足だった勢いのまま、アリアナの手にするりと指を絡めた。


 剣だこのある指の間に、自分のそれを通すのは初めてではない。が、彼女はひどく驚いた表情でこちらを見た。


(脈絡がなさすぎたか)


 と、ヴォルフは反省する───でも、指は離さなかった。アリアナと、深く手を繋いでいたかったのだ。


「…ヴォルフ?」

「うん?『婚約者』なんだから、手くらい繋ぐだろ?」


 肩を竦めてそう言うと、アリアナが目を見開いた。「婚約者……!」と呟き、繋いだ手を凝視する。


 そうしてから、こちらをおずおずと見上げてきた。



「…『婚約者』だから、手を繋ぐんだな…?」


「?ああ」


「…!ふふ……っ、そうか。わかった」



 そう言って、アリアナがはにかむように笑う。


(……かわい)


「………、」


 しかもアリアナは、こちらが我が儘に繋いだはずの手を、きゅう、と握り返してくれた。…そのたった数秒に、これでもかという程幸せが詰まっている……。

 ヴォルフは笑って、優しくアリアナの手を引いた。




◇◇◇




「違う違うーっ!そうじゃないでしょう?!」


 「もーう!」と声を上げるアハルティカ。その言葉に、アリアナは足を止めた。

 曲に乗りリードしてくれていたヴォルフも、立ち止まって首を傾げている。レイバンが、音楽を止めた。


「どこが駄目なんだ。リアも俺も、ステップはきちんと踏んでるだろ?」

「何言ってんのよ、あんたのはトチってないだけ!優雅さも情熱も愛も!全く感じられないわ」


 案内されたのは、マーナガラム邸のダンスホール。

 そこで、アリアナとヴォルフは軽く汗を滲ませていた。



「まず、ヴォルフはアリーをぶん回すのをやめて!もっともっと丁重に、紳士に、スマートに!エスコートをするの」


 「あんた得意なはずでしょう、そういうの」。と、吐き捨てられて、ヴォルフは肩をすくめた。


「リアが余裕でついてくるから、面白くてつい……」

「バカっ!」


 ヴォルフを叱りつけたあと、アハルティカがこちらに向き直る。


「アリーは雰囲気も表情も固すぎるわ。なんだか剣舞でもしているみたいなのよ。ね、もっと音楽に集中してみて?」

「……わかった、やってみよう」


 アリアナは「ふう」と腰に手を当て、息を吐いた。

 脹ら脛と背筋がピクピクして熱い。普段仕事で使っている筋肉とは、全く別の筋肉を使っている感覚がある………。そのはずなのに、「剣舞でもしているみたい」だなんて───痛いところを突かれてしまった。なんて鋭い指摘なんだろう。

 「今日という練習日を設けて正解だったな」……と、アリアナは思った。


「にしても、ハルがここまでダンスに詳しいとは思わなかった」


 子供の頃は、ダンスの基礎を家庭教師と母親に教え込まれていたアリアナである。

 そんな自分から見ても、アハルティカの教えは的確かつ本格的だった。そこへ、ヴォルフが口を開く。


「アハルティカの一族は音楽と共に生きてるからな。踊りや演奏には煩いんだ」


 との説明に、アハルティカはプイッ!とそっぽを向いた。


「『煩い』ってなによ!……『アリーとヴォルフに上手くいって欲しい』って思ってるからこそ、キツく言ってるんじゃない!私だって、したくてしてるんじゃ、ないもの」


 音楽とは本来その名の通り、音を楽しむものだ。そこに感情とリズムが乗り、身体が勝手に動き始めてしまう…それこそが踊りなのだ。


「そりゃあダンスは、キリキリと根を詰めてやるものじゃないわ。でもそれは『純粋に音楽を愛するなら』、っていう前提の話でしょ?


今回は、その出来に優劣がつくかもしれないのよ。そこんとこ、ちゃんと分かってるんでしょーね?!」


 アハルティカは人差し指を立てて捲し立てる。


「私、もっとも――っと!アリーと一緒にいたいの!!

だから、本気も本気よっ!もし舞踏会で失敗したら、結婚を認めてもらえないかもしれないんでしょう?……そんなの絶対イヤ!」

「…!」

「だから……。…ふんっ、多少口煩くても我慢なさいよね…っ」


 そう言ったアハルティカが、眉根を寄せてうつむいてしまう前に。…アリアナは優しく彼女の手を取った。


「───『口煩い』だなんて。

『情熱的なハルも素敵だ』と思っていたところだよ」

「!!!………」


 驚愕するアハルティカに、「ありがとう」とアリアナが伝える。すると、アハルティカは瞳をうるうると滲ませた。そのあまりに美しい輝きに、思わず見入ってしまう。


「アリー……!」

「ハル、」

「───やめろお前ら。どこに需要があるんだそれは」


 見つめ合う2人の間に、ヴォルフが腕を振って割り入った。


「…言いたいことは分かったから。………仕切り直しをする。休憩させてくれ」


 ヴォルフに言われ、初めて気付く。…踊り始めてから、既に1時間が経過していたのだ。




「アリー」


 休憩中、不意に掛けられた優しい声音に、アリアナは振り返って答えた。


「──レイ!どうしたんだ?」

「次の曲は、俺と踊ってくれますか。ヴォルフの方はアハルティカが矯正するから」


 言われ、アリアナはヴォルフ達の方へ目を遣る。説教を行っているアハルティカと、それに耳を傾けるヴォルフの様子に、思わず苦笑が漏れ出た。


「ああそうなのか、よろしく。ええと、ちなみにレイは──」

「アハルティカに仕込まれて、そこそこ踊れるよ。安心して」

「それは…。…頼もしいな、ありがとう」


(……あのストイックなハルに仕込まれた上で、『そこそこ』……)


 その度合いが如何程かはわからないが、レイバンの言葉を額面通り受け取って、ヴォルフたちの様子を対岸の火事と思うのは得策でない……、気がする。

 アリアナは改めて気を引き締め直した。




 ───♪♪~♪~♪♪


 休憩後。早速流れ出した音楽に、アリアナは意識を集中させた。レイバンのリードに応えつつ、アハルティカから賜ったアドバイスを完璧に遂行するためである。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………。アリー?」

「!なんだ?」


 そこに声を掛けられ、眉間に皺を寄せていたアリアナはレイバンに目をやった。彼は、ちょっとだけ困ったような顔で囁く。


「集中しているところ、すみません……。でも今のうちに、少々確認したいことがあって…」

「?…」


(『今のうち』?)


 「何だろう?」と思いつつ、アリアナは頷いて先を促す。すると。


「この間は、ヴォルフが世話になりました……。俺たちの願いを聞いて、支社まで足を運んでくれたこと……ホントに感謝しています」

「──ああ!そのことか。いや、良いんだよ。むしろ知らせてくれてありがとう」


 そう言うと、レイバンが優しく微笑んだ。ターンを入れて、横に長く移動する。


「……それでその、ヴォルフのことなんですが……」

「?」

「…あいつ、何か()()はしませんでしたか?」


 どこか緊張した面持ちで問われて、アリアナは思わず笑った。



「あははっ、『粗相』だなんて!心配しなくても、彼は良い子だったよ」



 「すぐにきちんと寝入ってくれたしね」、とアリアナが続ける。


「………………」



 実のところ、この時アリアナは………「そんな訳がない」────、とレイバンから思われていた。


 もちろん、アリアナの言ったことを疑っているわけではない。そうではなくて……ただ単に、長くヴォルフの隣にいたレイバンだからこそ、「分かることがある」というだけの話だ。


 レイバンは、ボスがいとも容易く人を魅了する様を、これまでずっと近くで見てきた。

 その時に使う手管も、完全に熟知している……というか、なんならヴォルフは、意図や策略などなくとも、これまで数え切れない程の人間を虜にしてきたのだ。…アリアナは、そんな男が唯一狙いを定め、全力を奮っている女性なのである。


 さらに前提として、ヴォルフは懐へ迎えた者への愛情が底なしだ。


 ──「そんな奴が、その上『妻として隣に据えようと考えている女性』相手に、勢い余って何をしでかすか……なんて、俺にとっても未知数だ」──と。

 レイバンは思っていた。



 ………一応、名誉のため断っておくと。

 ヴォルフはあの夜のことについて、「誓ってアリアナに悪さはしていない」と、きっぱり供述したのだ。


 …けれど、恋は盲目とも言う。

 周りやアリアナの価値観さえ見えなくなって、無意識に彼が突っ走ってしまった可能性も捨てきれない…。

 具体的には───強引に迫ってしまったり、性的に誘惑しようとしたり、だ。


 ──「『庶民の間ではままあるアプローチでも、貴族の女性からすると耐え難い屈辱』……ということだってある」──と。そう危惧したレイバンは、すぐに行動を起こした。

 何てことはない──「直接アリーから事情を聞き出して、さりげなくフォローが出来れば…」という、何ともヴォルフ側陣営な考えの元、アリアナに確認をとったのである。



 そうして、『今』だが──。

 ───むしろ、「杞憂を喜ぶ」のを通り越して、不安になってしまう程……アリアナには危機感がない。



 「どうしてだ…?」と、現状を掴み損ねているレイバン。そんな彼をそのままに、アリアナは口を開いた。


「──()()()()()素晴らしい男性だ。彼がたとえ何かしらの粗相をしたとしても……それはきっと、私にとっては些細なことさ」

「…………」

「いや。それよりむしろ、私の方が…………、」


(『ヴォルフに見合っている』──とは言えないのかもしれない……)


 ………と。言いかけて止める。

 思っていても、そんな言葉を口にはしたくなかったのだ。…だってそれは、まだ見ぬ『理想的な令嬢様(けいやくしゃ)』に対し、あまりにも弱気な発言に思われたから。


「……ああ、いや。ええと……」


 アリアナは少しだけ俯きながら、何とかその場を濁そうとした。──すると、レイバンが深く頷く。


「……なるほど。だからか」

「?」


 腑に落ちたとでもいうような声音に気付き、高い位置にある顔を見上げた。すると、レイバンは真顔で言う。



「アリー。貴女にはどうやら、ヴォルフとのことよりも他に、考えたい『悩み事』があるみたいですね??」


「!」



 そう言い当ててきた、レイバンの瞳───青みがかった綺麗な黒が、確信めいた光をピカピカと反射させていた。


「……………、」


 アリアナは黙り込む。咄嗟に声が出なかった。

 「答えねば」、と。…そう思うのに、喉に言葉が詰まって。


(あ、れ………。一体どうして……)


 「レイに契約のことを相談するのは、悪手ではないはずなのに……」───と、内心で戸惑うアリアナに、レイバンは目を伏せる。


「……参ったな」

「……え?」

「情報を聞き出すのは、俺の十八番なのに……。

…………やっぱり、アリーにはそうしたくない。……貴女は、俺らの友人だから」


 「…それに、ヴォルフのお怒りには触れたくないしなあ…」などと、レイバンが言った。


「……???どうしてヴォルフが??」


 首を傾げると、レイバンは苦笑いをする。そして言った。


「良いですか、アリー。1つ、俺からアドバイスがある」


「!!なんでも言ってくれ!」


 アリアナは張り切って頷く。レイバンからのアドバイスは、とてもためになる予感がしたのだ。彼はこちらに、優しい目を向けた。



「ヴォルフの奴を信じて」



 アリアナは目を見開いて、レイバンを見つめ返す。


「…俺も、付き合いだけは長いから。


───あいつは絶対に、貴女を悪いようにはしない」


 「俺とアハルティカがそれを保証する」……そう言われ、アリアナは緑の瞳を僅かに揺らした。


(それは……本当に??…私が………ヴォルフの婚約者として、足りていなくても……??)


 沈みそうになっていく思考。そこに、レイバンの落ち着いた声が滑り込んでくる。


「ダンスひとつをとってもそうです…ヴォルフは何をやらせても完璧だ。今日のはたまたまですよ、いつもならあんな風に踊ったりしない。


───だから、当日はヴォルフに任せれば良い」


「……それが、アドバイス?」


「そうです。きっと全て上手くいく」


(………)


 レイバンの眼鏡越しに緩んだ瞳を見ていると、なぜだか心が凪いだ。


(……レイの言う通りだ。まずは、来週の舞踏会を切り抜けることだけ考えなくては──)


「……君の意見は分かったよ。心に留めておくことにする」


「ありがとう」


 そう言って、レイバンは足を止めた。



「───リア」


「!…ヴォルフ!」


 いつの間にやら止んでいた音楽に気づいたところで、静かに掛かった声。振り向くと、すぐ側に笑みを浮かべたヴォルフがいた。


「最後は俺と合わせよう。いいか?」

「……ああ!もちろん!…でも、その前に水分補給させてくれ」

「分かった。待ってる」


 遠ざかるアリアナの背後で、ヴォルフの声が小さく響く。


「…レイバン」

「そんなに構えなくても大丈夫だよ。お前より先に、アリーを知ろうとなんてしないさ。…その方が良いだろう?」

「…ああ……お前からすりゃあもどかしいかもしれないが、リアの悩み事は俺が聞く。──だから、これからもそこは空けといてくれ。……悪いな」

「はははっ……!…もちろん、仰せのままに。ボス」

「チッ……、随分とまあ楽しそうじゃないか」

「当たり前だろ?お前みたいな奴が人並みに右往左往してるのを見るのは、愉快でしかない。そうさせるアリーは天才だ」

「いい性格してんなあ?」

「純粋に褒めてるんだよ。お前、自分が周りからなんて言われてるか知ってるか?『完全無欠』、『冷徹無比』、『連戦連勝』、『向かうところ敵なし』───」

「…………」

「まるで人じゃないみたいだよ」

「…………」

「けど、アリーはお前をそうさせない。2人がそういう関係なのは、ホントに喜ばしいことさ。……まあ、当のお前からすると、どうか分からないけれど」

「………はあ…」

「最後のダンスは焦るなよ。素人が情報を聞き出すのに必要なのは、テクじゃなく忍耐力だ」

「……分かったよ。ご忠告どうも」



 何でもないような顔で交わされる密談に気付かず、アリアナはヴォルフたちの方へ近づいた。


「待たせたね……よし、始めようか!」




 その後、練習は問題なく進んだ。

 レイバンから受けた言葉にハッとしたアリアナは、なるべく肩の力を抜くように心がけた。自分がまるで、ダンスを「試験」であるかのように感じていたことに気がついたのだ。

 「へまをして減点されれば、不合格(けいやくはき)になってしまうのではないか」───と。そう考え、力みすぎていた。


(ヴォルフは人に点数をつけるような人間じゃないのに………)


 どうやら自信の無さが、無意識にヴォルフを失礼な人物像に仕立て上げてしまっていたようだ。アリアナは勝手に、少し居たたまれなくなった。…というか、仮に試験だったとしても、必要以上に緊張していては受かるものも受からないだろうに。


(……今考えなきゃいけないのは、舞踏会の成功だ。ひとつひとつ、順番にクリアして行こう………)


 ヴォルフはそんな気持ちを知ってか知らずか、優しく微笑み、話しかけながら手を引いてくれた。




 その後アリアナ達はようやく「練習し始めよりは良くなった」、とアハルティカから及第点を頂けることになる。そして、その時ちょうど外出していなかった邸宅住みの社員も含め、皆で一緒にご飯を食べてから解散した。


 ───翌日。

 依頼していたドレスが、マクホーン邸に運び込まれた。最終的な確認と、細かなサイズ修正も済ませて。


 さあ───あとはその日を待つだけだ。





番外編を追加しました。「ここらで休憩したいな」という方はどうぞお楽しみ下さい。


▼対応するお話「洋裁師は語る2」

https://ncode.syosetu.com/n8272ha/4/

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