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兎騎士は酒を注ぐ4☆

 剣術大会1日目の山で勝ち上がった64名、そして2日目の山で勝ち上がった64名。その計128名による凌ぎを削る闘いが、3日目に行われる。

 結果として、アリアナは横並び64位の成績を残した。


 これは女性騎士にとって初の快挙であり、もちろん女性騎士の中ではぶっちぎりの1位である。

 次点の成績を残した女性騎士とは、実に400位強の開きがあった。



「────さてと…」


 ジャックは軽く息をつく。今は丁度、夜の開店に向け<Rope's Kitchen>の床を掃除し、椅子を並べ終わったところだ。それだけで、ヒリヒリと全身が痛んだ。


 おしくも、2日目の山の64人に残ることが叶わず、3日目の今日は街を警らしていたジャック。

 大会中の恒常業務は、参加資格の無い騎士および敗退した者たちによる持ち回りとなるのが通例であった。身体が痛むのは、大会で受けた傷と日中歩き回って出来た日焼けのせいである。


 最終日の今日、休日だったためか観客の入りは3日間のうち最多だったそうだ。大変な盛り上がりを見せ、剣術大会は幕を閉じた───。



(筋肉痛もするし、今日は閉店の札を掛けようか……)


 そう思案したジャックであったが………結局は、いつも通り橙のランプを点灯し、扉に開店の札を掛けた。


(今日はなんだか、珍しいお客がやってくる気がする)


 それは長年店を切り盛りして得た、不思議な勘であった。



◇◇◇



 ───カランコロン。


 ベルガレットが、その店の扉を開けて、心地よい鐘の音を聞きながら入店した時──。


 ……目に入ったのは、カウンター席に座る1人の男性客だった。


 次に、カウンターの中にいるジャックと目が合う。

 「そんなまさか」という風に瞠目するのを横目に、ベルガレットはカウンター席へと向かった。


「…………」


 適当な椅子の背を引く。そして、2つ隣の席に座る男を盗み見た。


(この界隈では見掛けない雰囲気の男だな……)


 ベルガレットはそう思った。

 油断ならない気配を漂わせているのにも関わらず、その男の見目は『人を吸い寄せるために計算して作られたのか』と錯覚してしまうほどに整っている。


 ベルガレットの経験上、「ちぐはぐな印象を受ける人間にはロクなヤツがいない」───と。相場は決まっているのだけど。


 ……ゆったりと居心地良さそうに腰掛け、酒を飲む姿からは悪意等を感じない……。


 そのため、ベルガレットは一旦男を気にしないことに決め、そのまま席に座った。


「……えっ……と。こんばんは、フェルビーク小隊長。初来店有難うございます。

……あの、良ければ窓際のテーブル席へご案内致しますが…」


 「今()いているので!」とやけに焦った調子で続ける部下に、ベルガレットは少しの違和感を覚えた。


 歩き方の癖というものは、ひとりひとり違う。その微妙な足音の違いを聞き取れるジャックには、すでに自分の来店が予期できていたはずだ。突然上司が生家へやって来たせいにしても、この狼狽え様はどういうことだろう。


(…俺以外の不確定要素。それは───)



「やあ、今晩は。良い夜ですね」


「…ええ」



 にっこりと微笑んでこちらに声をかけてきた、件の客以外居るまい。



 ジャックが「あちゃー……」と、目元に手の平を当てて呻く。

 男がそんなジャックへぱちん、とウィンクしたのを見とめた。


「───ああ、いや。貴方にとってはそうでもなかったかな?これは失礼いたしました。お詫びに1杯奢らせてください」

「…というと?」

「なに、試合を拝見いたしまして」


 「今日は街中を歩き回ってお疲れでしょう??」と客が微笑む。…どうやら剣術大会における敗者の通例を、ジャックから聞き及んでいたらしい。


(………)


 ベルガレットは男をジッと見定めた。


(あの負け試合を見ていた上で、声を掛けてくる…か)


 ……その理由は一体何なのだろう。ただの冷やかしならば、それで良いが──。


 不審に思っていることを悟られないよう、ベルガレットはニコリと笑った。


「ほお、それはどうも。不甲斐ない試合をお見せしてしまいましたね」



 ───キュッ、キュッ!キュッ、キュッ!


 と、ジャックの一心不乱にグラスを磨く音が、店内に響く。


 それは目の前で繰り広げられる白々しいやり取りから逃避し、ただの背景に成り代わろうとしているかのようだった。


(……………へぇ…)


 と、ベルガレットは内心で眉を上げる。


 ………この2人は、見るからに知り合いだ。


 ───それも、『客』と『店員』以上の。



 どうやら、ジャックはこの場を男に任せ、自身はシラを切り通すつもりらしい。


「ああ、そんな。───『不甲斐ない』だなんて」


 言いつつ、男がクスクスと笑った。


 手に持っているグラス。それに入った緑の液体が、男の手の動きに合わせてゆらゆらと回った。


 ゆっくりとそれを口に含んでから、歌うように言う。



「ただ、私の婚約者が強過ぎただけですよ」



「───君か」



 「マクホーンの婚約者は」、と。ベルガレットは思わず笑った。


 そんな自分を見て、男とジャックが意外そうな表情を浮かべる。それはそうだ。自分でもビックリするほど、軽やかな笑い声が出たから。


 ベルガレットはそのまま男に向き合う。彼も、こちらに身体を向けた。



「ヴォルフ・マーナガラムと申します。アリアナ共々、以後お見知りおきを」


「ああ、俺は『ベル』だ。よろしく」


「……『ベル』??」



 ひょい、と片眉を上げたヴォルフと同時。

 ジャックがグラスを拭く手を止め、名を繰り返した。


「どうした?ロープ」

「あ、いや……割り込んですみません…!その名前に聞き覚えがあったもので…」

「……」

「小さい頃、お父さんがおやすみの前によく聞かせてくれた話があるんですよ。若い頃してたっていう、旅のお話。

それに時たま登場するんです。───『ベル』っていう、超カッコいい親友が!」

「……」


 「…まあ、お父さんの言うことなんで、どこまでホントか分かんないですけどね」と、ジャックが苦笑する。ジョンの気ままで軽い性格は相変わらずのようだった。実の息子のことさえ、普段から振り回しているらしい。

 慣れた様子のジャックに、ベルガレットはしれっと答えた。


「ほう、そうか。…まあ、今は業務時間外だ。気楽に接して欲しい」

「……」


 言うと、ヴォルフが上唇をめくって笑う…。

 今度は逆に、相手がこちらを見定めようとしているようだった。……多分、彼が想定していた反応と実際の反応が、違いすぎていたのだろう。


 ベルガレットはなるべく軽い口調を心掛けた。警戒を解いてもらい、美味しく酒を飲みたかったからだ。


「じゃあヴォルフ君。今晩は付き合ってくれると思って良いのかな?

正直、1杯では足りないほどしてやられたよ。君の婚約者には」

「…ええ。是非」

「では、ウィスキーの水割りを」


 「濃い目で」と言うと、ヴォルフが頷く。その後、彼はジャックに目配せをした。


「ジャック、頼んだ」

「はい」

「あと、俺にも同じ奴を」

「はい」


 2人の慣れたやり取りに、ベルガレットが瞬きをする。

 男がアリアナの婚約者であると分かった以上、彼とジャックの関係には疑問が残ったのだ。


 アリアナに懸想している(と思われる)ジャックと、その婚約者がなぜ顔見知りなのか───??


(…一体どういうつもりで交友しているんだ?)


 と、ジャックに視線を差し向けるベルガレット。それに気づいたジャックが、酒を注ぎながら苦い顔をした。


「小隊長、やめてください。…せっかく現実逃避してるのに」


 そう言ったジャックに、ヴォルフがにやにやと面白そうに笑いながら、口を開く。


「へえ~?何から??」

「………べつに。………まあ、『認めなきゃな』………とは思ってる…。……てだけの話です」

「うん??」


 ヴォルフが首を傾げて聞き返した。サラサラと前髪が流れる。


「…………。」

「何を??」


 黙り込んだジャックは、促されてやっと口を開いた。


「……ヴォルフさんが!アルの『婚約者』に値する人間ではあるってこと!───言わせるとか性格悪いですよ」


「───はははっ」


 「いや、悪かったよ」とヴォルフが笑いながら謝る。ジャックが悔しそうに言い切ったのを見たベルガレットは、彼に拍手を贈りたくなった。


(ほろ苦いな………)


 ……おそらく、ジャックはきちんと分かっているのだ。


 「ヴォルフと自分では、男としての格がもう違う」───と。


 しかし、「太刀打ちできないから」と言って、「諦める」とさっぱり公言出来るほど、ジャックはまだ大人じゃない。


 彼は「仕返しに」と、せいぜい悪ぶって言う。


「言っときますが、ヴォルフさん。…余裕でいられるのも今の内だけですからね」

「…というと??」


 聞き返したヴォルフ。ジャックは少しだけ、表情を真剣なものに変えた。


「…あなたも分かってきたんでしょ?


────アルは、一筋縄じゃ行かない」


「………」


 図星だったのだろう。


 黙り込んだヴォルフに、構わずジャックは脅しつける。



「傾ける気持ちがでかくなる程、あなたはそれを実感することになる────。



でもそっち方面は絶対、協力してやりません」



「……へえ、そりゃ残念だ」



(『そっち方面は』、か)


 2人の会話を聞いていたベルガレットは、確信する───ヴォルフとジャックは多分、「こっち方面(剣術大会)」では固い協力関係を結んでいたのだろう。今回の舞台は、アリアナが1人の力で作ったとは思えない程、出来すぎていた。


 つまり…………ヴォルフとジャックは共犯だ。


(ロープがぎこちなかったのは、俺に対する罪悪感からか…)



「……はい、どうぞ!」


 と、考えている内にジャックから声が掛かる。

 ぷい、とそっぽを向きながらも2人分の酒を差し出すジャックに、ヴォルフはくすくすと笑って見せた。


「───ありがとう」


 それが存外真摯な響きだったため、ジャックはなんとも言えない気持ちになったのだろう。複雑そうな表情で口元をもごもごさせたあと、「どういたしまして」と答えた。


「…面白い」

「面白がらないでください」


 ベルガレットが口を歪めて笑いつつ言うと、ジャックにピシャリと撥ね付けられてしまったのだった。




「───それにしても、小隊長。珍しいですね」


 「せっかくなら、3人で乾杯しよう」と言ったヴォルフに頷き、自分用のソフトドリンクを用意していたジャックが、こちらに声を掛けてくる。


 「ん?」とベルガレットが聞き返すと、ジャックが首を傾げた。


「だってそうでしょう?愛妻家で有名な小隊長が、仕事終わりに飲み屋へいらっしゃるなんて」


 ジャックに言われて、ベルガレットは最近のことを思い返す───。そういえば、特に妻が懐妊してからは、残業も極力しないよう仕事を片付け、真っ直ぐ家へと帰っていた。

 しばらく「ベルの付き合いが悪い。たまにぐらい遊んでくれてもい~のに」と第1小隊長がこれ見よがしにぼやいていたので、その辺の事情は皆が知るところなのだろう。


「今、妻は息子と一緒に、義実家の領地へ帰っているんだ。『1週間ほど義両親に顔を見せてくる』、と」

「なるほど」


 ジャックは頷く。


「じゃあ、しばらくは皆、小隊長を遊びに誘えますね」

「!………。まあ、そう…だな」


 言われて初めて、ベルガレットは気付いた。

 息子が生まれる前の自分なら、妻達を引き留めていたか、一緒に里帰りへ付いていっていたはず。

 その理由は「何かあったときに彼女らを守れるのは、自分しかいない」と思い込んでいたからだ。



(そうか……。キャロラインは、俺が『心置きなく仲間と過ごせるように』と、気を遣ってくれたんだな………)



 と、ベルガレットは愛する妻に想いを馳せた。

 ………まあ結局、年甲斐もなく剣術大会での勝った負けたにはしゃぐ同期たちとの打ち上げには、参加しなかったのだけど。

 そしてなぜか、敗けた相手の婚約者と、酒を呑み交わすことになっている……。


「では、いただこうかな」

「ええ。どうぞ」

「ヴォルフさん、いただきます」


 チーン、と乾杯して鳴る3つのグラス。その音が、懐かしく感じた………こうして静かに飲むのはもっと、である。


 喉を下っていく液体の感触やひりつき。それがやけに心地いい。

 ふーっ、と息をついた。鼻から抜けていく香りに、微かな甘さを見出だす────美味い。


「疲れた身体に沁みるな…。今日は久々に街を回ったよ。まさか、剣術大会の1回戦から敗退するなんてな」


 「一体何年ぶりのことだろう?」──と、ベルガレットは思考を巡らせる。警らを終えてから支部に戻り、書類も少し片付けていたので、上がりがこの時間になってしまった。


 それを聞き、ヴォルフが笑う。


「貴方のスタイルを考慮すると、今回は大会の形式上、リアに分がありました。……でしょう?」


「そう言って貰えるとありがたい」


 実戦ではジャックが敵の位置を把握し、その伝達を受けたベルガレットが『鷲の目』で射る───と言うのが、最近の定石になっている。

 弓矢は発砲音や煙が出ない分、隠密行動を要求される偵察隊では重宝された。

 もちろん『鷲の目』にも、「相手方の勢力をあらかじめ把握しておかなければならない」というデメリットがあるのだが、それをジャックが上手く補正した形である。『聞き耳』のお陰で、相手の全数を概ね確認できるようになったため、「敵の前に姿を晒す」というリスクが省略できるようになった。その分、より有効性は高くなっているという状況だ。

 さらに、矢には作戦に応じて様々な種類の毒を塗っている。乱戦にならない限り、ジャックとベルガレットが連携すれば、無双状態だ。


 しかし、今回は限られた試合場内のみでの闘いを強いられた。

 毒も使えば、本来なら100メートル以上先からでも相手を制圧することが出来るベルガレットだ。…条件が違えば、試合の結果も変わっていただろう。


「……まあ『そうでなくとも勝てる』、と。俺は思っていたんだがな……」


 「見込みが甘かった」、と言わざるを得ない。

 以前から気になっていた─そのことを認めるのすらいやだった─目の上のたんこぶ。それを、「この機に排除できる」と勇み足になり、ペースをアリアナに持っていかれた。彼女は、こちらがそうなることを読んでいたのだろう…。



「そりゃリアの成長は、誰からも予想外だったはずです。

何と言っても、リアのお祖父様──あなたの師匠が、直々に稽古をつけたんですから」



 ヴォルフが肩を竦めて言う。ベルガレットは眉間に皺を寄せ、ニヤリと笑った。



「……どうだかな」


(悪知恵を植え付けたのは、間違いなくこの男だ)



 婚約者(アリアナ)だけでなく、ジャックにまでも。


 ──多分、今回の最も大きな敗因は、そこだった。



 ……ふう、と息をついて、ベルガレットおかわりを所望する。


「これはあくまで俺の想像だが───」

「ええ」

「今にして思えば、師が俺にマクホーンを───いや、『アリアナ』を託したのは、彼女のためだけじゃなく、俺のためでもあったような気がしてね」

「………」


(バチバチに鍛え上げてからぶつけてくる辺り、人が悪いが……)


 「そこは相変わらずだな」と、ベルガレットは薄く笑う。



「───おそらく師は、このまま行くと俺が自分と同じ轍を踏むことになるのを、分かっていたんだろう」



 ベルガレットは己を振り返る……。

 師の生き方を信奉─あるいは盲信─していたことについては自覚があった。こちらが尊敬の眼差しを向ける度、浮かべていたあの複雑そうな表情…。


 それも、思い返せばどこか心配そうな、皮肉めいた顔だったように思う。


(だが、当時師に諌められたとしても、俺はそれを受け入れられなかっただろう───)



 ……だから、師は孫を残したのだ。



「………俺は遅かれ早かれ、アリアナとは剣を交えるべきだった。……多分な」


 そう言ってから、ベルガレットはヴォルフとジャックを交互に見つめた。


「それを今回、あの緊張感のある試合でさせてくれたこと、ここで感謝しよう。



────ありがとう」



「「……………」」


 ──「まさか、バレてるんじゃ無いだろうな…?」──と。ヴォルフとジャックの頭には同じ考えが過っているに違いない…。しかし、ベルガレットは敢えてそれ以上の追及をしなかった。


 2人がどんな悪事を働いたのか───それは今、然程重要ではない。

 大事なのは、アリアナがあの20分に満たない時間の中で、自分に大きな変化をもたらしてくれたということ……それに尽きるのだ。


 「だから、今は泳がせておこう」──と。そう思ったのだが。


 ()の婚約者は「さすが」と言うべきか……「叱責されないのならば」と、遠慮なしに次のカードを切ったのである。



「では、奥様方が戻られたら、次はこちらに顔を見せてはいかがです?ベルさん」



 「良ければ、俺とリアが道案内しますよ──辺鄙なとこに建ってるんで」。そう言って、にっ!と笑ったヴォルフが差し出した紙。


 ───そこには、グレイズの連絡先が綴られていた。




実際には、ジャックが幼い頃に騎士を志すまでは度々<Rope's Kitchen>へ足を運んでいたベルガレット。

Rope's(ロープ) Kitchen(の食堂)>などという大変分かりやすい店名であったため、割とすぐにジョンとの再会が叶いました。



番外編を追加しました。「ここらで休憩したいな」という方はどうぞお楽しみ下さい。

▼対応するお話「狼商人は丸め込む」

https://ncode.syosetu.com/n8272ha/5/

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