10.嵐
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教会への報告は済ませたが、しばらくの間はこの街に留まっているようにと言われた。どのくらいかと聞くと、聖騎士の方々と連絡がとれるまでとの事。
ついでにさっき知った事だが、この国の騎士制度は、どうも教会独自の制度のように思える。神父の言い草が、まるで我らが騎士団とでも言うような感じだった。
まとめるとこうだ。国直属の武力は兵士団とか軍とか言われていて、教会の武力が騎士と。
俺の知っている騎士というのは、あくまで貴族制度の最下層に過ぎない。コレットも騎士爵がどうのと言っていたから貴族制度の一部に違いはないんだろうが、こっちの騎士は国ではなく、教会所属の騎士爵のように思える。
国への貢献があれば男爵に格上げできた前世と同じように、騎士爵から男爵とかになれたりするんだろうか。教会への貢献なのか国への貢献なのかは知らないが。
まあ、どうでもいいか。なんたって俺に関わりのない話だ。
そう、どうでもいい事だ。こんなにどうでもいい事を考えてしまうのも、全てこの場の雰囲気のせいだ。
馬車の中に即席で作った寝心地は、夏だというのに寒いし蒸しているし虫はいるし固いしで最悪だ。その上、一緒に寝ているジャクマンもピエールも一言も喋らない。
ジャック、イザベル、アテナにジャンのいる部屋でも、同じような空気なのは容易に想像できる。
いつもは鬱陶しく感じるジャクマンが喋らないのも、ピエールのさりげない気遣いがないのも、最早違和感で気持ちが悪いほどだ。
スラムでは元々一人で過ごしていたから、喋らない事に慣れているにも関わらずだ。社交性って項目のレベルが上がったと喜んでいいんだか悪いんだか。
いつもの買い出しよりも倍の時間は滞在しているのに、誰も帰ろうとはしなかった。もっとも、イザベルは往生際悪く「あー早く家に帰りたいねえ」と言ってこれみよがしにアテナをチラ見していたりはするが。
アテナは家族みんなで色々なところへ行きたがった。子どもたちと一緒に遊んだり、買い出しによくいく店や民家に挨拶に行ったり。どこへ行くにもみんなで一緒にと、わがままのように。
教会へも、毎日足繁く通った。
教会で騒ぐわけにはいかないから、微妙な空気がさらにしんみりとしたものになって、俺は行くのが嫌だったが。
毎日お祈りを見せられていては、嫌でもアテナを見てしまう。
胸の前で手を組み、まるで息すらしていないかのようにひたすら祈るアテナ。何を考えているのか、何を感じているのか、はたまた神との対話をしているのか。
……神ね。魔法なんてものがあるから、神なんて存在しない俺の持論が揺らがされる。
もしも神なんてのがいるなら、アテナは神とどんな話をしているんだろう。お前が行動しなければこの国は滅びるとかだろうか。それともお前の献身が皆を幸せにするとかだろうか。
馬鹿馬鹿しい。
この世界にも星や月があるくらいだから、宇宙だって当たり前に在るはずだ。それなら、無限にあるうちの惑星の一つの無数にいる人間に、注視したりするだろうか。国どころか世界を見守っているかどうかすら怪しいっていうのに。
神はあなたを見守ってくれています。この世界の神父も、前世の宗教も揃って口にする言葉だ。
神のくせに、俺の一人や二人救えない無能の何がすごいんだか。
俺がそう思っていても、アテナは祈る。アテナが祈っている後ろ姿を、俺の記憶に押し付けられているみたいだ。
トラジスのへ来て二週間、思ったよりも早く教会の連中がやってきた。
上等な衣服とギラギラの装具を身に着けた十人近い集団が我が物顔で通りの真ん中を歩いてくる様は、神聖さや威厳といった印象よりも、物々しさや畏怖を感じてしまうほどだった。
街の人間も一様に頭を下げて、ちょうどアテナのお祈りに付き合っていた俺たちも――俺は甚だ不本意ではあったがジャックに無理やり頭を抑えつけられた――頭を下げた。
教会から派遣されてきた連中の中に、見覚えのある顔があった。
アリウムだ。事ある毎に俺に突っかかってきては、俺を毛嫌いしている奴。どうやらコレットの
そいつらに連れられて教会の応接室で話す事になったが、教会のお偉いさんはアテナを見てにっこりと微笑んだ。
「君が、セルゲイ様の天啓を授かったという子ですか」
この教会の神父よりも遥かに上等な法衣、きっちりとセットされた神を偉そうな帽子で隠しているおっさん神父。
に対して、グラウコーピス家の面々の中で一人だけ椅子に座らされたアテナは、丁寧に頭を下げた。
「はい、アテナ・グラウコーピスと言います」
「うんうん、利発そうな子ですね。私はセルゲイ聖教司祭のサチェルド・ムネリスと言います」
言うと、サチェルドと名乗るおっさんはアテナと同じように頭を下げた。
アテナは緊張からか恐縮からかはわからないが、司祭から丁寧にされて少し挙動不審になった。
「そんなに緊張しなくても、いくつか問答するだけですよ。どうか楽にしてください」
問答と言いつつ、サチェルドが始めたのは普通の雑談だった。
「ドムレディレですか、実り豊かないい場所と聞いています。銃年ほど前の事件は残念でしたがね……」
「ほほう、戦闘訓練まで。実に勤勉」
「信心深い信者を、セルゲイ様は嬉しく思っているはずですよ」
などなど、神父と市民が会話する内容として当たり障りないものばかりだった。
話を聞いているとアテナの生まれや思想なんかを探っている内容でもあるが。
「さて、セルゲイ様からの啓示の話ですが」
およそ二十分は雑談しただろうか。ようやく本題に入るらしい。
「それはどのような内容でしたか?」
何気ない質問だったが、さっきからサチェルドから感じている嫌な感じが少し濃くなった気がした。
「はい。私に国を救って欲しいと」
「ほう。アテナは、魔法使いでしたね。確か人の傷を治せるような魔法だとか。ああ、いえ、実演は結構です。セルゲイ様は全知です。そのセルゲイ様が、治癒の魔法で戦争に勝てるとおっしゃったのですか?」
なるほど。報告を受けてこっちに来たはいいが、この神父は端からそんなもの信じちゃいなかったわけか。
「神さまから受ける啓示は、人によって色々あるって聞きました。他の人がどんな啓示があるかはわからないです。でも、私はそう受け取りました」
なるほど上手い言い回しだ。啓示をもらった人間の話を聞いた事はないが、否定も肯定もせず、啓示があったという事だけを伝える言い回し。
アテナは、サチェルドの問をそんな感じでうまく躱すように答えていった。
「なるほど、あなたは確かにセルゲイ様からの啓示を受けたようですね」
と、サチェルドが問答を終わらせる頃には、苦笑を隠さなくなるくらいにはアテナの頭の回転が速かった。
「はい、神さまのいうとおり、私は必ずフィニスデュナリスを救ってみせます」
セルゲイだかの名前をただの一度も口にしてはいなかったっていうのにだ。
「サチェルド司祭、この者はコレット様にも目をかけられていました。信用できる娘かと」
と、助け舟を出したのはそれまで一言も喋っていなかったアリウムだった。
実は……と言って耳元で何事かを喋るアリウム。それに納得したかのように頷くサチェルド。大方ウビンインチでの出来事を聞かせているんだろう。
一通り小声でやり取りした後、サチェルドはにっこりと笑った。
「では、明日にでも王都へ出立しましょう。セルゲイ様の使徒ともなれば、急ぎ教会で洗礼を受けねばなりません」
あれは、一切信じていなかった。
夕食を終えてから、俺は一人で外へ繰り出していた。目的地に向かって足を向けながら、司祭の様子を思い出して考える。
グラウコーピス家はアテナと離れる不安からお通夜よりだんまりとしていたが、俺は一人で別の懸念を覚えていた。
司祭の様子は、社交辞令や外面の取り繕い方の上手い人間のそれだった。前世ではそんなスキルが当たり前すぎてすぐには気づかなかったが、思い返せば思い返すほど表面だけのものだという確信は強まっていった。
啓示が俺の思った通り赤紙と変わらないのだとしたら、教会では神の啓示なんて嘘っぱちだと暗黙の了解になっているはずだ。
最初からアテナの言い分を信じちゃいなかったってわけだ。
だとするなら、何故やってきたのか。
決まってる。神を騙るアホを異端認定するためだ。神の権威を教会で独占したいのなら、教会以外から神の意志を受け取れる存在は都合が悪い。
「どうするかな」
いざ教会が見えてくると、これから迫られてしまう選択が憂鬱で仕方がない。
傍観か、逃げるか、殺すか。
教会の聖堂に灯りはついていなかったし、扉には閂がかけられていた。教会の裏へ回ると、灯りが盛れている窓を見つけたので覗いてみた。
教会と言えど質の悪いガラスだったため磨りガラスになっており、中の様子を見る事はできない。が、くぐもった会話は壁やガラスの隙間から拾う事ができた。
「アリウムよ、どうしてそこまであの娘をかばうのですか」
昼間の司祭の声に対し、アリウムは焦ったような声で抗議した。
「しかし、あの娘は敬虔な信者です。コレット様に見初められるくらい人格も素晴らしい。決して異端などではありません」
「……良いですかアリウム。セルゲイ様から選ばれるのは並大抵の事ではありません。十五も生きていないような子どもが、セルゲイ様に選ばれるなどありえません」
「信奉の厚さに年齢など関係ないはずです」
「嘘で神を冒涜した事を許すわけにはいきません」
「しかし……嘘のようには思えません」
そこまで聞いて、俺は撤退する事にした。
あまり長居すると不審者として、それこそ首を飛ばすだの言われる事態になりかねない。
松明が揺れる通りをだらだら歩きながら、また考えを進める。
傍観するとどうなるか。アテナは殺されるし、ついでにグラウコーピス家も殺されるかもしれない。異端者とそれに加担した家族を、教会の権威は許しはしないだろう。
だからこそ今のうちに逃げると知らんぷりできる。が、またもや生活基盤を失ってしまう。
なら殺すのか。
スラムにいた頃――正確にはその終盤には、俺に身寄りは一人もいなかった。だから何をしても誰にも影響はなかった。あってもどうでもよかったと言った方がいいか。
が、今の生活圏はドムレディレだ。俺が教会の連中を皆殺しにしたとバレると移住しなくてはいけない。指名手配から逃げられたらの話だが。
バレなくても、グラウコーピス家と教会で一悶着あった事はすぐに知れる。そうなると結果は大差ないものになる。
「……めんどくせえな、ホント」
宿屋が見えてくる頃、俺が呟いたのはグラウコーピス家が直面している問題に対してではなかった。
宿屋の前に見覚えのある女と、そのお付きの女が佇んでいる事に対してだ。
「奇遇だな黒雑巾よ」
「……抜かせアバズレ」
邪悪に笑うマリアは、相変わらず背景との解像度が違っていた。




