7.人には不向きがある
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素朴で幸薄そうな顔立ちのソアラを見て、化粧映えしそうな顔だなと思った。
というか前世でスッピンになるとこんな感じになる女はよくいたので、これでもかと既視感を味わえる。
「あの、あの子、悪い子ではないんです。けどちょっと、正義感が強くって」
今生の俺と同じくらいの年齢のはずなのに、ソアラは妙に色気のある表情でため息をついた。やんちゃな弟の面倒を見ているうちに人妻感を獲得してしまったのだろうか。
「気にしてない」
嘘だけど。
「私も、いつも注意してるんです。もっと考えて行動しなさいって。でも、私にはちょっと難しいみたいで……どうしたらいいでしょうか」
「ん……それは、相談か? 相談ですか?」
「はい」
「なぜ俺に?」
「えっと、みなさんが、ケイさんがとても頭がいいって言っていたので、いい方法を思いついてくれるかもしれないと思ったので……すみません」
俺が黙っていると、ソアラは謝罪を挟んで矢継ぎ早に続けた。
「ケイさんが体をキレイにするようにしたり、部屋をキレイにしたりしてから病気が減ったとかですね、大人でも知らないことをたくさん知ってるっていう話を聞いたんです。あとあのジャックさんが強くて良い男だって言ってたので」
喋りながらも顔を赤くして視線を四方八方に散らすソアラ。器用だな。
「あ、いえその。ですからその……どんな人なのか気になっていて」
そして尻すぼみに言葉が消えていった。
もじもじとするソアラから視線を外してやって、少し考える。
ラフテノは、ソアラの言う通り曲がった事が大嫌いな人間といった感じだ。アテナとの組手の時も、守るべき対象を女と一括りにしたのもそういう理由だろう。
そういえば今思い出した。トラジスにいたアミスという少年がラフテノとソアラの事を少し話していたなと。つまり人望があり情にも厚いと。
しかしまあ、恋は人を盲目にするとはよく言ったもので、自身の行為が自分本位である事には気づいていないのだろう。
「あの、考えてもらえているだけでありがたいです。優しいですね」
俺の沈黙をどう受け取ったのかわからないが、ソアラはそう言ってはにかんだ。
「……今はちょっと、アテナに会えて浮かれてるだけだろ。だと思います」
「ああ……あの子、アテナちゃんのこと大好きだから」
「アテナにいいところ見せようとして俺を下げてこられるとぶっ……どうかと思うときもありますね」
「……それは、すみません」
「周りの大人が理性を教えてやれよあれは」
「あはは……あの子があんな風になってるのは、実は初めてで。すみません」
じゃあ原因は俺か……
おそらく初恋の相手の家にいきなり男が居候を始めたと知って、気が気でないという事か。気持ちはわかるんだけどな……
「まあ俺はいいや。それよりもアテナの気持ちを尊重してないのが問題だろうな」
俺も人の事を言える立場じゃないけどな。
「ああ……アテナちゃん、自分でやりたいって言い出したって……すごいですよね、まだ小さいのに」
話の毛色が変わったと思ったら、なぜかソアラはちらちらと俺の様子を窺い始めた。
なんだ急に。さっきまできちんとした会話の流れだったのに。注意欠如の多動症的なあれだろうか。
「……ラフテノがアテナの気持ちを尊重して、理解していればアテナに怒られる事もなかった。気持ちが強すぎて押し付ける形になってる典型だ。です」
俺が強引に話を戻すと、ソアラは一瞬ぽかんとしてから、また顔を赤くした。百面相みたいだ。
「そ、そうですね。ラフにはちゃんと言い聞かせるので、すみません」
アテナへの説教も一段落ついたのを見て、俺は仕事を始めるためその場を離れた。
今日は比較的温かいな、なんて思っていると、渦中のアテナが俺のところへやってきた。
「ソアちゃんと何話してたの」
まだ怒りが継続しているのか、さっきと変わらず抑揚のない声だった。
「……ラフテノについて」
「ふぅん。楽しそうだったね」
アテナから発せられる妙な圧力に、俺は思わず一歩距離をとった。
「ソアちゃん可愛いもんね。とってもいいお姉ちゃんだしね」
これは面倒くさいやつだ。
どうして体感年齢おっさんの俺が、こんな甘酸っぱそうないざこざに巻き込まれなきゃいけないんだ。
「明日も訓練してね、ケイ」
圧力をさらに強めるアテナに、俺は深い溜息をついた。
それからというもの、俺はよくソアラに話しかけられた。
今日も仕事を頑張ってたとか、どこで知識を得たとか、あの人がどうとか、そういう他愛ない話ばかりだったが。俺はそれに対してほとんど最低限しか答えなかったが、たまに少し話が広がると、ソアラは楽しそうに話に耳を傾けた。
それが面白くないと思っている人間は最低でも二人いて、一人はアテナだ。
俺とソアラが話した後は、決まってアテナがやってきて不機嫌を隠そうともせずに詰め寄ってくる。時には何を話していたのか聞かれ、時には黙って隣に座るなどだ。
ぽつぽつと話していると、少しずつアテナの機嫌が直ってくるのは救いだ。
が、今度はラフテノに絡まれる。
「なんで姉ちゃんと仲良くしてんだよ!」
「オマエの事なんかアテナはどうとも思ってないからな!」
などといった他愛ない小言だ。
前世では死ぬ大分前から人間との接触をできる限り避けていたし、学生時代ですらこんな事はなかった。こんな事になるのなら、ホストをやっている奴にでも教えを乞うておくべきだった。
なので、最近の俺はスラム培った冷静さとは全く別の技術を手に入れてしまった。
無だ。全ての感情を捨て、無の境地へと至った。ソアラとアテナの好意にも無、ラフテノの対抗心にも無を貫く。
そう、せっかく殺すのが得意なんだから心を殺さない手はない。
平穏無事な生活のためだ。人間関係とはこういう事もあるのだ。
少し心持ちが回復するのは、最早鍛錬の時間だけになっていた。アーサーを殺すために日課にしている鍛錬だが、自分のためだけの目的を目指す時はなんと心洗われる事か。
次点で、ピエールとの組手だ。
寡黙なだけでなく、教えた事を忠実に再現しようとするのも高評価だ。ついでに、俺が教えた事を言葉少なながらもアテナに教えている時間も心穏やかでいられる。マイナスポイントといえば、俺の皮膚を焼こうとしてくるラフテノの視線くらいだ。
無の境地がプラスに働いたのかはわからないが、サボりたいと思いながらも仕事はガシガシとこなす事ができた。
何も考えたくない一心で動いていると、精神と比例して時間もなくなっている。俺個人としては良い悪いを判断するのが難しいところだ。
おかげで仕事の覚えは早まった。元々慣れない事でも、この体ならすぐに適応できていたものが、グラウコーピス家の仕事に関しては自分でも驚くほど上達が早かった。
前世知識を活かして農具を刷新なんて事はできなかったが、周りからは明らかに一目置かれているのは伝わってきた。挨拶は必ずされるし、頼りにされている実感もある。
そういった空気感がついにラフテノにも伝播してしまったのか、俺の仕事っぷりにいちゃもんをつけられる事が減ってきた。
仕事ができるというのは、人間関係で結構重要なファクターだ。信頼されやすく、人望も得られやすい。認めたくはないが。
ソアラとアテナが俺に接触してくる事も増えた。時には弁当を振る舞われたり、時には汗を拭くと言って服を脱がされそうになったり。
すでに捨てたような人生でモテ期が来ても何も面白くないにも関わらず、二人に攻め立てられるのは面倒だ。
広大な敷地の種まきが終わり、柵や農具の修繕が主な作業になった頃、俺はラフテノが一人で泣いているところを見つけてしまった。
ラフテノ最近、俺の粗探しをする事はせず、俺の仕事に競うように仕事に打ち込んでいた。が、力仕事などは当然ながら圧倒的な差があるし、その気になれば三日三晩動き続けられる俺と比べるのもおかしな話だ。
見つけてしまってから、どうしたものかと悩んだ。
俺が何かを言っても聞き入れないのはわかりきっているし、そもそもなんで俺が余計な気を回さなければならないのか。
……そう、余計な事だ。余計な事をしようとしている。面倒だぞ、俺、それは面倒だ。
「おい」
俺が呼びかけると、ラフテノは体をびくりとさせて、俺だとわかると眉根を寄せた。
「な、なんだよ」
「水浴び行くぞ」
「は? なんでだよ。オマエなんかと」
「うるせえなクソガキ」
俺はラフテノの首根っこを掴み、強引に引きずり始めた。
ラフテノが逃げ出そうと暴れ始めると、俺はすかさず首の血管を軽く圧迫して大人しくさせた。
そうやって引きずってきたのは、生活用水としても利用している川の支流。
ちなみにだが、生活用水と水浴び場を分ける作業をしたのは俺だ。家の中で使う水とは別に、水を浴びた後の水は畑や農具を洗うのに使われている。流れが緩やかになるように調節するのは苦労させられた。
そこにラフテノを放り投げ、俺は服を脱いで後に続いた。
「何すんだよ……」
家からは少し距離があるため、ラフテノはすでにされるがままになっていた。着の身着のまま川へ放り込んだというのに、抗議の力は弱々しい。
「お前が濡れたいかと思って」
「思ってねーよ」
「姉と片思いの女の気を引けずに泣いてるのかと思ったわ」
そう言ってやると、ラフテノは喉を詰まらせたように押し黙った。
「言っとくけどな、俺にそのつもりはない。仕事はやるしかないからやっちゃいるけど、俺は一日中食っちゃ寝できる生活の方がいい」
ラフテノは俺を訝しげに睨みながら、今度は自分から体を川に浸した。
俺も少し距離を開けて全身浸かった。
「お前にはわからないだろうけど、人間なんて信用できたもんじゃないんだよ」
「でも、オマエは、みんなから信頼されてるじゃんか」
「俺はしてない。表面上関係が悪くならない程度にはしてるけどな」
「アテナも、姉ちゃんも、オマエばっかり」
「それだ、クソガキ」
俺はチャンスとばかり続ける。
「お前は今までアテナを守るために色々やってきた。そうだろ? 仕事はそのためにやってるんだろ。ソアラも言ってたけど、家族のためにも頑張ってる。そうまでしてるのに、あいつらお前に報いる事はしてない。お前、そんなん信頼なんかできるのかよ」
「それとこれとは、関係ないだろ。だって、信頼するのと気持ちは別じゃんか」
「なんだお前、そんな事までわかってんのになんでその先がわかってねえんだよ。お前が誰かのために頑張ろうと、それを返してくれる奴なんかいないんだ。信頼してたって、されてたってな。なら、もうするだけ無駄だろうが」
「……俺が、頑張ってるのは」
「家族のためだ。好きな女のためだ。結構結構。けどな、そいつらがお前のために何かしてくれる保証なんかないぞ」
「俺が、頑張ってるのは!」
ラフテノはそこで体を起こし、俺を睨むが後が続かない。
ふふん。一生分の含蓄を込めた人間の結論だ。なんせ好きな女に尽くした挙句浮気された経験も含まれてるんだから、この牙城で核すら耐えてみせる。
「……最低だな、オマエ」
「なんとでも言えよ。俺から体力と力をとったら、ジャクマンは俺を邪魔者にするだろうな。そうなれば、俺は仕事も家もなくなる。仕方なく嫌々でやってんだよ」
「姉ちゃんはオマエが好きなんだよ。それなのに。なんだって姉ちゃんはオマエなんか」
それはそう。なんだって俺なんだか。
セックス以外のコミュニケーションをしない関係なら喜んでなってやるんだが、ソアラにそんな事をした日には、仕事ができようが喧嘩が強かろうが社会的に死ぬのは確実だ。
……なんか、おかしいな。
ちょっと励ましてやろうと思っていたのに、俺の本音をぶちまけているだけになっている。
どうしよう、ここから軌道修正なんてできる気がしない。
「あー……お前も、訓練に参加してみるか?」
苦し紛れに絞り出せたのは、そんな言葉だけだった。
結局、なんかよくわからない時間になってしまった。




