5.ホームシックのような何か
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次の日から、なぜかピエールも朝の訓練についてくるようになった。
ジャックに監視を言いつけられたのかと思いきや、ピエールは俺よりも深く積極的に弓の扱いをアテナ教え始めた。気配の消し方、獲物を仕留めるタイミング、弓を持ったままの格闘術など、弓と縁のなかった俺が持っていない知識をだ。
そろそろ街や隣人と交流するため、昼になってからその準備をしているピエールを捕まえた。
「どういうつもりだ?」
「……何がだ」
「アテナの事だよ。あんたも妹を戦争になんか行かせたくないんじゃないのか。ですか」
「ああ……それか」
牛に引かせる耕運機の地ならしバージョンのような器具を整備する手を止めずに、ピエールは答える。手を止めないどころか、俺にそっちをやれと手で指示する始末だ。
「俺も反対だ」
「だったら止ろよ」
「あいつはもう大人だ。頭もいい。俺たちの言うことを聞かせて、後で後悔はさせたくない」
見た目中学校入りたてみたいな幼さをしている事に関しては、突っ込まないでやろう。
「そっちの方が後悔するかもしれないだろ。あいつも、お前も」
「半神セルギウス様の教えだ」
「あ?」
「己の道を選択せよ。後悔するなかれ。自分の人生は自分で決めて、それを後悔するなという教えだ」
俺の手が止まった。
「セルゲイ教か」
「アテナはソリス教にも詳しい。セルゲイ聖騎士団にいるのに、なぜかソリス教の教えを知っていたコレット・ギーズ様に教えてもらったと言っていた」
これは深く突っ込むのが面倒くさいな。俺の知ってる宗教は、別の宗教を邪教とか魔女狩りとかって言って排除しようとしていたイメージが強い。令和には神道すらぼんやりとしていた日本も、つい四百年前まで踏み絵なんてものがあったのだから。
「フィニスデュナリスは、セルギウス様の生誕の地でもある。アテナは、俺たちの前でソリス教の話はあまりしないな」
「おお……なるほど」
宗教とは無縁の世界に生きていたせいか、スラムにいたじいさんもそんな事は教えてくれなかった。
まあ、どうでもいい話だ。
「話戻すぞ。俺はこれ以上アテナに何か教えるつもりがない」
「好きにするといい」
ピエールは変わらない調子で答えた。
「ケイも言っていただろ、自衛の仕方を教えただけだって。俺は生き残る術を教えてるだけだ。いざという時も含めてな」
「……ジャックに言うぞ」
「好きにするといい。俺は俺の考えを持っていて、父さんは父さんの考えがある。それより、手は止めるな」
「うるせえ」
宿題をやろうとしていたところに、タイミング良く宿題をやれと言うババアみたいな指摘だ。
「アテナが戦争に行こうとするなら止めるし反対もする。そのこととは関係なく、死なないような術を教える。それだけだ」
むかつく事に、俺好みの考え方だ。
だからその次の日、ピエールが俺に組手を提案した時には断れなかった。
言葉少なだし、俺からノウハウを盗み、あわよくば教えを乞おうという魂胆はありありと伝わってきた。それでも、考え方一つ知っただけで断りにくい。
「なんで急に?」
「いざという時に、家族を守るためだ」
とまあ、半分わかっていた事を聞けば、予想通り俺好みの回答を返してきた。額面だけじゃないってのがなおさらに。
前世でそんな事できちゃいないけど、考え方自体はかっこよくて男らしいと思う。そして妹思いの良い兄だとも。
ピエールは無表情にも関わらず、まぶたを細めたくなる。俺ができなかった事を普段からできていて、これからさらに努力をしようとしている生き方。ピエールにそのつもりはないだろうけど、まるで俺の人生を否定されている気すらしてくる。
前世で出会えていたとしても、ピエールに見放されるか俺が逃げるか、そういう関係でしかなかっただろうな。
五日に一度ほど、グラウコーピス家は家族全員で祈る時間を作っている。近くに教会でもあればそこへ行くんだろうが、この世界の世情に疎い俺ですらわかるほどのド田舎に、そんな上等な物は見当たらない。
そのため、セルギウスが使っていたとされる剣を象った木像を奉り、一家はそれに祈りを捧げる。
俺にとってその時間は、家畜や犬の面倒を見る時間でしかなかった。
が、自分自身どんな心境の変化なのかもわからないまま、その礼拝に参加する事にした。
と言っても、祈り自体に俺は参加せず、六人が礼拝している姿を眺めているだけだが。
礼拝の最初に、ジャックの説法のようなものを厳かに語り、それを五人は静かに聞く。それからセルゲイ像に向かって祈る。
驚いたのが、黙っていても顔がうるさいジャクマンですら、神妙に祈りを捧げている事だった。寝ている時以外四六時中喋っているような男が黙っているのを見ると、まるで別人のようで気持ちが悪い。
両膝を立てて胸の前で手を組む所作が、六人とも洗練されている。素人目にも超簡易的なものだとわかるほどだが、それでもずっと続けてきたのがわかるほどの慣れっぷりだった。
アテナの姿を見て、ピエールから聞いた話を思い出す。アテナはソリス教にも詳しいと。
コレットから聞いたと言っていたが、コレットもコレットでどういう経緯で知ったんだか。
このフィニスデュナリスという国は、ピエールも言っていたようにセルゲイ聖教が盛んだ。
スラムにいる頃は、異教徒だと迫害されて行き場を失った奴もよくいた。にも関わらず、騎士団とやらの副団長様が異教徒?
ソリス教がどんな教えを説いているのかは知らない。
が、アテナもソリス教に影響を受けたんだろうか。それとも今熱心に祈っているセルゲイ聖教の影響だろうか。
俺が益対もない事を考えていると、ジャックが祈りを終えて立ち上がった。
「ご苦労。みんな椅子に座ろう。話がある」
ジャックが俺に対しても座るように促してきたので、いつもの定位置に座った。
「そろそろぬかるみも落ち着いてきた。ケイは知らないだろうが、この時期に近所の男連中が働きにくる」
「近所? 隣村じゃなくてか?」
「……そうか、ケイは知らなかったな」
と言ってから、ジャックはこの辺りの曰くを話し始める。
ドムレディレとは、元々この辺りならどこからでも見える山脈の事を指していた。誰が言い出したのかは定かでないし、先祖も誰から聞いたのかはわからないが、とにかくあの山脈をそう呼んでいたらしい。
転じて、その山脈の広大な麓一帯の事もドムレディレと呼ぶようになったと。
「なるほど。じゃあ近所の働き手ってのは」
「近所の若い衆や、家族を養うためにやってくる」
予想はしていた。広大すぎる放牧地と畑があるくせに、六人だけでどう生計を立てていたのかと考えると自然な事だ。まあこの辺りに人が住んでいるというのは初めて知ったので、まさか近所から来ているとは思わなかったが。
まあ、俺がやる事にはあまり関係がないはずだ。
それから、三日後には街へ買い出しへ行く事も伝えられた。この冬の間に底をついた調味料や質の良い布など、雑多品を買い付けるためだ。
「細々した物とは言え、毎年結構な量になる。いつもはイザベルと、男手として俺とジャクマンで行っている。だが、今回はケイがいるからな。イザベル、ジャクマン、アテナで行ってくるんだ。その間、俺は馬と一緒に畑を耕しておける」
というわけで、馬に馬車を引かせて三日の街へやってきた。
道中はジャクマンとアテナが騒がしかったが、それ以外は平穏無事な旅だった。ちなみに、アテナの歌は多少マシなものだったが、ジャクマンはドがつくほど下手だった事を付け加えておく。
「ここがトラジスだよ」
荷台でジャクマンとアテナが騒いでいるのもお構いなしに、イザベルは俺に言った。
遠くからの外観でなんとなく見てとれてはいたが、近くで見ても街とそうじゃない場所の区別が難しい。まばらな畑と街道の区別は分けられてはいるが、街を囲む塀はない。せいぜいが獣害対策のために畑の方が囲われているくらいだ。
民家もウビンインチよりも粗末な出来で、土壁は経年劣化よりも技術不足が目立つ。
俺が住んでいたウビンインチよりも、少し寂れる印象を受ける街だった。ウビンインチは二つの隣国からの交通の便も良かったからあれだけ栄えていたわけだが、こっちが普通の雰囲気なのかもしれない。
街中へ進むと賑わい始めるのは変わらないが、それでもウビンインチの方がずっと活気に溢れる印象だ。
ウビンインチはどれくらい復興したんだろうか。冬が来ていたから大して進められるわけがないが、それでもあれだけ活気に満ちていたのだから冬の間もやっていそうなものである。
ウルターの家は、どうなったんだろう。
宿場――と言っても民宿のようなものだが――に到着した俺たちは、そこに馬と馬車を預けて店が並ぶ通りへと繰り出した。すでに日没前のため、本格的な買い物は明日からになる。
通りすがら、頭の中に足りない物や欲しい物をメモしているようで、イザベルはあーでもないこーでもないとぶつぶつしている。
アテナとジャクマンはそれを邪魔するつもりはないんだろうが、あれもないこれもないと騒いではイザベルに叱られていた。
今日の終わりに、見るからに教会とわかる場所へとやってきた。壁は白く塗られ、見るからに上等なステンドグラスまではめ込まれている教会だ。この街では異質なほど立派な作りをしている。
教会の外を掃き掃除していたシスターへ挨拶して中へ通してもらった。どうやら参拝をしていくようで、イザベルたちは正面に置かれている男の像に近づいていった。男の像は、グラウコーピス家でよく見た剣を杖のように持っている。
俺は入口の近くの長椅子で待つ事にした。そもそも教会に入るつもりもなかったのに、流されるように入る事になってしまったからだ。出ていくのも微妙だな、と。
イザベルたち像の前で跪き、胸の前で手を組み祈る。その所作は、相変わらずに洗練されていた。
俺がぼんやりとそれを眺めていると、神父らしき男がニコニコとこちらへ近づいてきた。ヒゲはモサモサと生えているのに、頭の毛はすっからかんだ。
「こんにちは」
「……どうも」
ハゲ神父は俺に挨拶すると、断りもなく俺の隣に座った。
「君は祈っていかないのですか」
「……付き合いで来ただけなので」
「それはもったいない。セルゲイ様への信仰は善行になりますよ」
その後は興味のない説法を喋り続けるので、適当な相槌だけ打ってイザベルたちを眺め続けた。
宿場へ帰ると、なぜか温かい飯を提供してくれた。どうやらこの街へ買い出しに来た時はいつもここに泊まっていくらしく、イザベルとその子どもたちは楽しげに談笑していた。
何となく居づらくなった俺は、散歩をしてくると言って外へ繰り出した。その時も、グラウコーピスの身内だからと獣脂のランプを持たされた。
壁を通して人の話し声が聞こえる程度の、静かな夜だった。
俺はそこらの道端に座り込むと、なんとはなしに空を見上げてみた。
こういうのもホームシックというんだろうか。ウビンインチを思い出してしまってから、その事ばかりを考えてしまう。
手持ち無沙汰にやりだしたコインロールもおざなりになっているし、ため息も出る。
ウルターは今頃兵士団とかいうところでしごかれているんだろう。元気でやれているんだろうか。立ち直れていたら、どこでだってやっていけるやつなんだが。
しばらくそうしていたが、寒さを感じた頃に宿へ戻っていった。




