8.旅立ち
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外で話そう。ウルターからそう言われた時は、アレガデネブアルタイルベガの歌を思い出した。ちょうど時間的にも星の時間だったから。
ちなみに、アルタイルが織姫で、ベガが彦星だ。アレガとデネブは知らない。
青春できるなんて期待はこれっぽっちも持っていなかったから、
「元から剣の練習はしてたんだ」
というウルターの言葉を黙って聞いた。
「ケイが来てからは、店のために色々と学ばせてもらってたからそんな暇はなかったけどさ。ほら、父さんの足が悪かっただろ、だからたまに見る騎士の人の剣を見様見真似でね。って言ってもさ、騎士と兵士の区別が未だについてないから、見たことのある人がどっちだったかなんてわからないけどさ」
「人を見下す貴族が剣を持てば騎士なんだろ」
「アハハ、相変わらずきついね。それ、他の人には言っちゃだめだよ。前も言ったけど、コレット様の話は有名だったから、聞くたびにわくわくしたんだよ。だってさ、大昔の英雄が今も語り継がれているんだよ、セルゲイ聖教なんて教えもあるくらいでさ。その生まれ変わりなんだ。憧れるよ、そりゃあさ」
セルギウスの生まれ変わり。スラムにいる頃にすらちらほら聞いた噂話だ。この国――フィニスデュナリスにはセルゲイ聖教という宗教がある。起源は知らないが、それこそ神話になってしまうような時代の話だろう。
「セルギウスの片割れがいなくなった……なんて、聞けばみんな落ち込むだろうね。俺にはよくわからないけど、コレット様の死を隠してるのは、そういうことなんだろうね」
情報規制をするにしても、他国の王女(自称)がいる時点で意味がない気もする。仮にそうだとしたら、マリアの国に対して明確な弱みができているし、悪手にもなりそうなもんだが。
もっとも、セルギウスの生まれ変わりとして聞こえてきたのはコレットの話ばかりで、その片割れの話は聞いた事がない。だからどこぞの国の王女なんて話は未だに信じていない。
「なあ、ケイ。セルゲイ聖教じゃないけど、ソリス教の教えではさ、人は死んだら星になるって話があるんだ。コレット様や、父さん母さんは、どれだと思う?」
星ね。どの世界でもロマンチストはいるもんだな。織姫と彦星の話をしてやろうかと思ったが、そもそも星図が同じなのか怪しいので、やめた。
「さあ。知らないけど、ミマモッテクレテルヨ」
「なんで棒読みなんだよ」
ウルターは笑った。
「無宗教なもんでな」
「そっか。旅の人の話を聞いてると、田舎の人ほど多いらしいよ、無宗教」
それから少し間を置いて、
「ケイは、神さまっていると思う?」
俺が答えずにいると、ウルターは再び続けた。
「あの空のずっと向こうに、俺たちを生み出した神さまがいて、太陽と星を創って、そのうちの一つに俺たちのいる大地を創ってくれた。母さんがそう教えてくれたよ。ちなみに母さんは、神父さんから教えてもらったって言ってた」
あの掃き溜めで宗教のウンチクを聞いた事がなかったから、初耳だ。正直に言うと軽く驚いている。
ウルターの話だと、ソリス教を創設した誰かは地動説を飛び越えてビッグバン理論すら匂わせている。本能で自己中心的な思考に寄る人間が、世界が自分のためにあるのではなく、世界の一部だと考える人間もいたのか。
それとも俺の知らないところでは俺が思っているよりも技術が発展していて、確かな観測的結論を出せたのだろうか……前世よりも早くガリレオ・ガリレイが出現していても、別におかしな話じゃない。ソリス教ね……創設者はどれくらい昔の人間なんだか。
「だから、感謝してたんだ。大好きな父さんと母さんのところに産んでくれてありがとうって。俺を幸せでいさせてくれてありがとうって。俺の生きてる環境は全部、幸せだったよ」
俺の考察をよそに、ウルターは抑揚なく独白していく。
「けどさ、神さまって、いないんじゃないのかな。それとも、俺が毎日神さまに祈っていたら、俺を見てくれていたのかな。そうしたらさ、この町がこんなになることもなくて、死ぬまでずっと見守ってくれていたのかな」
ウルターの表情はない。いつの間にか涙で濡れていたが、それだけだ。
こういう時に、気の利いた言葉を用意するのは、俺にはやはり無理だ。まあ、空気を読まずに好き勝手な考察をしている奴に、期待なんてしちゃいないが。
かと言って、俺の考えでは神さまがいたとしても俺らを見て暇つぶししてるだけだよ、なんて被害妄想を垂れ流さない程度の分別はある。
「わからん」
平凡に辿り着いた俺の応答に、ウルターは小さく笑った。
「無宗教だもんね。ケイらしいや」
ウルターはそのまま何も言わなくなってしまった。肌がピリピリとするのは冬の挨拶なのか、沈黙のせいなのか、微妙なところだ。
こういうシリアスなのは苦手だ。人を楽しませる才能はないくせに、シリアスな空間にいるのもいたたまれない。なんて面白みのない人間なんだ。
「なあ、マジで徴兵されるつもりか?」
「行くよ。コレット様の意思をちょっとだけもらって、神さまにも見せつけてやるさ」
沈黙に困ってこぼれた俺の言葉に、ウルターは即答した。
「ケイも来ないか。ケイが思ってるよりも、俺はケイが好きだよ。ケイがいなかったら、命が助かっても生きてなかったと思う。だから、そんなケイがいれば、俺はもっと頑張れると思うんだ」
戦争か。殺し殺されの世界で育ったくせに、戦争となるとまるで別物のように思えるから不思議だ。前世での価値観がそうさせているんだろうが、金を回したい連中に使われるという意識がある。好き勝手にやっている連中に首で使われるのは、いつだってムカついていた。自主的に使われてやるのは面白くない。
と、いうのは本音だ。
「あのジャックとかいう奴のところで世話になる話を、さっきしたばっかりなんだが」
マリアからの提案を、ほとんどの人間が賛成していなかった。騎士団の連中はもちろん、肝っ玉母ちゃんのイザベルですらいい顔をしていなかった。騎士団と同じく、俺があのスラムの出身だという疑惑があるのが嫌だったらしい。
自分の育った場所がどれだけ悪名高いのか、おかげさまで実感させられた。逃げれてよかったマジで。
これから行くアテはないと言った俺に、ジャックだけは頷いた。ならうちに来なさい、と。イザベルと騎士団の反発をどっしりと受け止め、娘の命を救ってもらったからだと言うジャックの意思は固く、頑として譲らなかった。
「あのおっさんにあれだけ言わせて今さら断るのは照れるだろ。お前がこっちに来いよ」
「そんなこと言ったら、あれだけ大きなこと言った俺が曲げたら、そっちの方が恥ずかしいよ。俺は決めちゃったからね」
「まあ落ち着け。明日には考えを変えるかもしれないだろ」
ウルターは答えない。
「人間食った物で体ができてる。今そう考えた体は季節が一つ変わる頃には別物になってる。今は、ちょっと冷静じゃないかもしれない」
「なんだいそれ。ケイは物知りだね」
「食った物を腹で分解して、分解した物が栄養になって生きてんだ、別に不思議じゃないだろ。毎日毎日、人間の体は知らないうちに作り変わってんだよ。だから」
「父さんと母さんを好きなのは、昔からだよ。いつだって変わらなかった」
「……そうだったな」
それだけ言って、やめた。諦めた。
もう、だらだらと店の手伝いをする日々は戻ってこないんだと自覚した。ウルターは捨てるんだと、実感した。
その後、ウルターが俺との思い出をべらべらと語りだしたが、全部聞き流した。ウルターが帰ろうと言うまで生返事で通した。
別れはあっさりとしたものだった。
寝て起きて、街の騒ぎが一段落したと見なし、騎士団はすぐにもマリアを王都へ護送すると告げられた。俺にではなく、同道するウルターにだが。
薄汚い食堂でグラウコーピス家との挨拶を済ませ、あっさりと去っていった。じゃあまたな、というウルターの言葉に、曖昧な返事をすると苦笑いしていた。
一方で、グラウコーピスの面々も朝から慌ただしくしていた。買い込んだ食料や日用品を馬車へ積み込み、騎士団と同じく今日この後すぐに発つらしい。
俺がジャックに指示を仰いでそれを手伝うと、思ったよりも早く積み込み終わったと嬉しそうにされた。
「雪が降る前に戻らにゃならん。これでも長居しすぎたからな」
そりゃそうだ。
いざ出発しようとなった時にちょっとした問題が発生した。馬車定員から一人分足が出てしまった。
家族と荷物だけの予定だったのが、俺というオマケがついた。というのはすぐに思い当たった。ので、即座に俺は徒歩でいいと申し出て、何を言われても譲らなかった。家族同士の団らんに溶け込める自信がない、とは言わなかったが。
口数が少ない代わりに、馬の世話や馬車の整備や火起こしなんかをやってやると、思ったよりも喜ばれた。
体は保つのかと鬱陶しいくらいに心配されたが、体力は自分でも呆れるくらい有り余っている。皮肉な事に。
道中、どこか夢見心地のような気分だった。いい気分じゃない方の。
最近になってやっと平穏な日常に慣れて、だらだらと過ごせるものだと思っていた。それが半年で次の新生活へシフトさせられようとしている。喪失感がそうさせているのか、現実味が希薄すぎた。
前世だと、一度生活が定着すると後は惰性のように同じ事の繰り返しができた。刺激も新鮮さも面白みもないが、平坦なアスファルトがそれなりに続く日常が、俺は好きだった。
この世界では、きっとそんな日常は無理なんだろうなと思う。戦争が当たり前で、インフラも法律もガタガタ。いつどんな事が起きてもおかしくない、の確率が前世の何倍あるのか想像もつかない。そもそも、庶民は誰も彼も明日の食い扶持を確保する事に死ぬ気にならなければならない情勢だ。
馬車から聞こえてくるアテナ、ジャン、イザベルの声は楽しげだ。幾ばくか無理をしている感じもあるが、それも近々の不幸に起因している。俺みたいに前世の平和ボケを恋しく思ってネガティブになっているわけじゃない。
それが少し、羨ましい。我ながらなんて醜い羨望なんだ。
グラウコーピス家が住むドムレディレは、山の麓の盆地にあった。開拓したのか元々木々がなかったのか、見晴らしのいい牧草地をいくつかの種類の家畜が放し飼いにされている。木の柵で囲われているが、柵の隅までたどり着くのに分針だけでは足りなさそうだ。柵から離れた場所には広大な耕地があり、季節が季節ならオウムの触手ごっこができそうである。
そんな牧草地と畑の間に立派な造りの民家がぽつりと建っており、そこがグラウコーピス家の家らしい。
軒を連ねた民家はほとんどなかった。近くても目の前にある柵の端から端の距離に、倉庫や家畜小屋が隣接した民家がある程度。ジャックは村と言っていたが、俺から言わせると集落である。それも限界な方の。
道中立ち寄った宿場や村は文明こそ前世に劣っているものの、きちんと人が寄り合える場があった。井戸や川を取り囲むように生活を営んでいるのが、皮肉にも文明が劣っているせいでよくよくわかった。が、それでも村とは言えた。
つまり、グラウコーピス一家が住むドムレディレは、地名がついているのが不思議なほどのクソ田舎である。
とは言え、地平線を隠す山々は雄大で、グーグルアースで観光地を網羅した俺をして絶景と言わせるだけの威力がある。観光した景色はほとんど覚えちゃいないから、どれほどの信憑性が付加されるかは知らんが。
「何もないだろう」
あぜ道というには幅広く、舗装道というにはでこぼこな道。ラエダの手綱を引いていると、御者台でジャックが話しかけてきた。
ちなみにラエダというのはグラウコーピス家が飼っている馬で、サラブレッドよりは小さいが馬車を引く体力と力は十分にある。十日ほどの旅で世話をしているうちに懐かれたのか、俺の言う事もよく聞いてくれた。馬はプライドが高いと聞いていたので拍子抜けしたが、ジャック曰く世話の仕方がよほど気に入られたとかなんとか。
「農家なんてどこもこんなものだ。栄えているところばかり見てきたから、退屈かもしれないが」
「都会よりはいい。です」
「都会へ行ったことがあるのか」
「ええ。何度もね」
前世で、だが。
都会よりはいいが、インフラについては期待できなさそうだ。すぐそこに迫ってきた家からはほのかに肥溜めの香りが漂ってきている。おおかた畑の肥料にでもするんだろうが、家畜のだけじゃなくて人間の排泄物も絶対あるだろこれ。
もっとも、ウビンインチも糞尿がそこらへんに転がっていたから、大して変わらないと言えばそうなんだが。
というか、貴族階級の連中はどうしているんだろうか。前世の中世貴族は城の周りの水路に捨てていたらしいが、この世界でも同じだとすると自然の一部と言い張れるここの方が衛生的かもしれない。
「そうか。息子たちはよく退屈な場所だと言っているから、お前にはそうじゃないといいんだが」
退屈でいいんだよ退屈で。
常に何かをしていないと落ち着かない種族がいるように、働かずに生きていけるなら一日中何もしない方がマシな種族もいるんだから。
「……働くから飯は食わせてくれ。ください」
俺がそう言うと、ジャックは目を少し細めて笑った。
大きさで言えばお屋敷と言えるが、補修の跡がいくつもある土と木でできた家。両脇にはいくつかの小屋があり、そのうちの一つから鶏の鳴き声が聞こえてくる。一行に気づいた飼い犬が騒がしく吠え始めると、正面の入り口から住人と思しき男が顔を出した。
「ようこそ、我が家へ」
第一章終わりです。
第二章からは、説明欄に記載した通り、週一投稿していこうと思います。
金曜の夜に投稿したいなーって思ってます。
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