7.隔たり
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騎士団の連中を探すとは言っても、この町は地味に広い。おまけに連中の泊まっている宿も知らないし、日が陰るまでに見つかればいいと思っていた。
が、グラウコーピス一家の宿へ行ってみるとすぐに見つかった。ウルターが話の流れで聞いていたらしい。宿を経営している人の名前を聞いて、すぐに場所がわかるくらいにこの町の住人は顔見知りだ。
ところで、この世界の宿というのは、大体が食堂と一体化している。部屋数の多い家を持ち、そこそこの料理ができる人がそこで働けば、宿場になるからだ。特に各地への中継地点となるらしいこの町は、宿場街と言って過言でないほどの宿屋がある。
そして各家庭でエールの味、料理の味、刺繍などの装飾品の違いがあり、それがそれぞれの宿での特色となる。それが“売り”になる。
もっとも、これはこの世界というよりも、前世でもそういう成り立ちで宿屋ができていたのかもしれない。
ピーター食堂で言えば清潔感と品数の多さが売りになっていたわけだが、グラウコーピス一家が泊まっている宿は、なんというかこのご時世の平均的な薄汚さがあった。
木造の平屋は大きいが、そこら中に蔦が伸びて締め付けているせいか、あちこち窓ガラスがなくなっている。ガラスのある窓もあるにはあるが、元々不透明な窓に汚れが蓄積してさらに日光を遮っている。経年によるものなのか、管理が杜撰だからなのか、判断に迷うところだ。
先日の騒ぎで被害は特になさそうなのが幸いって感じか。
食堂部分に入ると想像通りにどんよりとした空気が漂っているが、決して気分や人々の気持ちの部分じゃないところに原因がある。
うちは俺が潔癖な傾向にあったというのもある。スラムから逃げて、前世の基準をなんとか蘇生させた俺なりの衛生観念によって、ピーター食堂の清潔感を一段階繰り上げたからだ。
対してこの宿は、床もピーター食堂より遥かに汚いし、何よりも微かに嫌な臭いを感じる。
まあ、もっともだ。俺の基準ってのは、この世界の基準に照らし合わせれば潔癖になる、という程度のものなんだが。
この適度な薄汚さが普通だよな、と少し安心すら覚えたのも束の間、例の上から目線女を見つけてげんなりした。
汚らしい食堂の中で、そいつから淡い光が漏れているんじゃないかと錯覚するほど、マリアの姿は際立っている。まるで人型に切り取られた映像のように、マリアだけは解像度が段違いだった。
何故か知らないが俺にだけアタリの強いマリアが苦手なので、美人だろうがなんだろうが顔も見たくないが。
そのマリアの少し後ろにアリスが立っていて、二人を取り囲むように騎士団の連中が座っている。で、それと対面しているのがグラウコーピス一家だった。
どうも何かを話しているようだが、マリア主体の話ではないらしい。目立ちすぎてそっちに目がいってしまうが、話しているのはアテナとサブルディのようだ。
「お願いします。私も連れて行ってください」
「それはできません。君の魔法は戦闘向きではないし、何より幼すぎます」
「戦闘に向かなくても、できることはあると思うんです。コレット様が私にそうしてくれたように、みんなの力になれると思うんです」
「……確かに、君の魔法があれば助けにはなります。だけどねアテナ、僕らはそれだけをやればいいわけじゃないんです。コレット様も、戦っている方が楽だと言うくらいに大変なことがたくさんありました。まだ幼い君が背負うには、重すぎるものがたくさんあるんです」
「わかっています。でも……」
アテナが悔しげに唇を噛んだところで、俺とウルターは目を合わせた。
俺が肩をすくめると、ウルターは苦笑とも微笑ともつかない息を漏らした。
それからウルターは、カウンターへ歩いて店主らしき人物と軽い挨拶を交わした。手持ち無沙汰になった俺はコインロールをしながら、挨拶を終えたウルターが例の一団へ突撃していくところを見守った。
こんにちは、と営業スマイルを浮かべるウルターに、その場の全員が注目した。汚い布巾でコップをさらに汚くしている店主すら、ウルターの方を向いている。
「お話の途中失礼します。騎士団のみなさんにお世話になった、ウルター・オディオです。グラウコーピスさんたちにも、すごく助けられました。まとめてお礼するようで申し訳ないんですけど、本当にありがとうございました」
言って、ウルターは頭を下げた。興味なさげに鼻を鳴らす女、生真面目に頭を下げ返す男、ウルターに気づいて驚いたような女と、三々五々の反応だ。
「ええ……いえ、僕たちもウルターくんの食堂でご馳走になったからね。この町にも身を置かせてもらっていたし、そもそも人助けをするのは僕たちの義務ですので」
「あはは、そう言ってもらえると、みんな喜びますよ。食堂としても嬉しいし、デュナリスに暮らす一人としても誇らしいです」
サブルディの発言のどこに誇らしい部分があったのかわからないが、騎士団の面々はしかと受け止めたとばかり神妙な顔で頷いていた。
「それで、俺からも話があるんです。それを話したくてきたんですけど、可愛い子に先を越されてまして」
ウルターは茶化すように言ったが、すぐに真面目な顔に戻した。
「俺を騎士団に入れて欲しいんです」
「それは……難しい」
「どうしてですか。なんでもやります。自分の命はもう惜しくありません。何もないですから」
「……君の心意気は買います。ですが、コレット様が救った命を、そう簡単に手放すのは僕が許しません」
「あ……すみません」
「それに、何もない君を簡単に騎士団に入れることはできないんです」
「それは……俺が弱いからでしょうか」
「それもあります。騎士と言うからには、僕らは当然騎士号の爵位を持っています。中には平民から引き立てられた者もいますが、それは強力な魔法を発現していたからです。戦闘のことを知らない君は、そもそも騎士団に属することができません」
「でも……だけど、俺は、何かしたいんです。魔族が許せないから、あいつらをやっつけるために、なんでもしたいんです」
「ええ。ですから、その心意気を買うと言っているんです」
「どういうことですか?」
「デュナリス軍は、若く有望な人材を募っています。戦争や紛争が激化している今、君のように人を惹きつける才能を持った若者は貴重だ。君が多くの人から信頼を集めているのは、食堂での様子でよくわかったので」
「デュナリス軍……ですか」
「騎士団とデュナリス軍の違いについて、今詳しく話すことはできません。そしてデュナリス軍に入れば、厳しい訓練を毎日やらなくてはいけません。君にはその覚悟があるのだろう」
「もちろんです」
「……実を言えば、君のような人は多いんだ。戦争で何もかも失って、復讐のために戦争に参加するような……自棄になってしまうような人がね。コレット様は、それを良く思っていらっしゃらなかった」
サブルディは寂しそうに笑った。
「ですが、そんな方々の手も借りたいんですよ、僕たちはね」
「それなら、私も! 私だって役に立てます!」
そこで、アテナが会話へ戻った。
「大好きな人たちがいなくなっちゃうのは、嫌なんです。そのために、私も何かしたい……何かしなくちゃいけない……!」
短いが必死に訴えるその姿が、妙に印象的に焼き付いた。
俺は物語に触れるのが好きだ。前世では電子、紙、漫画にゲームに小説と、ジャンル不問で広く浅く網羅していた。
その中で特に心が揺れるのは、登場人物が必死に戦っている姿だった。必死に、一生懸命に、歯を食いしばって、葛藤や苦悩と戦う姿に、何故か涙腺が刺激される。今のアテナやウルターは、まさにそういう物語の登場人物たちのようだ。
同時に、自分に対して嘲笑が漏れた。
一丁前に憧れる事だけはやめられないのか、俺は。こいつらみたいに、必死になれないくせに。
ふと、眼の前に壁があるような気がした。俺と、それ以外の奴らの間に水のような膜があり、その膜を通して見る世界はピントが合わない。膜の向こうへ行こうとすると、薄いはずの膜は物理法則を無視して無限の距離を生み出してしまう。事象の地平面へ落ちていく時のアレみたいだ。
「だったらさ、まずは俺に任せてみなよ。俺はホントに何でもするからさ、すぐに出世しちゃうと思うよ」
俺がアホみたいな妄想に浸っている間も、当たり前だが会話は続けられていたらしい。ウルターはいつものように冗談とも本気とも取れるような調子でそう言った。
「まず、俺が軍でとにかくがむしゃらに頑張って偉くなるんだ。何でもできるんだから、できないはずがないだろ? そしたら、アテナちゃんが大きくなった時に、俺がアテナちゃんを起用するんだ。こいつは、すごい逸材なんだ、ってね」
茶目っ気たっぷりに締めくくり、ウィンクまでオマケするウルター。
俺はそんなウルターに、ちょっと驚かされた。
俺の知るウルターは、無責任な事を言わない男だった。できる事はできると言い、それをきちんとやりきる。できない事はきっぱりできないと断る。それはネガティブなものではなくて、むしろ人に安心感を与えるような確約なので、口のでかくないところを好ましく思っていた。
のだが、偉くなる? なんでもやる? 死にに行くんじゃなかったのかとか、それがどれだけ難しいのかわからない男じゃないとか、困惑すら覚えてしまう。
「……俺には何にもなくなっちゃったけどさ、アテナちゃんにはまだたくさんあるんだ。だから、たくさんあるものに囲まれて、幸せに暮らせる方が、暮らしてくれた方が、なんでもできる気になるんだ」
なら、俺は? 俺はどうなんだ?
コミュ障で半年の付き合いがある男よりも、両親の無念を晴らす方が大事だ……なんてのは当たり前すぎて話にもならない。
そうじゃなくて、俺は、俺には、何があるのかすらわからない。この世界にあるのは――
「もういい。いい加減、オレに無駄な話を聞かせるな」
アテナの迷いやウルターの決意、騎士団の優しさ、俺の膜にひびを入れるように響いたのは、マリアのうんざりとした声だった。
「食堂の店員はこれから軍へ入隊するためデュナリスの王都へ行く。ならば、治癒の魔法を使う小娘は来たるその時を待って牙を研げばいい」
というか、そもそも軍に所属するのにも規定があるのかもしれない。騎士連中は詳しく話そうとしていないが、女子どもを戦わせる事を良しとしない意識は、この世界にもあるようだし。
「そこでだ。戦闘訓練となるのに相応しい土嚢がある」
マリアは意味ありげに言う。テーブルを囲んでいる連中とは距離を取っているはずの俺に視線を向けながら。
とっさに目を逸らして店を出ていこうとするが、何故かマリアの付き人がにっこりと笑って立ちふさがってきた。
「魔族を技術と膂力で圧倒し、緊急に際してかの女騎士が助力を求めた……オレからすると汚れきったボロ雑巾にしか見えないが、そんなゴミからでも得られるものは大きいと思わないか?」
付き人のアリスはでかい胸をこれ見よがしに揺らして俺の進行を阻止しようとしている。
「おい、どけよバカ」
「どきません。おっぱい揉ませてあげるから」
「え?」
アリスの予想外すぎる言葉に、一瞬思考停止した。ゆさゆささせてるのってそのため? あれ?
「あの食堂の店員も軍へ行きたいと言っているし、ゴミ拾いとでも思えば気分がいいだろう」
「それは……えっと」
後ろで会話が進んでいる。
性欲がないわけじゃないが、アリスの奇行に困惑している。
「……犯されたいの、お前?」
「んふふ、ホントは私もそうして欲しいんだけどね」
「すげえアバズレのクソビッチじゃねえか」
なんならたった今初めて会話らしい会話をしたばかりだというのに。
「僕は反対です。彼はコレット様の仇である男との関係者です。そんな男に、コレット様が可愛がっていた子と関わらせるわけにはいきません」
「なら貴様がこの娘を説得すればいい。今ここで楔を打たないと、この娘は死に急ぐだろうが」
「う……しかし、あの男は」
性に憧れを持たなくなったのはいつ頃だっただろうか。幻想はそもそも持っていなかったが、前世とのコントラストはどうしようもならなかった。
しかし今目の前にいる女は、綺麗な身なりをして、好みの見た目をして、俺を誘惑するように微笑んでいる。
「……あの子の意思を聞いてみましょう」
ジャックがそんな事を言った。
俺は胸をガン見していた。俺は巨乳派だ。




