5.他人事
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「いいかい、嫌なことがあった時や落ち込んでる時は、空元気でもいいから笑うんだよ。ウルターの元気がないよりもあった方が喜ぶに決まってるんだ。ご飯を食べて、働いて、笑って過ごしてりゃ、それだけで孝行になるんだよ。あたしはね、親になってから特にそう思うよ。ウルター聞きな、変なこと考えんじゃないよ。子どもが死んじまうってのは、本当に悲しいんだ。自分が死んじまうよりもね。だから生きてくれるだけでいい。生きて、笑ってくれればもっといい。辛いだろうけど、生きてるうちは頑張るしかないんだ」
ウルターの口にサンドイッチを突っ込む勢いで餌付けしながら、イザベルは朗々と語った。
それに対して、ウルターは泣きながらそれを嚥下していく。昨夜俺の話に突っかかってきた人間とは思えないほど、素直にイザベルの言葉も栄養にしているようだ。
「ご両親が亡くなっちまって悲しいのはわかる。あたしの親もずいぶんと昔に死んじまってね、その時は今のアンタみたいに泣いたもんさ。特に父親なんかは魔族との戦争に召集されてね、しばらくは生きてるのか死んでるのかもわからなかったよ。けどねウルター、あたしはそれからも生きていて、旦那と出会って、子どもを産んだ。そうしたら、戦争に行った父親の気持ちがよくわかるようになったよ。ウルター、わかるだろう?」
ウルターは嗚咽とも相槌ともつかない音で喉を鳴らしながら、もう一つサンドイッチを口に突っ込んだ。美味しいです、ありがとうございます、と本当に素直だ。
この差は何だ。イザベルと俺の人間力の違いに、絶望すら覚える。俺の言葉は届かなかったのに、昨日今日知り合ったイザベルの言葉はすんなり受け入れられるらしい。
王だ。俺はイザベルの事を敬意をもって、心の中では王と呼称しよう。お前はいい王様だ、イザベル。
「……アテナちゃんだったっけ。昨日はありがとう。君のおかげで助かった」
俺が半分驚愕、半分不貞腐れてた心境になっているところで、ウルターは食べ物の隙間からそう言った。
「いえいえ! 私はこんなことしかできないので……私は、でも……」
アテナは悔しそうに言い淀んだ。
その後にどんな言葉が続くのか容易に想像ができる表情だった。あなたのご両親はとか、コレットはとか。特にコレットに関しては、アテナも取り乱していたしな。
そんなアテナの背中を、隣のジャンが優しく擦り始めた。
「さて、みんなしていつまでも落ち込んでちゃいけないね」
しんみりとした空気になったところで、イザベルはもう一度流れを変えるように手を叩いた。
「ウルター、さっきアンタを探す時に、アンタのご両親の部屋に入っちまったんだ。すまないね。けど、いつまでもあのままじゃいけない。わかってるね?」
「……わかってます」
「今なら、あたしたちも手伝ってやれる。ここに来る途中、墓に連れていってる人たちを見かけたよ。墓の場所はすぐにわかる。ご両親をゆっくり眠らせてあげよう」
「はい……」
ウルターは苦しげに肯定を絞り出した。
そうして、グラウコーピス一家の手を借りながら、俺たちはピーターとウェンディを埋葬する事になった。
冬の始まりとは言え、三日もすれば死体の腐敗は驚くほど進む。最悪、ウルターの意思を無視して俺が一人で埋めようと思っていたから、意に反する事なく済ませられるのは助かる。
共同墓地は町の外れにある。俺たちが来る前からすでに少なくない人が集まっており、手に手にスコップモドキを手にして黙々と作業していた。泣きながら穴を掘ったり、黙って死体を見つめていたり。
この世界でも死体から疫病が発生するという知識や言い伝えはあるから、死体を埋める穴は結構な深さにしなければならない。具体的に言うと二メートルほどの穴を掘るわけだが、道具が進歩していないせいで尋常じゃないほどの重労働になる。一応鍛冶屋はあるから金型を指定して作ってもらえばそれなりの物はできるが、それでも前世のスコップのそれには到底敵わない。結果、二人分を埋める穴を掘るとなると、前世の何倍も時間がかかってしまう。
ただまあ、それは溢れる体力で補えない事はない。若さとスラム仕込みの腕力で、他の連中とは段違いのスピードで掘り進めていった。
ジャックは眉根を寄せて唸り、イザベルには能天気に『若いってのはいいねえ』などと言われた。ジャンは化け物でも見るかのような目で俺を見ていたし、まだ激しい動きのできないウルターも似たようなものだった。
ジャンはともかく、ウルターは普段から俺の腕力を知ってるはずだろうが。
つーか昨日よりちょっと立ち直ってんなあいつ。なんで俺が言っても逆効果なんだバカタレ。俺の言った事とイザベルの言った事に大差はなかっただろうがよ。
あームカつく。といっても、怒りの方向はウルターじゃない。いつもいつもどいつもこいつも、俺が大事だと思って言った言葉を聞き流す。俺の言葉ってそんなに軽いんだろうか。
日頃の行いか? いや、前世でも最低限の事はしてたはずだ。最低限の事しかしていなかったからか? なら今生は大丈夫だ、何しろ真面目に仕事をして必要以上の仕事もこなしてきたんだから。
あ、でも俺人殺しだったわ。これ日頃の行いか。
「クソボケこのタコナスビがバカがよ」
最早怒りなのかすらわからない感情を地面にぶつけていると、穴の上で俺を手伝っていたアテナに聞かれていた。
「……タコナスビってなんですか?」
「語感のいい悪口」
俺は答えながら、土を積んだバケツをアテナに渡してやった。
アテナはそれを受け取りながら、なおも追撃してきた。
「悪口なんて言ってたらだめですよ」
「うるせえ。ガキが説教してくんな」
アテナの歳は、俺の身体年齢のいくつか下だろう。俺の正確な年齢はわからないが、少なくともアテナは俺より幼さが残っている。
「ケイさん、今いくつなんですか?」
「知らん」
地表から二メートル近くにもなると、ガチガチに固まった岩のような土の層にぶち当たる。それをスコップでガンガン叩きつけて削っていくため、振動で埃が舞うわ泥が飛んでくるわという状況のため、いつもより短めの返答になってしまう。
「お父さんとお母さんは?」
「知らん」
「今いくつなんですか?」
「知らん」
「大体でいいです」
「十代後半」
「なんだ、じゃあホントに私より年上なんですね」
もう何度目バケツを往復させたのかわからないが、アテナと目が合うとちょっとむくれたように口を尖らせていた。
「当たり前だバカヤロウ」
「だって、弟って感じなんだもん」
「この場に俺より大人な人間は存在しない」
少なくとも体感年齢は。
「物に当たるし」
手元のスコップを見てみると、すでにあちこちひん曲がっていた。鉄は貴重だしアルミはないしで貧弱すぎるぜ。
「なんか優しくないし」
俺の優しさがわかってないなんてクソガキかよ。世話になった人の墓を、少しでも寝心地が良くなるように丁寧に仕上げてるってのに。
「ものすごく口が悪いし」
「うるせえ。お前なんか嫌いだバーカ」
「なんか、私よりも小さい男の子みたいなこと言うし」
「覚えとけよてめえ」
ぐうの音を吐き捨て、俺は穴掘りに戻った。
深さはこれくらいで大丈夫だろう。床を平らにして、二人が仲良く並んで眠れるように整えるだけだ。丸まった隅を削り、削った土でできるだけ水平にしていく。逆台形のような形が理想だ。
「でも、すごいなって思います」
「あ?」
「私最初は怖い人だなって思ってたんです。ものすごく強かった魔族もあっという間に倒しちゃうし、いつも不機嫌そうな顔してるし、笑うこともなくって、怖いなって」
「男らしいだろうが」
「えー……そういうのって男らしいって言うんですか?」
「俺の魅力がわからんか」
「それでね、すごいって思うところはね」
「おい、わからんかお前?」
「ピーターさんとウェンディさんのために怒ってたんだなって思ってからです。みんなでお話した時に、それまで面倒くさそうだったのに、ウェンディさんにひどいことをした魔族のことをものすごく悪く言ってて、怒ってるんだなあって」
俺は黙ってアテナを見上げた。
「それで、この人も辛いんだなって思って、でも辛そうなところを見せないで頑張ってるのがすごいなって」
アテナは、俺をじっと見つめてくる。
俺は言葉を返す事はせず、アテナがどういう人間なのか少しわかった気になっていた。
人の良いところを見つけるのが神がかり的に上手い奴ってのは、一定数存在する。とは言え、俺はそういう奴らと仲良くなれるほど性格が良かったわけじゃないから、外から見ていただけだが。
そいつらに共通するのは、どいつもこいつもコミュニケーション能力が高いってところだった。その中に、喋りが上手いわけでもないのに、いつの間にか周りに人を集めているような奴もいた。
アテナは、おそらくその類の人間だ。
そしてそれは、イザベルのいいところを受け継いでいるのだろう。遺伝か環境かはこの場合どうでもいいが、とにかくアテナにはそういうスキルがあるんだと思う。
「そんなに私のこと見て、どうかしたんですか?」
小首を傾げて目を合わせてくるアテナ。
「……いや、そろそろ上がりたいんだが」
「あ、ごめんなさい。お父さん呼んできますね」
お前なんか嫌いだバーカ。改めてその言葉が思い浮かんだが、口にするのは止めておいた。
その後は、坊主や神父のいないままに葬式のような儀式もどきを行った。ピーターとウェンディを並べて、その前で手を組んで黙祷する。こういう死者との別れというのは、どこの世界でも似たような事をするものなのか、と変な納得をした。
俺は早々に祈るのを止めて、心の中で二人に語りかける事もしなかった。返事をもらえるわけでも、話を聞いてもらえるわけでもない。意味のない事だと思ってしまえば、形式的な儀礼を済ませるだけになる。味気も素っ気もない。
ウルターは、特に長い時間祈っていた。返事がないなら自問自答するしかないわけだが、色々と思うところがあるのだろう。
オディオ家にあった一番いい布地で二人を包み、穴の底へ寝かせる。土を被せていく時になって、ウルターはボロボロと涙をこぼした。それにつられたのかジャンも嗚咽をあげ始めたし、アテナは鼻を啜っていた。
「ウェンディさんもピーターさんも、良い人でした」
アテナが涙声で呟いた。
「だから、今頃きっと天に並んでいます」
「……そうかな、そうだといいな」
俺は独特な表現だなと思ったんだが、ウルターは普通に受け答えしていた。この世界特有の天国や地獄みたいなものがあるんだろうか。
「愛を不滅とせよ。愛を以て事を為せ。愛が完全たれば、愛を分かつものなし」
アテナは歌うように、俺の知らない呪文を唱えた。
「……ありがとう、アテナちゃん」
さすがの俺も、この状況でなんだそれとは言えなかった。おそらく何かの宗教だろう。
とにかく、そうしてピーターとウェンディとの別れは済んだ。
とはいえ、家に帰ってからもウルターは難しい顔をして何かを思い悩んでいるようで、何か話しかけても生返事しか帰って来なかった。すぐに立ち直れるような人間はそういないだろうし、まだまだ時間が必要だなと思った。
さて、この先どうなるかな。
俺には特に目的がない。この世界でやりたい事もないし、俺の才能でサクセスストーリーを歩めると思うほど思い上がってもいない。なんとなく生きてなんとなく死ぬ。前世と同じで惰性で生きていくわけだ。
ピーターとウェンディのためにも、ウルターの力になってやりたいとは思う。なのでウルターがどうするかに、俺の未来を委ねていると言ってもいい。
が、ウルターがピーター食堂をこの先も経営していくという保証はどこにもない。店の物も結構被害があったし、二人がいなくなってしまった事で人手も足りない。
食堂を畳むとしたら、社交的なウルターの事だからどんな仕事もやっていけるだろう。今までの人脈もあるだろうし、なんだかんだ言ってウルターは器用だ。
対照的に、俺は人脈もコミュ力もスキルも何もない。
そうなると、俺はどこにも行き場がなくなってしまう。前世の職を活かせばいいじゃないか、なんて甘ったれた考えを持ってはいけない。令和の仕事というのは、それ以前に何百年と蓄積した技術に依存する事が多く、より原始的な文明では無用の長物になるものの方が多い。なんせ基礎的な事が違うのだから。
まあ、最悪森で狩猟生活でもして……なんて事を考えながら、いつのまにか眠りに落ちた。




